↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「カーテン開けると異世界トリップで大儲け」  作者: 碧凛睡
第2章 新しい異世界カーテンの向こうで大商売!
PR
82/135

第22話 信用を取り戻す最初の商売

「……本当に、俺の商品を売るつもりなのか?」

翌朝。

市場へ向かう道で、バルトは何度目かわからない質問を口にした。

「売るつもりですよ。ただし、何でもかんでも売れるとは思っていません」

「だったら、やめておけ。俺の商品を見ただけで、みんな顔をしかめるぞ」

「それなら、顔をしかめる理由を聞きましょう」

「簡単だ。俺が信用できないからだ」

バルトは自嘲するように笑った。

その信用値は、マイナス999。

この街で、彼ほど嫌われた商人はいない。

「レン、質問!」

モモがレンの肩に止まり、元気よく羽を広げた。

「信用って、おいしいの?」

「食べられないよ」

「じゃあ、いらない!」

「いや、商売には必要なんだって」

「むずかしい世界だねえ……」

小さな妖精姿のモモは、腕を組んでうなった。

その直後、彼女のお腹が鳴った。

「でも、お菓子は必要!」

「それは信用より優先なのか……」

バルトが思わず吹き出した。

昨日まで、彼の顔にはそんな表情などなかった。

ほんの少しだけ、空気が変わった気がした。

     ◇

市場に到着すると、案の定、周囲の視線が集まった。

「あいつはバルトじゃないか?」

「何をしに来たんだ」

「また契約を破るつもりか?」

「買うなよ。あいつの商品は信用できない」

次々と厳しい言葉が飛んでくる。

バルトは黙ってうつむいた。

「……帰ろう、レン。やっぱり無理だ」

「まだ商品を並べていませんよ」

「見ただけで、誰も買わない」

「だったら、今日は買ってもらうことより、知ってもらうことを目標にしましょう」

レンは荷車から商品を取り出した。

保存食、布、乾燥させた薬草。

どれも特別珍しいものではない。

だが、保存食の包装は丁寧で、布の織り目もそろっていた。

レンは一つずつ商品を並べた。

「本日の販売は、商品の品質確認から始めます」

「品質確認?」

近くにいた女性が眉をひそめた。

「はい。中身を見て、品質を確かめてください。保存食は試食もできます。気になるところがあれば、遠慮なく聞いてください」

「……バルトの商品を、私たちが調べろって?」

「いいえ。買うかどうかを決めるのは、お客さんです。納得できなければ買わなくて構いません」

レンは笑顔で答えた。

「ただ、商品そのものまで見ずに判断するのは、少しもったいないと思いまして」

女性は警戒しながらも、保存食を手に取った。

包装を開け、匂いを確かめる。

それから、ほんの少しだけ口にした。

「……普通に、おいしいわね」

「ありがとうございます」

バルトが驚いた顔を上げた。

女性はすぐに表情を引き締めた。

「でも、私は買わないわ。あなたがまた約束を破るかもしれないもの」

「はい……」

バルトは反論しなかった。

「商品が良いことと、あなたを信用できることは別よ」

その言葉に、レンは静かにうなずいた。

「おっしゃるとおりです」

バルトも頭を下げた。

「そのとおりだ。俺は、商品が良ければ許されると思っていたのかもしれない」

女性は少しだけ驚いた顔をした。

言い返されると思っていたのだろう。

「……今日は買わない。でも、試食させてもらったことには感謝するわ」

そう言って、女性は立ち去った。

売上はゼロ。

それでもレンは、失敗だとは思わなかった。

     ◇

昼を過ぎても、商品はほとんど売れなかった。

「レン、ぜんぜん売れないね」

モモが小声で言った。

「そうだね」

「じゃあ、値段を半分にする?」

「それだけじゃ解決しないよ」

「じゃあ、タダにする?」

「商売にならないだろ」

「うーん……。難しい!」

モモは頭を抱えた。

そのとき、一人の男性が荷車の前で足を止めた。

「おい、バルト」

険しい顔をした年配の商人だった。

「お前に聞きたいことがある」

「……何でしょうか」

「三年前、お前が俺に納めるはずだった薬草。覚えているな?」

バルトの顔色が変わった。

「忘れるわけがありません」

「約束の日に届かなかった。俺はそれを使う予定だった客との契約を失い、大きな損失を出した」

「……申し訳ありませんでした」

「謝罪なら何度も聞いた。俺が知りたいのは、なぜ連絡ひとつよこさなかったのかということだ」

バルトは口を閉ざした。

市場のざわめきが、遠くに聞こえる。

やがて彼は、ゆっくりと話し始めた。

「村へ向かう途中、橋が崩れていました。迂回路も土砂でふさがれ、荷車を進められなかったんです」

「それで?」

「その先の村で、子どもたちが病気になっていました。食料も薬も足りなかった。俺は、積んでいた薬草と保存食を村へ渡しました」

「それは聞いている」

年配の商人は厳しい声で続けた。

「だが、連絡する方法はあったはずだ」

「……はい」

「なぜ、しなかった?」

バルトは唇をかんだ。

「連絡すれば、村へ行くのを止められると思ったんです。俺は、自分で決めてしまった。あの村を助けるためなら、ほかの約束を後回しにしてもいいと……」

「つまり、自分の判断だけで俺との契約を破ったわけだ」

「……そのとおりです」

バルトは深く頭を下げた。

「言い訳はしません」

