第37話 竜王城、大混乱――姫様が毎日いなくなる!
「姫様が……またいない!」
朝。
竜王城に、悲鳴が響き渡った。
「何ですって!?」
侍女が部屋へ駆け込む。
「今朝もお姿がありません!」
「昨日もいなかったではないか!」
「一昨日もです!」
「その前も!」
「……」
竜王城の大広間。
家臣たちは青ざめていた。
竜王国第一王女――ルナリア。
その姿が、また消えた。
「護衛は?」
「撒かれました!」
「城門は?」
「誰にも気づかれずに抜け出されています!」
「どうやって!?」
誰も答えられない。
すると――
竜王が頭を抱えた。
「……まさか」
「陛下?」
「また、あの店か」
広間が静まり返った。
◇
その頃。
港町。
「いらっしゃいませ!」
俺はいつものように店を開けていた。
すると――
「こんにちは!」
昨日の少女が入ってきた。
「お、今日も来たんだ」
「うん!」
少女は嬉しそうに笑う。
「今日は何があるの?」
「今日は新しいスイーツがあるぞ」
「!」
少女の目が輝いた。
「何?」
「ロールケーキ」
「……!」
「それからチョコレートケーキ」
「……!」
「あと、プリンもある」
少女は真剣な顔になった。
「全部ください」
「毎日それ言ってない?」
「だって、おいしいんだもの」
俺は笑った。
「じゃあ、今日は店内で食べていく?」
「いいの?」
「もちろん」
少女は席に座った。
プリンを一口。
「……幸せ」
次にロールケーキ。
「……これも好き」
そしてチョコレートケーキ。
「……最高」
ミリアが微笑む。
「姫……じゃなかった、お客様。そんなに甘いものがお好きなんですね」
少女は一瞬、固まった。
「……姫?」
「今、姫って言いかけましたよね?」
「気のせい!」
少女は慌ててプリンを食べる。
「怪しい……」
リナが小声で言った。
俺も少し気になった。
でも、本人が言いたくないなら聞かないことにした。
「まあ、ゆっくりしていってよ」
「うん!」
少女は嬉しそうに笑った。
◇
一方、竜王城。
「港町を捜索します!」
騎士団長が叫んだ。
「姫様が向かいそうな場所は?」
「市場!」
「違います!」
「商店街!」
「違う!」
「では、どこへ!?」
侍女が震える声で答える。
「……最近、姫様がお気に入りの店があるそうです」
「どんな店だ?」
「異世界商人の店です」
「……異世界商人?」
竜王が眉をひそめる。
「日本という異世界から商品を持ち込んでいる商人だとか」
「何を売っている?」
「生活用品、食品……それから」
侍女が少し困った顔をする。
「甘いお菓子です」
「……」
竜王は目を閉じた。
「それで毎日抜け出しているのか」
「おそらく……」
「我が娘は、国を揺るがすほどの秘密を抱えているのではないかと思ったら……」
竜王は深いため息。
「プリンだったのか……」
◇
その頃、店では――
「これも買っていい?」
「いいよ」
「これも?」
「いいよ」
「じゃあ、これも!」
「……」
気づけば少女の前には、大量のお菓子が並んでいた。
「こんなに食べられるの?」
「城のみんなにも持って帰るの」
「おお」
俺は少し感心した。
「優しいな」
「だって、みんなにも食べてほしいもの」
少女は嬉しそうに答えた。
そして、代金を支払う。
「はい」
「ありがとう」
俺が袋を渡す。
すると少女は、ふと思い出したように言った。
「ねえ」
「ん?」
「このお店、竜人族の国にも出してくれる?」
「竜人族の国?」
俺は目を輝かせた。
「もちろん!」
ガルドがすぐに反応する。
「新しい市場か」
「そういうこと」
少女は笑った。
「じゃあ、私が紹介する」
「本当に?」
「うん」
その時。
店の外から――
「姫様ー!」
大声が聞こえた。
少女の顔が真っ青になる。
「……!」
「姫様?」
俺が聞き返す。
少女は慌てて立ち上がった。
「違う!」
「何が?」
「私、姫じゃない!」
「いや、今――」
「また明日!」
少女は袋を抱えて、店の裏口へ走っていった。
「お、おい!」
その直後。
店の表に、竜王国の騎士たちが雪崩れ込んできた。
「姫様はこちらに来ていませんか!?」
「……」
俺は無言で裏口を見る。
ミリアも見る。
リナも見る。
ガルドも見る。
全員が同時に――
「……いました」
「どこですか!?」
騎士団長が叫ぶ。
俺はため息をついた。
「裏口から逃げました」
「なぜ止めなかったのですか!?」
「いや、本人が普通のお客さんだと思ってたので……」
騎士団長が頭を抱える。
「……毎日これなのです」
「毎日?」
「はい」
「大変ですね」
「大変なんです!」
騎士団長は涙目だった。
◇
その日の夕方。
竜王城。
姫様――ルナリアは、何食わぬ顔で自室に戻っていた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、姫様」
侍女たちが一斉に頭を下げる。
「今日は何を?」
「これ!」
ルナリアは大量のお菓子を見せた。
「……」
侍女たちが固まる。
「またですか……」
「うん!」
「陛下がお待ちです」
「……」
ルナリアの笑顔が消える。
「怒ってる?」
「かなり」
「……プリン、半分あげる」
「それで許されると思っているのですか?」
「……だめ?」
侍女はため息をついた。
「あとで陛下のところへ行きましょう」
「はーい……」
そして――
竜王の執務室。
「ルナリア」
「はい……」
「毎日、城を抜け出して何をしている?」
「……」
「危険なことはしていないだろうな?」
「してないよ」
「では、どこへ?」
ルナリアは少し迷った。
そして。
「……異世界商人のお店」
「やはりか」
竜王は頭を抱えた。
「何がそんなに気に入った?」
ルナリアは少し考えてから――
笑った。
「おいしいから」
「……」
竜王は黙った。
「それだけか?」
「それだけじゃないよ」
ルナリアは続けた。
「お店に行くと、みんな笑ってるの」
「……」
「お菓子を買って、知らない人と話して……楽しいの」
竜王は少しだけ表情を緩めた。
だが――
「しかし、毎日抜け出すのは禁止だ」
「えー!」
「当然だ」
「じゃあ……」
ルナリアは少し考えて――
にっこり笑った。
「お父様が、お店に行けばいいんじゃない?」
「……私が?」
「うん」
竜王は嫌な予感がした。
その夜。
竜王は一人で窓の外を見ながら呟いた。
「……一度、私自身が確かめる必要があるな」
その頃。
港町の俺の店では――
「明日は竜人族向けの商品を増やそう!」
俺が新しい仕入れリストを作っていた。
「お菓子も多めに!」
「はい!」
ミリアが元気に返事をする。
誰もまだ知らない。
次に店へやって来る客が――
お忍びの姫様ではなく。
竜王本人になることを。




