第18話 商人の戦い
――グォォォォォォン!
黒い穴の向こうから、巨大な咆哮が響いた。
地面が震える。
木々が揺れる。
鳥たちは一斉に飛び去った。
「来るぞ!」
狼王の声が森に響く。
「全員、構えろ!」
百匹を超える狼たちが、一斉に森の奥を向いた。
蓮はその光景を見ながら――。
「……俺、何をすればいい?」
「戦え!」
ミリアが叫ぶ。
「無理!」
「即答!?」
「剣も使えないし、魔法も使えない!」
蓮は自分の荷物を見た。
LEDライト。
電池。
包帯。
水。
食料。
そして――。
カップ麺。
「……でも」
蓮は立ち上がった。
「俺には俺の戦い方がある」
「?」
蓮はLEDライトを取り出した。
「これ、夜でもかなり明るい」
スイッチを入れる。
パッ。
暗い森が一気に照らされた。
狼たちが驚く。
「明るい……」
「魔法じゃない」
蓮は笑った。
「日本の商品だ」
狼王がライトを見る。
「これをどう使う?」
「敵の位置を確認する」
蓮は周囲を照らした。
すると。
「いた!」
黒い煙の中。
何体もの魔物が動いている。
「右!」
狼王が走る。
――ドン!
巨大な狼が魔物に飛びかかった。
「左にも!」
ミリアが叫ぶ。
狼たちが一斉に走る。
蓮はライトを動かしながら叫んだ。
「そこ!」
「後ろ!」
「三匹いる!」
ライトのおかげで、黒い煙の中でも敵の位置が見える。
「すごい……」
リナが呟いた。
「これなら戦える」
「そうだろ?」
蓮は少し得意げになった。
しかし。
――ドンッ!
突然、大きな衝撃。
蓮の体が吹き飛ぶ。
「蓮!」
ミリアが受け止めた。
「痛っ……!」
地面を見る。
黒い影が伸びている。
「……何だこれ」
影が生き物のように動く。
リナが叫んだ。
「触らないで!」
「分かった!」
蓮は慌てて飛び退く。
影が地面を覆う。
その先で。
狼の一匹が黒い影に触れた。
「グルル……!」
狼の体が黒く染まり始める。
「まずい!」
狼王が駆けつける。
だが。
蓮は叫んだ。
「水!」
「え?」
「水をかけてみろ!」
ミリアが水の入った容器を持って走る。
バシャッ!
黒い影に水がかかる。
すると――。
ジュッ。
黒い煙が少しだけ薄くなった。
「効いた!」
蓮が叫ぶ。
「水が効く!」
狼王がすぐに命令する。
「水を集めろ!」
狼たちが走り出す。
蓮はさらに考える。
「他にも何か……」
荷物を見る。
石鹸。
「……これだ」
蓮は石鹸を手に取った。
「ミリア!」
「なに?」
「これを水に溶かして!」
「分かった!」
簡単な石鹸水を作る。
黒い影にかける。
すると。
黒い煙がさらに薄くなった。
「効いてる!」
蓮は驚いた。
「普通の石鹸だぞ……?」
リナが言った。
「もしかすると……」
「何?」
「黒いものは、物質じゃない」
「じゃあ何なんだ?」
「境界に付着してる」
蓮は考える。
境界。
黒い穴。
世界を喰らうもの。
「つまり……」
蓮は黒い煙を見る。
「黒い穴そのものを消すんじゃなくて、付着したものを剥がせばいい?」
リナが頷いた。
「たぶん」
「だったら!」
蓮は荷物を開ける。
「洗剤!」
「洗剤?」
「汚れを落とすものだ!」
「それも魔法?」
「違う!」
蓮は叫んだ。
「日本の掃除用品だ!」
ミリアが笑った。
「本当に日本ってすごいね」
「俺も今そう思ってる!」
戦場のような森で。
蓮たちは黒い影を少しずつ追い払っていった。
しかし。
突然。
――ズン。
大地が揺れる。
全員が動きを止める。
黒い穴から。
巨大な腕が伸びた。
「……!」
それは狼よりも大きい。
木々をへし折りながら、ゆっくりとこちらへ伸びてくる。
狼王が唸る。
「来るぞ」
蓮はライトを向ける。
その腕には。
無数の黒い文字のようなものが浮かんでいた。
そして。
その中心に。
一つの紋章。
蓮のスマートフォンが震える。
【対象情報を更新】
【名称:境界喰らい】
【目的:接続】
【目的地:不明】
【警告】
【第一接続先への干渉を確認】
蓮の顔が青ざめる。
「第一接続先……?」
リナが聞く。
「何?」
「日本だ」
その瞬間。
蓮のスマートフォンに、日本の自宅の映像が映った。
カーテン。
机。
ベッド。
そして――。
部屋の中央に。
黒い亀裂が浮かんでいる。
「……嘘だろ」
蓮は息を呑んだ。
日本側にも。
黒い穴が開き始めていた。
「蓮!」
ミリアが叫ぶ。
「どうするの!?」
蓮は拳を握る。
「戻らないと」
狼王が蓮を見る。
「ここを捨てるのか?」
「違う」
蓮は答えた。
「こっちも守る」
そして。
「日本も守る」
狼王の目が細くなる。
蓮はスマートフォンを握りしめた。
「俺が、両方の世界をつなげたなら」
黒い穴を睨む。
「俺が両方を守る」
その瞬間。
スマートフォンに新しい表示が出た。
【境界接続者として認識】
【特殊権限を一部解放】
蓮の目が見開かれる。
【接続先選択機能】
【第一接続:日本】
【第二接続:リナの世界】
【第三接続:未登録】
「……選べる?」
蓮は画面を見る。
しかし。
第三接続の欄だけが赤く点滅している。
【第三接続:接続要求】
【応答しますか?】
蓮は黙った。
黒い穴。
日本。
リナの世界。
そして第三の世界。
すべてが同時に動き始めていた。
蓮は静かに言った。
「……まずは、この森を守る」
狼王が頷く。
「それでこそ、境界の子だ」
そして。
森の奥から。
新たな遠吠えが響いた。
――ウォォォォォン!




