第5話 百円ショップ、異世界へ
「……接続を確認しました?」
スマホの画面を見つめる。
だが、もう何も表示されていない。
「レンさん?」
「……いや」
「どうしました?」
「なんでもない」
俺はスマホをポケットにしまった。
今は考えても仕方がない。
それより――
「ミリア」
「はい?」
「商売を始めたい」
「商売……ですか?」
「ああ」
俺は窓を見る。
カーテンの向こうには、日本の自分の部屋がある。
そして部屋の中には――
異世界で売れそうなものが大量にある。
「ちょっと仕入れてくる」
「仕入れる?」
「日本から」
俺は窓をくぐった。
日本の部屋に戻る。
スマホで時刻を確認する。
午前八時。
会社に行く時間は、とっくに過ぎていた。
「……会社」
スマホを見る。
着信が十件。
メッセージも大量。
「…………」
今は考えない。
俺は財布を持って家を出た。
向かった先は――
近所の百円ショップ。
「いらっしゃいませー」
いつも通りの声。
店内には、見慣れた商品が並んでいる。
ボールペン。
ノート。
ハサミ。
食器。
洗剤。
歯ブラシ。
ライト。
電池。
「……宝の山だ」
昨日まで何とも思わなかった。
だが今は違う。
ここにある商品が、異世界では高級品になる可能性がある。
とはいえ。
「何が売れる?」
適当に持っていっても仕方ない。
まずは需要を考える。
ミリアから聞いた話では、異世界には――
魔法はある。
魔法薬もある。
だが、日用品は日本ほど発達していない。
「なら……」
俺が最初に選んだのは、
歯ブラシ。
石鹸。
タオル。
爪切り。
鏡。
そして――
「これだな」
LEDライト。
電池式の小型ライトだ。
異世界に電気がないなら、これはかなり便利なはず。
さらに、
乾電池。
ライター。
マッチ。
保存袋。
そして大量のボールペン。
「とりあえずこれくらいか」
カゴいっぱいの商品。
全部合わせても数千円。
これが異世界でどれくらいの価値になるのか。
楽しみだった。
会計を済ませる。
袋を持って家へ戻る。
そして――
カーテンを開ける。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
ミリアが笑顔で迎えてくれた。
「……本当に戻ってきた」
「そりゃ戻ってくるだろ」
「どこに行っていたんですか?」
「仕入れ」
「仕入れ?」
「これ」
俺は袋を地面に置いた。
中身を取り出す。
「これは……?」
「歯ブラシ」
「何に使うんです?」
「歯を磨く」
「……歯を?」
「そう」
ミリアは不思議そうに歯ブラシを眺める。
俺は実際に使い方を見せた。
「こうやって――」
「なるほど……」
ミリアは興味津々だ。
そして次の商品。
「これは?」
「石鹸」
「石鹸……?」
「体を洗う」
「香りがします!」
「まあ、そういう商品だから」
ミリアは目を輝かせた。
「すごい……」
そしてLEDライト。
「これは?」
「暗いところを照らす」
「魔道具ですか?」
「違う」
スイッチを入れる。
パッ。
「わっ!」
ミリアが飛び上がった。
夜。
小さな部屋の中を、LEDライトが照らす。
「……明るい」
「だろ?」
「魔石も使わずに?」
「電池は使うけどな」
「電池?」
「これ」
乾電池を見せる。
「この小さな箱に力が入ってる」
「…………」
ミリアは完全に固まっていた。
「レンさん」
「ん?」
「これ、売りましょう」
「やっぱり?」
「はい」
ミリアは真剣だった。
「これは絶対に売れます」
「いくらくらい?」
「……分かりません」
「分からない?」
「私にも相場が想像できません」
「そんなに?」
「はい」
俺は考えた。
だったら、まず試してみるしかない。
翌日。
俺たちは商人ギルドへ向かった。
「グレンさん」
「……また君か」
昨日の上級商人、グレン。
彼は俺たちを見るなり眉をひそめた。
「今日は何を持ってきた?」
「商品です」
「昨日のボールペンか?」
「それもあります」
「なら見せてみろ」
俺は机の上に商品を並べた。
ボールペン。
歯ブラシ。
石鹸。
LEDライト。
乾電池。
爪切り。
鏡。
グレンが一つずつ手に取る。
「……何だこれは?」
「爪切り」
「魔道具か?」
「違います」
「では、何に使う?」
「爪を切る」
「…………」
グレンは使い方を教わる。
パチン。
「……!」
伸びていた爪が綺麗に切れた。
「これは……」
グレンの顔が変わった。
「便利だ」
「だろ?」
そしてLEDライト。
スイッチを入れる。
光が灯る。
「……」
ギルド内がざわついた。
「何だあれ?」
「魔法か?」
「魔石なしで光っているぞ」
「嘘だろ……」
グレンはライトをじっと見る。
「レン」
「はい」
「これを何個持っている?」
「今は十個」
「全部買う」
「え?」
「一個、金貨二枚で」
「…………」
俺は固まった。
「金貨二枚?」
「ああ」
「十個なら?」
「二十枚だ」
「…………」
昨日。
ボールペン一本。
金貨一枚。
そして今日。
LEDライト一本。
金貨二枚。
俺は思った。
「……百円ショップ、すげえ」
だが。
グレンはまだ知らない。
俺の部屋には――
同じライトが、あと三十個ある。
そして日本には、百円ショップが無数にある。
俺はまだ知らない。
この日から数週間後。
異世界の商人たちが、
「日本」
という謎の国の商品を奪い合うことになるとは。
そしてその夜。
俺が日本へ戻ろうとカーテンを閉めた瞬間――
背後でミリアが呟いた。
「……レンさん」
「ん?」
「さっきの光」
「LEDライト?」
「違います」
ミリアは窓の外を見る。
「森の方です」
遠く。
闇の中に――
二つの赤い目が浮かんでいた。
こちらを見ている。
そして、その魔物は。
俺ではなく――
カーテンを見つめていた。
「……また来た」
ミリアが小さく呟いた。
俺はまだ知らなかった。
俺の商売が大きくなるほど、
あのカーテンの存在に気づく者も増えていく。