年配の商人は、しばらく黙っていた。

「俺はな、お前が村を助けたことを責めているんじゃない」

「え……?」

「俺にも、あの村に親戚がいる。助けが必要だったことはわかっている」

男性の目が鋭くなる。

「だが、俺にも取引先がいた。薬草が届かず、困った人間がいたんだ。お前が村を助けた一方で、別の誰かが困った。その事実は消えない」

「……はい」

「善意を理由に、ほかの人間への責任をなくすな」

その言葉が、バルトの胸に突き刺さった。

レンも、すぐには口を開けなかった。

どちらか一方だけが正しい話ではない。

だからこそ、簡単に答えを出してはいけないのだ。

     ◇

「ひとつ、提案してもいいですか?」

レンが口を開いた。

年配の商人が振り返る。

「あなたが受けた損失を、確認させてください。バルトさんにも、支払える範囲を正直に出してもらいます」

「損失を確認して、どうする?」

「すぐに全部返せるとは限りません。でも、返済計画を作ることはできます」

レンはバルトを見た。

「売上の一部を返済に回す。納期を守れる小さな契約から始める。遅れそうなときは、期限前に必ず連絡する」

「そんなことをして、俺の信用が戻るのか?」

「一度の商売で戻るとは思いません」

レンははっきり答えた。

「でも、約束を守った実績は残ります。十回、二十回と積み重ねれば、少なくとも『何をしても信用できない』という状態からは変わっていけるはずです」

「……」

「もちろん、あなたが被害を受けた方に、許してもらえるとは限りません。それでも、責任を取ることはできます」

年配の商人は腕を組んだ。

「口だけなら何とでも言える」

「はい。ですから、最初の返済日と金額を決めましょう。守れなければ、その事実も記録に残します」

バルトは驚いたようにレンを見た。

「お前……俺をかばっているんじゃないのか?」

「かばっているつもりはありません」

レンは首を横に振った。

「あなたが間違えたことは、なかったことにはできない。でも、これから何をするかまで、過去だけで決める必要もないと思うんです」

しばらくして、年配の商人は小さく息を吐いた。

「……返済計画を作るなら、話くらいは聞いてやる」

「ありがとうございます!」

バルトが深く頭を下げる。

「礼を言うのは、返済してからにしろ」

「はい!」

厳しい言葉だった。

だが、バルトの声には、昨日までになかった力が戻っていた。

     ◇

その日の夕方。

レンたちは売れ残った商品を荷車に積んでいた。

結局、まともに売れたのは保存食が二つだけ。

それでも、レンは満足していた。

「今日は、何も売れなかったな……」

バルトがつぶやく。

「二つ売れましたよ」

「たった二つだ」

「でも、ゼロではありません」

レンはスマートフォンを取り出した。

画面には、見慣れない表示が浮かんでいた。

【特別依頼:信用回復】

【対象商人:バルト】

【信用値:-999】

【変化:なし】

【評価項目:契約履行・責任対応・継続実績】

「……信用値は変わらないか」

レンがつぶやくと、バルトは苦笑した。

「当たり前だ。たった一日で、何年もかけて失った信用が戻るわけがない」

「そうですね」

レンはスマートフォンをしまった。

「だから、明日もやりましょう」

「明日も?」

「ええ。明日は、今日より一つでも多く約束を守る。それだけです」

モモが両手を上げた。

「じゃあ、明日はお菓子も売ろう!」

「話を聞いていたか?」

「聞いてたよ! 約束を守るんでしょ? じゃあ、モモはお菓子を食べる約束を守る!」

「そんな約束はしていない!」

市場の片隅で、三人の笑い声が響いた。

そのときだった。

レンのスマートフォンが、突然震えた。

【警告】

【対象商人:バルト】

【未確認情報を検出】

【契約不履行に関する記録に、複数の不整合があります】

「……不整合?」

レンは画面を見つめた。

続けて、もう一つの表示が浮かぶ。

【注意:第三者による取引記録への干渉の可能性】

レンの表情が変わった。

バルトが契約を破ったことは事実だ。

だが、その記録のすべてが正しいとは限らない。

「バルトさん」

「何だ?」

「あなたが失敗した取引について、契約書や納品記録は残っていますか?」

「残っているものもある。だが、いくつかは……」

バルトはそこで言葉を切った。

「……失くなったんだ」

「失くなった?」

「俺が信用を失い始めた頃、帳簿の一部が消えた。誰かに盗まれたのか、俺が混乱している間に処分されたのか……わからない」

レンはスマートフォンを握りしめた。

商売の失敗だけでは説明できない何かがある。

しかし、誰かの陰謀だと決めつけるには、まだ証拠が足りない。

「明日は、残っている記録を全部確認しましょう」

レンは言った。

「本当にあなたが悪かった部分も、そうではない部分も、分けて考えます」

バルトは、しばらくレンを見つめていた。

やがて、静かにうなずく。

「……頼む」

その瞬間、スマートフォンの画面が一度だけ光った。

【特別依頼:進行中】

【次の調査対象:消失した取引記録】

【重要度:高】

レンは空を見上げた。

信用を取り戻すための商売は、まだ始まったばかりだ。

そして、この街には――。

金貨よりも重い、何かが隠されているのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。