第45話 父は母を探していた――最初の商人が残した道
「……蓮か?」
扉の向こうから聞こえた声。
蓮は息をのんだ。
「……父さん?」
ミリアが蓮の肩に手を置く。
「蓮……大丈夫?」
「……うん。でも、この声……間違えない」
蓮は一歩、扉の中へ入った。
そこにあったのは、小さな部屋だった。
古い机。
古いランプ。
そして壁一面に貼られた紙。
その中央に――
「母さん……?」
一枚の写真があった。
若い頃の母だった。
その隣には、若い父。
そして二人の後ろには、今いる北方の山の店と同じ紋章が写っている。
「やっぱり……」
蓮は写真を手に取った。
その瞬間。
スマートフォンが震えた。
【重要記録を検出】
【佐伯家・第2世代記録】
【探索目的:母親の捜索】
蓮の顔が固まる。
「母さんを……探してた?」
ガルドが静かに近づいた。
「つまり、お前の父親は……ここまで来ていたんだな」
「……うん」
机の上には、一冊の古いノートがあった。
蓮が開く。
そこには父の文字が並んでいた。
――母さんは境界の向こう側にいる。
――必ず見つける。
――だが、境界を無理に開けば、別の世界まで壊してしまう。
――だから、商人の道を使う。
蓮はページをめくる。
そこには、商品の名前が書かれていた。
「米……薬……布……工具……」
セレナが首をかしげる。
「これ……商売の記録ですか?」
「そうみたい」
さらにページをめくる。
最後のページだけ、文字が乱れていた。
――母さんのいる場所が分かった。
――しかし、そこへ行くには……
そこで文章が途切れている。
「ここから先がない……」
蓮がつぶやいた。
すると――
カチッ。
部屋の奥で何かが動いた。
古い棚が横に開く。
その奥から、小さな箱が出てきた。
ミリアが身構える。
「何かいる?」
「いや……」
蓮が箱を開ける。
中に入っていたのは――
一本のボールペン。
そして一枚の紙。
蓮はそのボールペンを見て、目を見開いた。
「これ……」
「どうした?」
ガルドが聞く。
「俺が最初に異世界へ持ってきたボールペンと……同じだ」
ガルドも黙った。
「偶然……じゃないな」
スマートフォンが表示する。
【境界商取引記録】
【過去の商人:佐伯家】
【取引品:筆記具】
【目的:情報交換】
【相手:境界外部】
そして最後に――
【父親の最終目的】
【母親の捜索】
蓮は拳を握った。
「父さんは……母さんを探してたんだ」
その瞬間。
部屋の奥から、また声がした。
「蓮……」
今度は、はっきり聞こえた。
蓮は振り返る。
「父さん!」
しかし、そこには誰もいない。
代わりに壁に文字が浮かび上がった。
――母を探すなら、海へ行け。
蓮は息を止めた。
「海……?」
海斗が前に話していた。
佐伯家には、
陸側の守り手と、海側の守り手がいた。
そして一郎が閉じられなかった最後の扉。
それは――
海の向こうにある。
「全部……つながってる」
蓮がつぶやく。
ガルドが笑った。
「どうやら次の商売先が決まったな」
セレナが目を輝かせる。
「海の向こうですか!?」
「……危険な場所かもしれないぞ」
「もちろん行きます!」
「即答かよ!」
ミリアも笑った。
「私も行くよ」
リナも地図を広げる。
すると――
地図に今までなかった場所が浮かび上がった。
北方の山。
港町。
竜王国。
そして、その先の海。
地図の端に、一つの文字が現れる。
『境界の始まり』
スマートフォンが震えた。
【第八接続候補】
【目的地:境界の始まり】
【推定危険度:極高】
【必要条件:商取引】
【推奨商品:生活物資】
蓮は思わず笑った。
「……やっぱり商売なのかよ」
ガルドが肩をすくめる。
「お前らしいじゃないか」
蓮は父のノートを閉じた。
「待ってて、父さん」
そして――
「母さんも、必ず見つける」
そのとき。
箱の底に、もう一枚の紙があることに気づいた。
蓮が拾い上げる。
そこには、父の最後の言葉が書かれていた。
――蓮へ。
――もし、この手紙を読む日が来たなら。
――お前はもう、立派な商人になっているんだろう。
蓮の目が潤む。
そして最後の一行。
――母さんを見つけても、絶対に境界を壊すな。
蓮は静かに紙を握った。
「……父さん」
遠くで、海の音が聞こえた。
まだ誰も知らない。
父が今どこにいるのか。
そして――
母が、海の向こうのどこにいるのか。
だが一つだけ分かった。
次の商売先は――
海の向こうだ。




