第15話 リナの世界
「……ここが、蓮の世界?」
リナは、蓮の部屋を見回していた。
白い壁。
机。
ベッド。
テレビ。
冷蔵庫。
そして――。
「これ、何?」
リナが指差したのは、リモコンだった。
「テレビのリモコン」
「魔道具?」
「違う」
「じゃあ何?」
「テレビを操作する道具」
「……やっぱり魔道具じゃない」
「だから違うって」
ミリアが横から笑う。
「日本では普通なんだよ」
リナは驚いた顔で二人を見る。
「……すごい世界」
「そうかな?」
「うん」
リナは小さく頷いた。
しかし。
その表情には、どこか寂しさがあった。
蓮は気づいた。
「リナ」
「なに?」
「君の世界は、どんなところなんだ?」
リナはしばらく黙った。
そして。
ゆっくり話し始めた。
「私の世界には、五つの国があったの」
「五つ?」
「人間の国。獣人の国。エルフの国。竜人の国。そして――」
リナは少しだけ言葉を止めた。
「精霊の国」
「精霊……」
「昔は、みんな仲良くしてた」
「昔は?」
「うん」
リナは俯いた。
「三年前に、黒い穴ができたの」
「黒い穴?」
「空に突然できた」
そこから。
黒い霧が流れ出した。
森が枯れた。
川が消えた。
動物が逃げた。
そして。
「人が、消えた」
蓮の表情が変わる。
「殺されたんじゃない」
「じゃあ?」
「存在ごと、消えた」
「……」
リナの声が震える。
「私のお母さんも、お父さんも……」
ミリアがそっとリナの肩に手を置いた。
リナは涙をこらえながら続けた。
「最後に、お母さんが私を逃がしてくれた」
「どうやって?」
「古い神殿に連れていかれたの」
そこで見つけたのが――。
「境界の扉」
蓮は息を呑んだ。
「お母さんは言った」
リナが蓮を見る。
「もし扉が開いたら、向こう側にいる『境界の人』を探しなさいって」
「……俺?」
「うん」
蓮は困ったように笑った。
「俺、普通の会社員だったんだけどな」
「今は違う」
リナが言う。
「あなたは世界をつなぐ人」
その言葉に。
蓮は何も言えなかった。
しばらくして。
「リナ」
「うん」
「君の世界を助ける方法はあるのか?」
リナは首を横に振った。
「分からない」
「黒い穴を閉じることは?」
「できない」
「誰か研究してないのか?」
「いる」
「誰?」
リナは答えた。
「竜人の王」
「竜人?」
「世界で一番、古い種族」
「その王なら何か知っている?」
「たぶん」
リナは小さく頷いた。
「でも、竜人の国は黒い霧に囲まれている」
蓮は考え込んだ。
そして。
「……行くしかないな」
ミリアが驚く。
「蓮!」
「だって、リナを放っておけないだろ」
「でも危険だよ」
「分かってる」
蓮は苦笑した。
「俺だって怖い」
それでも。
リナを見る。
「だけど、助けを求めてる人を見て、何もしないっていうのは……」
蓮は少し考え。
「商人としても、なんか違う気がする」
ミリアが笑った。
「蓮らしい」
「そうか?」
「うん」
リナが初めて笑った。
「ありがとう」
「礼を言うのはまだ早い」
蓮は立ち上がった。
「まずは準備だ」
「何をするの?」
「仕入れ」
「……また?」
ミリアが呆れる。
「蓮、危険な場所に行くんだよ?」
「だからだよ」
蓮はスマートフォンを取り出した。
「日本には、異世界に持っていけるものが山ほどある」
水。
食料。
ライト。
電池。
医療用品。
防寒具。
そして――。
「地図」
蓮はスマートフォンの地図アプリを開いた。
しかし。
異世界の地図は表示されない。
「まあ、そりゃそうか」
すると。
リナが言った。
「地図なら、私が描ける」
「本当?」
「うん」
リナは机に紙を広げた。
そして。
迷いなく線を引いていく。
森。
川。
街。
山。
そして――。
大きな黒い円。
「これが黒い穴」
その位置を見て。
蓮の表情が変わった。
「……待って」
「どうしたの?」
「この場所」
蓮が指を差す。
黒い穴の位置。
そこは――。
狼王の森のさらに奥。
「俺たちのいる世界と、リナの世界」
蓮は地図を見つめた。
「近すぎないか?」
リナが頷く。
「たぶん、世界同士が重なってきてる」
その瞬間。
スマートフォンが震えた。
【第二接続先:安定化】
【救助対象:リナ】
【第三接続候補:接近中】
そして。
新しい表示。
【境界融合率:7%】
「融合……?」
蓮の顔が険しくなる。
リナも画面を覗く。
「それは……」
「知ってるのか?」
「ううん」
リナは首を振った。
「でも、お母さんが言ってた」
「何て?」
「世界が一つになるとき――」
リナは震える声で言った。
「全部の世界が、一つのものに食べられるって」
部屋が静まり返った。
そのとき。
カーテンの向こうから。
――ドン。
大きな音がした。
ミリアが振り返る。
「……また?」
――ドン。
今度はもっと強い。
蓮がカーテンを見る。
「まさか……」
スマートフォンに文字が浮かんだ。
【第三接続候補】
【接続を要求】
そして。
画面の下に表示された名前。
【???】
蓮は息を呑んだ。
「誰だ……?」
カーテンが、大きく揺れた。
リナが震える。
「……この気配」
「知ってるのか?」
リナは青ざめた顔で答えた。
「黒い穴の……中にいたものと同じ」




