第16話 商人立入禁止の湖
月影の森を抜けると、景色が一気に開けた。
目の前には、どこまでも広がる巨大な湖。
「……大きい」
蓮は思わず立ち止まった。
湖面は鏡のように静かで、空に浮かぶ月まで映し出している。
「ここが……大地の湖」
ミリアが魔法の地図を確認する。
「座標は一致してる」
「間違いないな」
蓮もスマートフォンを見る。
【座標Bに到着】
【大地の湖】
【星実との共鳴反応:弱】
「反応はある」
蓮が呟く。
「でも、月影の森のときより弱いな」
セレナが湖を見る。
「ということは、必要なアイテムは湖の中?」
「たぶん……」
そのとき。
「蓮!」
モモが突然叫んだ。
「どうした?」
「看板!」
湖のほとりに、古びた看板が立っていた。
蓮たちは近づく。
そこには、はっきりと文字が刻まれていた。
『商人立入禁止』
「……商人?」
蓮が首をかしげる。
「俺たち、商人だけど」
「そうね」
セレナが笑う。
「完全に蓮たちのことを言っているわね」
「笑ってる場合じゃないだろ」
蓮は看板の裏側を見る。
すると、小さく文字が書かれていた。
『金を持つ者、欲に溺れる者、湖へ入るべからず』
「……」
蓮は黙った。
ミリアが不安そうに尋ねる。
「これ、入るなってこと?」
「普通ならそうだな」
「じゃあ、どうする?」
蓮は湖を見る。
静かだ。
何も起きていない。
「……商人だから入れないなら」
蓮は少し考えた。
「商売をしなければいいんじゃないか?」
「え?」
セレナが目を丸くする。
「俺たちは今、商品を売りに来たわけじゃない」
蓮は笑った。
「探し物をしに来ただけだ」
「なるほど」
ミリアが頷く。
「屁理屈じゃない?」
セレナが笑う。
「商人らしい屁理屈ね」
「褒めてないよな?」
そのとき。
ポンッ。
モモが蓮の頭から飛び降りた。
「モモが見てくる!」
「待て!」
モモは小さな羽を広げて湖へ飛んでいく。
「モモ!」
「大丈夫!」
湖面すれすれを飛ぶ。
すると――。
キラッ。
湖の中央で青い光が輝いた。
「見つけた!」
モモが叫ぶ。
「何かある!」
蓮たちが湖を見る。
青い光は、一瞬だけ強く輝いた。
そして――。
ザアッ!
湖面が大きく揺れた。
「な、何!?」
ミリアが身構える。
湖の中央から巨大な水柱が上がる。
その中から現れたのは――。
巨大な魚。
いや。
魚に似ているが、頭には二本の角があり、体には青い光の紋様が浮かんでいる。
「でかっ!」
蓮が叫ぶ。
巨大な水獣は、蓮たちをじっと見つめた。
そして低い声で言った。
『商人か』
「……」
蓮は固まった。
「しゃべった?」
セレナが小声で言う。
『商人だな?』
「……はい」
蓮は正直に答えた。
すると水獣の目が鋭くなる。
『帰れ』
「やっぱり……」
蓮は苦笑した。
『この湖に商人はいらぬ』
「でも、俺たちは商品を売りに来たわけじゃない」
『では何をしに来た』
蓮は星実を取り出した。
「これに反応するアイテムを探しに来た」
水獣の表情が変わった。
『……星実』
「知ってるのか?」
『その名を知る者が、まだ存在していたとはな』
水獣は湖面をゆっくり泳ぐ。
『だが、簡単には渡せぬ』
「やっぱり試練か……」
蓮は身構えた。
しかし。
『商人よ』
「はい」
『お前は何を持っている?』
蓮は少し考えた。
食べ物。
飲み物。
日本の商品。
ポテトチップス。
ロールケーキ。
そして――。
「……いろいろ持ってる」
『ならば、一つ見せろ』
「え?」
『金になるものではない』
水獣が言う。
『お前が、本当に誰かを喜ばせるために持っているものを見せろ』
蓮は考え込んだ。
商売ではない。
利益でもない。
だったら――。
蓮はリュックの中を探した。
そして取り出したのは。
「これだ」
小さな水筒だった。
「普通の水だよ」
『……水?』
「うん」
蓮は水筒を開けた。
「旅の途中で飲むための水」
水獣は黙っている。
蓮は水筒を湖へ向けた。
「もし飲むなら、どうぞ」
『……』
水獣が近づいてくる。
そして水筒から水を一口飲んだ。
長い沈黙。
やがて――。
『……よかろう』
「え?」
『商人よ。お前は欲だけで動いているわけではないようだ』
湖面が再び光り始める。
『ならば、湖の底へ案内しよう』
蓮は目を見開いた。
「必要なアイテムがあるのか?」
『そうだ』
水獣が答える。
『だが――』
その目がモモへ向いた。
『そのフェアリーも連れてくるのだ』
「モモを?」
モモが自分を指差す。
「モモ?」
『月影の羽と共鳴した者ならば、湖の扉を開けられる』
蓮は月影の羽を見た。
そしてモモを見る。
「……どうやら、モモの出番みたいだな」
「任せて!」
モモが胸を張る。
「フェアリー・モモに任せて!」
「その名前、自分で決めたの?」
「うん!」
「……まあいいか」
一行は湖へ向かう。
その瞬間。
湖の底から――。
巨大な石の扉が浮かび上がった。
扉には、二つの空洞がある。
一つは月の形。
もう一つは――。
大地の形。
そして中央には文字が刻まれていた。
『二つの力が揃ったとき、境界への道は開かれる』
蓮は息をのんだ。
「……やっぱり」
星実だけでは足りない。
月影の羽だけでも足りない。
そして、まだもう一つ必要なものがある。
蓮は静かに湖の底を見つめた。
「探そう」
モモが蓮の肩に乗る。
「うん!」
しかし――。
湖のさらに深い場所。
誰にも見えない暗闇の中で。
もう一つの光が、ゆっくりと目を開いた。
それは――。
大地の湖が、長い年月をかけて守り続けてきたものだった。




