第47話 境界の始まり――母が残した店
「母さんが……この先にいる」
蓮は、海の上に浮かぶ巨大な光の扉を見つめていた。
スマートフォンには、はっきりと表示されている。
【生命反応:1】
【対象:佐伯家関係者】
【推定:母親】
「間違いない……」
ミリアが蓮の隣に立つ。
「じゃあ、行こう」
「うん」
ガルドも船の帆を確認する。
「ただし、気をつけろ」
「何が?」
「商人なら分かるだろ」
ガルドは光の扉を指差した。
「あれほど大きな入口を、無料で開ける奴はいない」
「……確かに」
その瞬間。
スマートフォンが鳴った。
【第八接続】
【通行条件を確認】
【必要条件:商取引】
【支払い:商品1種類】
蓮は目を丸くした。
「商品を一つ渡せば、通れる?」
「なるほど」
ガルドが笑う。
「本当に商売の世界だな」
■最初の商品
蓮は船倉へ向かった。
「何を渡す?」
ミリアが考える。
「食べ物?」
リナは地図を見る。
「向こうに人がいるなら、食べ物は喜ばれると思う」
セレナが手を挙げた。
「プリン!」
「却下」
「なぜですか!」
「最初の商品だから!」
セレナはしょんぼりした。
蓮は船倉を見回す。
米。
水。
保存食。
薬。
衣類。
工具。
種。
そして――
「これだ」
蓮が取り出したのは、小さな袋。
「野菜の種?」
海斗が聞く。
「うん」
蓮は袋を握った。
「もし向こうに人がいるなら、食べ物を一回渡すだけじゃなくて、自分たちで育てられるようにしたい」
海斗が笑う。
「……いい選択だ」
蓮は光の扉へ歩いた。
そして袋を掲げる。
「これを渡します」
光が強くなる。
『受け取った』
『必要なものを持つ者よ――通れ』
ゴォォォン!
海面が大きく揺れた。
船が光の中へ吸い込まれていく。
■そこは「境界の始まり」だった
光を抜けた瞬間。
海が消えた。
船は巨大な湖の上に浮かんでいた。
空は白い。
雲もない。
遠くには、巨大な城壁。
そして、その城壁の中央に――
小さな店があった。
「……店?」
蓮が目を細める。
看板には、
佐伯商店
と書かれていた。
「また……?」
ミリアが驚く。
「佐伯商店が、こんなところにもある」
ガルドが船を降りる。
「いや」
看板を見つめる。
「ここが最初なんじゃないか?」
蓮は店へ近づいた。
入口には古い文字が刻まれていた。
――必要なものを届ける。
――必要なものを受け取る。
――それ以上を求めない。
蓮は胸が熱くなった。
「父さんが言ってた……」
「違う」
海斗が首を振る。
「これはもっと古い」
「え?」
海斗は看板の裏を指差した。
そこには小さく、
佐伯一郎
と刻まれていた。
「一郎さん……」
蓮がつぶやく。
■店の中にあったもの
店内には、驚くほど普通の商品が並んでいた。
米。
布。
薬。
工具。
食器。
石けん。
そして――
日本製のボールペン。
「これ……」
ガルドが一本手に取った。
顔が変わる。
「俺が子どもの頃に持っていたものと同じだ」
蓮はガルドを見る。
「やっぱり、ガルドもここにつながってたんだ」
ガルドは黙ってペンを見つめた。
「……俺は、この店から始まったのかもしれない」
そのとき。
店の奥から物音がした。
カタン。
全員が振り向く。
「誰?」
蓮が声をかける。
返事はない。
代わりに――
「蓮……?」
女性の声。
蓮の心臓が跳ねた。
「……母さん?」
店の奥から、一人の女性がゆっくり現れた。
少し疲れた顔。
長い髪。
そして――
蓮が子どもの頃から知っている、あの笑顔。
「蓮……」
「母さん!」
蓮は駆け寄った。
しかし――
あと一歩のところで、透明な壁が二人の間に現れた。
ドンッ!
「えっ?」
蓮の手が弾かれる。
「蓮!」
母も壁に手をつく。
「そこから動かないで!」
「母さん、どうして?」
母は悲しそうに笑った。
「私はまだ……帰れないの」
「なんで?」
スマートフォンが震える。
【境界固定を確認】
【対象:佐伯母】
【帰還不可】
【原因:境界の管理者】
蓮の表情が変わる。
「管理者……?」
すると店の奥から、低い声が響いた。
「その女を連れて帰るなら――」
暗闇から何者かが現れる。
「代わりに、商人を一人置いていけ」
全員が凍りついた。
セレナが蓮の前に立つ。
「……それは商売ではありません」
ミリアも杖を構える。
「人を交換するなんて……」
ガルドが静かに笑った。
「なるほど」
「ガルド?」
「こいつは商人じゃない」
ガルドは目を細める。
「ただの強欲な客だ」
蓮は母を見る。
母は首を横に振った。
「蓮、戦わないで」
「でも……」
「あなたは商人でしょう?」
母は微笑んだ。
「だったら――」
「戦うんじゃなくて、取引しなさい」
蓮の目が見開かれる。
その瞬間。
スマートフォンに新しい表示が出た。
【特殊商談を開始します】
【交渉相手:境界の管理者】
【成功条件:母親の帰還】
【失敗条件:商人1名の永続滞在】
そして最後に――
【提示可能な商品:無制限】
蓮はゆっくり笑った。
「……分かった」
「蓮?」
蓮は管理者を見つめる。
「商人として、ちゃんと話をしよう」
そして――
「母さんを帰すための取引を始める」
境界の始まりで、
最後の商談が始まった。




