第53話 地下の扉と最初の商人
「……ようやく来たか」
地下室に響いた声に、蓮たちは一斉に固まった。
「今の……」
「父さん……?」
蓮が一歩前へ出る。
しかし、扉の向こうから返事はない。
「蓮、待って」
ミリアが腕をつかんだ。
「罠かもしれないよ」
「でも……父さんかもしれない」
「……うん」
ガルドが古い写真を見つめる。
「俺は、この男を見たことがある」
「本当に?」
「ああ。ただし……」
ガルドは眉をひそめた。
「俺が子どもの頃だ」
「じゃあ、この写真の男は……?」
「分からない」
そのとき。
スマートフォンが震えた。
【新規情報】
【佐伯一郎】
【第一世代・境界商人】
【危険度:不明】
【時間情報:不安定】
蓮は目を見開いた。
「時間情報……不安定?」
「どういうこと?」
リナが首をかしげる。
スマートフォンには続きが表示された。
【この場所では、過去・現在・記憶が混ざる場合があります】
「……なるほど」
ガルドが腕を組む。
「俺が子どもの頃に見たというのも、あり得るってことか」
「じゃあ、写真の男が本当に一郎さんなのかは……」
「まだ分からない」
蓮は扉を見た。
そして、古い鍵を取り出した。
「でも、行くしかない」
「蓮」
ミリアがうなずく。
「一緒に行くよ」
「私も!」
リナが手を挙げる。
「もちろん私もです!」
セレナも続いた。
「私は蓮様の――」
「待って」
蓮が止める。
「その先は言わなくていい」
「未来の妻です!」
「言った……」
ガルドがため息をついた。
狼王が横から口を挟む。
「我も行くぞ」
「狼王も?」
「当然だ」
「でも地下だよ?」
「……」
狼王が少し黙った。
「階段は嫌いだ」
「そこは普通なんだ……」
蓮は思わず笑った。
張りつめていた空気が、少しだけ和らいだ。
「よし。行こう」
古い鍵を鍵穴に差し込む。
カチッ。
扉が開いた。
その先には――
長い地下通路が続いていた。
壁には古い文字が刻まれている。
『商人は、最初に売るものを考えてはいけない』
「……?」
蓮が読む。
さらに進む。
『まず、相手が何を必要としているかを知れ』
「これ……」
蓮は立ち止まった。
「父さんが俺に教えたことと同じだ」
その瞬間。
通路の奥から明かりが灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
そして最後の明かりがついた先に、小さな店があった。
「店……?」
リナが驚く。
看板には、
【佐伯商店】
と書かれている。
蓮はゆっくり近づいた。
「……ここにも」
店の中には、古い商品が並んでいた。
米。
布。
薬。
工具。
そして――
一本の鉛筆。
ガルドが息をのむ。
「……これだ」
「何が?」
「俺が子どもの頃に持っていたものと同じだ」
ガルドは鉛筆を手に取った。
「これを……誰かからもらった」
蓮は尋ねた。
「誰に?」
ガルドは答えようとした。
しかし、その瞬間。
店の奥から声がした。
「商人なら……」
全員が振り返る。
「必要なものを、必要なだけ届けなさい」
「誰だ!」
狼王が低く唸る。
店の奥に、一人の老人が立っていた。
白い髪。
古びた商人服。
そして胸元には――
佐伯家の紋章。
蓮は目を見開いた。
「……佐伯一郎?」
老人は微笑んだ。
「その名を知っているのか」
「写真に……」
蓮が写真を取り出す。
老人は写真を見る。
「懐かしいな」
「……!」
「この写真を、まだ持っていたか」
「じゃあ、本当に……?」
老人は答えなかった。
代わりに店の商品棚を指差した。
「蓮」
「はい」
「お前は、商人として何を売る?」
突然の質問だった。
蓮は少し考えた。
「……必要なものです」
「それだけか?」
「それだけじゃない」
蓮は笑った。
「欲しいものも売ります」
「ほう」
「でも、無理やり買わせたりはしません」
老人の目が細くなる。
「では、ここで商売をしてみろ」
「ここで?」
「そうだ」
老人が店の扉を開けた。
その向こうには――
巨大な町が広がっていた。
しかも。
町の人々は全員、蓮たちを見ている。
「……客?」
蓮がつぶやく。
老人が笑う。
「そうだ」
「一郎さん……」
「この町で、必要とされるものを売ってみなさい」
スマートフォンが鳴った。
【特別クエスト】
【第一世代商人・佐伯一郎の商売試験】
【制限時間:12時間】
【目標:町の人々が必要としている商品を見つける】
【利益目標:100ゴールド】
【失敗条件:無理な販売を行う】
蓮はスマートフォンを見つめた。
そして――
ニヤリと笑った。
「……商売なら」
「蓮?」
「得意分野だ」
セレナが目を輝かせる。
「さすが私の未来の――」
「セレナ、店番お願い」
「はい! 喜んで!」
ガルドも腕まくりをする。
「久しぶりに、本気の商売をやるか」
ミリアは商品を並べ始めた。
リナは町を見回す。
狼王は店の前に座った。
「我は看板を担当する」
「それ、気に入ってるんだ……」
蓮は笑いながら店の前に立った。
「さあ――」
異世界商人の商売が始まる。
そして町の奥では。
誰かが蓮たちを見つめていた。
「……やはり来たか」
その人物の手には――
蓮の父が持っていたものと同じ、古い鍵が握られていた。
「佐伯の血を継ぐ者よ」
小さな声が響く。
「お前は、父親のところまで辿り着けるかな」




