第44話 最初の商人の店――山奥で見つけた異世界コンビニ
翌朝。
北方都市の門の前。
蓮たちは山へ向かう準備をしていた。
蓮。
ミリア。
リナ。
狼王。
セレナ。
そして――
「遅いぞ」
ガルドが腕を組んで待っていた。
「いや、ガルド。来るの早すぎない?」
「商売の匂いがしたからな」
「山に行くのに?」
「山にも商売はある」
ガルドらしい答えだった。
セレナがガルドを見る。
「あなたがガルドさんですね」
「ああ」
「蓮様の商売仲間」
「そうだ」
「……ライバル?」
ガルドがニヤリと笑う。
「そうなるな」
セレナも笑った。
「では、私も負けません」
「何を?」
「蓮様を支えることです」
「商売の話じゃないのかよ」
蓮が頭を抱える。
「なんで二人とも、そこだけ張り合うんだ……」
ミリアは小さくため息をついた。
「蓮さん、大変ですね」
「本当に……」
こうして一行は北方山岳地帯へ入った。
山道は険しかった。
雪が積もり、足場も悪い。
「この先、本当にあるのか?」
蓮が地図を見る。
リナが持っている魔法地図も確認する。
「この道で合っています」
狼王が前を歩く。
「人の匂いはない」
ガルドが周囲を見る。
「だが、妙だな」
「何が?」
「誰も来ない場所なのに、道だけは残っている」
蓮も気づいた。
雪の下。
石畳が続いている。
しかも――
ところどころに古い看板がある。
文字は薄れている。
だが、一文字だけ読めた。
【商】
蓮が立ち止まった。
「……商売の道だ」
セレナがしゃがみ込む。
「この石、普通の山道ではありません」
「分かるの?」
「昔の交易路です」
セレナは石を撫でた。
「ここは昔、かなり多くの商人が通っていたはずです」
ガルドが頷く。
「だが今は使われていない」
「どうして?」
蓮が聞く。
ガルドは先を見る。
「扉があるからだろ」
その瞬間。
雪の奥に――
巨大な石門が現れた。
高さは五メートルほど。
中央には古い紋章。
蓮は息を呑んだ。
「佐伯家の紋章……」
ミリアが近づく。
「本当に佐伯家なんですか?」
蓮は頷いた。
「父さんの記録にあった」
石門には文字が刻まれている。
――
【必要なものを届ける者よ】
【必要なものだけを持ち帰れ】
【欲を持って入る者は】
【帰る道を失う】
蓮はその文字を見つめた。
「……これ、祖先の言葉だ」
ガルドが眉をひそめる。
「つまり、この先に何かある」
「行こう」
蓮が石門に手を触れた。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な石門が動き始めた。
だが――
その瞬間。
黒い霧が噴き出した。
「下がって!」
ミリアが叫ぶ。
狼王が前に出る。
「我が止める!」
黒い霧が狼王へ向かって襲いかかる。
バシュッ!
狼王が爪で霧を切り裂いた。
「これは……」
蓮は見覚えがあった。
「境界喰らいの残滓……?」
ガルドが叫ぶ。
「違う!」
「え?」
「これはもっと古い!」
ガルドは黒い霧を見つめていた。
「俺が子どもの頃に見たものと似ている」
蓮が驚く。
「ガルドが?」
「ああ」
ガルドの表情が変わる。
「俺が初めて異世界に来たとき――」
「鉛筆を持っていたとき?」
「ああ」
ガルドは頷いた。
「そこにも、この黒い霧があった」
蓮は息を呑む。
「じゃあ……」
「俺の記憶から消された場所と、ここがつながっている可能性がある」
セレナが静かに言った。
「つまり、佐伯家だけじゃない」
蓮とガルド。
二人の過去が――
同じ扉につながっている。
そのとき。
石門の向こうから声がした。
「……五人」
蓮たちは一斉に構える。
「また来たか」
「誰だ!」
蓮が叫ぶ。
返事はない。
代わりに――
石門の奥に明かりが灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
そして――
小さな建物が姿を現した。
「……店?」
蓮は目を疑った。
そこには古びた木造の建物があった。
看板には、
【佐伯商店】
と書かれている。
「佐伯商店……」
蓮の声が震えた。
「これが……最初の商人の店?」
セレナの目が輝く。
「蓮様!」
「分かってる」
蓮も興奮していた。
店の扉を開ける。
カラン。
古い鈴の音。
店内には棚が並んでいた。
だが――
驚くべきことに。
棚には商品が残っていた。
「米……」
「布……」
「薬……」
「工具……」
そして――
「鉛筆」
ガルドが固まった。
一本の古びた鉛筆。
ガルドは震える手でそれを取った。
「……これだ」
蓮が聞く。
「知ってるのか?」
「俺が最初に持っていたものと、同じだ」
ガルドは鉛筆を握りしめた。
その瞬間。
店内の壁に文字が浮かび上がった。
【商人は世界を支配してはいけない】
【商人は世界を救おうとしてはいけない】
【商人は必要なものを届ける】
蓮は静かに読んだ。
そして最後の一文。
【その結果、世界がつながるなら、それを恐れてはいけない】
蓮は目を見開いた。
「……父さんが言っていたことと同じだ」
そのとき。
店の奥から――
ガタッ。
何かが動いた。
ミリアが杖を構える。
狼王が唸る。
「何者だ」
奥の暗闇から、一人の人物が歩いてきた。
長い外套。
白い髪。
顔は見えない。
その人物は蓮を見ると、静かに言った。
「佐伯蓮」
「……誰だ?」
「私は、この店の最後の店主」
「最後の……?」
人物は微笑んだ。
「そして、お前の祖先――佐伯一郎から、この店を預かった者だ」
蓮は息を呑んだ。
「一郎を知っている?」
「もちろん」
「一郎はどうなった?」
しばらく沈黙。
そして――
「死んではいない」
蓮の目が大きくなる。
「じゃあ、どこに?」
人物は店の奥を指差した。
「この扉の向こうだ」
そこには、もう一つの扉があった。
しかも――
日本の蓮の部屋にあるカーテンと同じ紋章が刻まれている。
スマートフォンが激しく鳴る。
ピコン。
【第八接続】
【正式名称を確認】
【最初の商人の店】
【接続率:92%】
【新規機能】
【過去の商取引記録】
蓮は画面を見つめた。
すると、さらに表示された。
【佐伯一郎】
【最終取引相手】
【――竜王国】
蓮は驚いた。
「竜王国……?」
つまり――
佐伯家の最初の商人は、
はるか昔から竜王国と取引していた。
そして、その先にある扉は――
まだ誰も知らない世界へつながっている。
ガルドが呟いた。
「……面白くなってきたな」
セレナは蓮の腕にそっと抱きつく。
「もちろん私も行きます」
「分かってます」
蓮は扉を見つめた。
「この先に、一郎がいる」
そして蓮は――
古い扉に手をかけた。
ギィィィ……。
扉が開く。
その向こうから聞こえてきたのは――
「……蓮か?」
聞き覚えのある声。
蓮の顔が凍りついた。
「……父さん?」
扉の向こうに――
亡くなったはずの父親の姿があった。




