第24話 もう一人の俺
白い空間。
何もない。
音もない。
風もない。
そして――。
目の前に、自分と同じ顔をした男が立っている。
「……誰だ、お前」
蓮は警戒しながら後ろへ下がった。
もう一人の蓮は笑っている。
「僕?」
「ああ」
「君だよ」
「……意味が分からない」
「そうだろうね」
もう一人の蓮は、ゆっくり近づいてくる。
「君はまだ何も知らない」
「何を?」
「自分が、なぜここへ来たのか」
蓮は眉をひそめる。
「俺はカーテンを開けただけだ」
「本当に?」
「……」
「最初から思っていなかった?」
もう一人の蓮が笑う。
「異世界へ行きたい、と」
「そんなこと……」
蓮は言葉を止めた。
確かに。
子供の頃。
何度も思ったことがある。
もし異世界へ行けたら。
もし知らない世界を見られたら。
もし――。
「でも、それだけだ」
蓮は首を振った。
「だからって、俺が世界をつなげる理由にはならない」
「違う」
もう一人の蓮が指を振る。
「君が世界をつなげたんじゃない」
「……え?」
「世界のほうが、君を選んだんだ」
その瞬間。
白い空間に映像が浮かんだ。
日本。
蓮の部屋。
カーテン。
そして――。
蓮がまだ異世界へ行く前の日。
カーテンの前に立つ蓮。
「……俺?」
映像の中の蓮がカーテンを開ける。
しかし。
カーテンの向こうには何もない。
「最初は……何もなかった?」
「そう」
もう一人の蓮が答える。
「じゃあ、なぜ……」
映像が切り替わる。
真っ暗な空間。
そこに小さな光が生まれる。
一つ。
二つ。
三つ。
そして――。
光が一つに集まる。
「これは……」
「境界」
もう一人の蓮が言った。
「世界と世界の間に存在する、最初の道」
蓮は息をのむ。
「俺が作ったんじゃない」
「そう」
「じゃあ誰が?」
もう一人の蓮は答えなかった。
代わりに、白い空間の奥を指差した。
「見れば分かる」
蓮が振り返る。
そこには巨大な扉があった。
古びた扉。
その中央には――。
見覚えのある紋章。
「……カーテン?」
蓮の部屋にあるカーテンと同じ模様だった。
「この扉は……」
「最初の境界だ」
もう一人の蓮が言う。
「そして、君はその鍵」
「俺が……鍵?」
「そう」
蓮は扉に近づく。
すると。
腕の黒い紋様が光った。
【第一接続先:日本】
【第二接続先:リナの世界】
【第三接続先:佐伯蓮】
【第四接続先:虚無の島】
さらに新しい表示が出る。
【原初接続先】
【名称:???】
「原初接続先……?」
蓮が呟く。
もう一人の蓮が笑う。
「そこがすべての始まり」
「何がある?」
「世界をつないだ存在」
「誰なんだ?」
「それは――」
もう一人の蓮が言いかけた瞬間。
白い空間が大きく揺れた。
「!」
地面が割れる。
何もないはずの空間から、黒い霧が吹き出した。
『見つけた』
あの声。
境界喰らい。
「お前……!」
黒い霧が広がっていく。
『ようやく、原初の境界へ到達した』
もう一人の蓮の表情が変わった。
「まずい」
「何が?」
「ここにいると、君まで食われる」
「だったら逃げれば――」
「無理だ」
もう一人の蓮は首を振る。
「ここは、君の中でもあるから」
「……は?」
蓮は固まった。
「ここが……俺の中?」
「正確には――」
もう一人の蓮は自分の胸を指差した。
「君の『境界』そのものだ」
黒い霧が迫ってくる。
蓮は叫んだ。
「じゃあ、どうすればいい!?」
もう一人の蓮が笑った。
「簡単だよ」
「何が?」
「僕を倒せばいい」
「……え?」
「この場所を守っているのは僕だから」
もう一人の蓮の目が赤く光る。
姿が変わり始める。
服が黒く染まる。
身体から黒い霧が噴き出す。
そして――。
その姿は、蓮そっくりの怪物へ変わった。
『境界を守る者』
『境界を喰らう者』
二つの声が重なる。
蓮は拳を握った。
「……俺自身と戦えってことか」
怪物となったもう一人の蓮が笑う。
『そうだ』
『勝てば――』
『すべての境界を開ける』
『負ければ――』
黒い霧が白い世界を覆う。
『君が最後の境界になる』
蓮はゆっくり構えた。
「だったら――」
ポケットから、一本のボールペンを取り出す。
最初に異世界で使った。
すべての始まりになった一本。
「最初にこれで戦ったんだ」
蓮は笑う。
「だったら最後も――」
ペンを握りしめる。
「これでいく!」
怪物が襲いかかる。
蓮も走り出した。
その瞬間。
遠く離れた異世界では――。
「レン……!」
ミリアが空を見上げていた。
リナの地図が激しく光っている。
【第三接続率:49%】
「あと1%……」
リナが呟く。
狼王が唸る。
「急げ、境界の子よ」
そして日本では――。
蓮の部屋のカーテンが、ひとりでに開いた。
その向こうに見えたのは――。
異世界ではなかった。
真っ白な空間。
そして、巨大な黒い目。




