第25話 北方交易路の異変! 佐伯家を狙う謎の商人
翌朝。
蓮たちは、北方交易都市の北に広がる街道へ向かっていた。
目的は、スマートフォンが検知した境界異常の調査。
「……本当に行くんですね」
ミリアが不安そうに地図を見つめる。
「ああ。昨日の竜王城の宴で、境界の異常が出た」
蓮はスマートフォンを確認した。
【境界警告】
【物資の過剰流入を確認】
【異常地点:北方交易路】
【原因:不明】
「商売が成功した直後に、これか……」
「蓮様の商売が繁盛するのは喜ばしいことですが、危険があるなら私が守ります!」
セレナが胸を張る。
「ありがとうございます。でも、無茶はしないでくださいね」
「妻として当然です♡」
「まだ妻じゃありません!」
「そのうちです♡」
「そのうちもありません!」
リナがくすくす笑った。
「二人とも、こんなときまで元気ですね」
「俺は真剣なんだけどな……」
狼王が鼻を鳴らす。
「騒ぐな。妙な匂いがする」
その言葉に、全員が足を止めた。
街道の先。
本来なら商人や荷馬車で賑わっているはずの場所に、人影がない。
道の両側には、黒ずんだ草が広がっていた。
そして、地面には奇妙な跡が残っている。
「これは……車輪の跡?」
リナがしゃがみ込んだ。
「かなり重い荷物を運んでいるみたいです」
ガルドから教わった交易の知識を思い出しながら、蓮は地面を確認した。
「でも、おかしいな。普通の荷馬車なら、ここまで地面が沈まない」
ミリアが魔力を探る。
「この場所、境界の魔力が乱れています」
「つまり、誰かがここで物資を運んでいる?」
「おそらく……ただの荷馬車ではありません」
そのときだった。
ピコン!
スマートフォンが震えた。
【境界反応を検知】
【佐伯家の商業紋章を確認】
【警告:正規登録のない接続】
「佐伯家の商業紋章……?」
蓮は画面を凝視した。
「俺たち以外にも、境界を使って商売している人間がいるのか?」
狼王が低く唸る。
「いるとしても、まともな使い方ではないようだな」
◇
街道の奥に、小さな倉庫があった。
扉は半開き。
中から、何かを引きずる音が聞こえてくる。
「誰かいる……」
リナが小声で言った。
蓮たちは物陰から中を覗いた。
そこには、見たこともない品物が山積みになっていた。
大量の食料。
衣服。
金属製の道具。
そして――日本語が印刷された段ボール箱。
「……うそだろ」
蓮は思わず声を漏らした。
箱には見覚えがあった。
日本の通販で使われているような梱包箱。
その一つに、蓮が普段利用している店の配送ラベルと、よく似た表示があった。
「日本の商品……?」
ミリアが驚く。
「蓮さんが持ち込んだものではないんですか?」
「違う。俺はこんな大量の商品を注文していない」
しかも、商品は雑然と積まれていた。
必要なものを必要なだけ届ける。
佐伯家に伝わる商売の原則とは、正反対だった。
その瞬間。
「そこで何をしている?」
背後から声がした。
振り返ると、黒い外套を着た男が立っていた。
年齢は四十歳前後。
手には銀色の杖。
胸元には、見覚えのある紋章が刻まれていた。
佐伯家の商業紋章。
ただし――
中央部分が黒く塗りつぶされている。
「その紋章……」
蓮が一歩前に出た。
「あなたは誰ですか?」
男は薄く笑った。
「その質問をするということは、お前が佐伯蓮か」
「なぜ俺の名前を知っている?」
「知っていて当然だ」
男は蓮のスマートフォンを見た。
「境界を自由に行き来できる商人。異世界の商品を売り、各地の市場を変えている男」
「……誰から聞いた?」
「お前は、我々にとって邪魔な存在なのだ」
セレナが蓮の前に立った。
「蓮様に近づかないでください」
男は彼女を無視した。
「佐伯家は、かつて世界をつなぐ力を独占していた」
「独占なんかしていない!」
蓮は反論した。
「必要なものを届けるために使っていたんだ」
「きれいごとだな」
男は笑った。
「物が流れれば金が動く。金が動けば権力が生まれる。ならば、境界を使って世界中の商品を集めればいい」
「それじゃ、境界が壊れる!」
「壊れる前に、利益を得ればいい」
その言葉に、蓮は拳を握りしめた。
この男は、境界が不安定になる危険を知っている。
知ったうえで、利用しているのだ。
◇
「一つ聞かせてください」
蓮は男をまっすぐ見た。
「その紋章は、どこで手に入れたんですか?」
男の笑みが消えた。
ほんの一瞬。
だが、蓮は見逃さなかった。
「……お前には関係ない」
「関係あります。佐伯家の記録には、境界を悪用した者がいたと書かれていました」
「記録?」
男の目が細くなる。
「誰から聞いた?」
「それは、あなたが答えたら教えます」
男は黙った。
そして、杖を地面に打ちつけた。
ドンッ!
倉庫の奥に、黒い光が走った。
積み上げられた商品が、次々と消えていく。
「待て! 何をしている!」
蓮が駆け出そうとした瞬間、狼王が腕をつかんだ。
「行くな!」
「でも、商品が!」
「商品より命だ!」
狼王の声が響く。
次の瞬間、倉庫の壁に亀裂が走った。
空間そのものが、裂け始めていた。
「境界が開いている……!」
ミリアが叫ぶ。
「このままでは、倉庫ごと崩壊します!」
男は亀裂の前に立った。
「次に会うときは、もっと大きな商売を見せてやろう」
「待て!」
蓮が叫ぶ。
「お前は何者だ!」
男は振り返り、冷たく笑った。
「いずれ分かる。佐伯家の血を引く者よ」
そして――
男の姿が黒い光に包まれた。
消えた。
同時に、倉庫の亀裂が広がっていく。
「全員、外へ!」
蓮の声で、一行は倉庫から飛び出した。
直後。
轟音とともに、倉庫が崩れ落ちた。
黒い霧が空へ舞い上がる。
スマートフォンが激しく振動した。
【境界異常:拡大】
【接続先:不明】
【佐伯家の鍵――反応あり】
蓮は画面を見つめた。
「鍵……?」
すると、崩れた倉庫の瓦礫の中で、何かが光った。
蓮は慎重に近づき、小さな金属片を拾い上げた。
古びた銀色の鍵。
その持ち手には、佐伯家の紋章が刻まれていた。
しかし、裏側には見知らぬ文字が刻まれている。
『第一境界の封印を解く者へ』
「……第一境界?」
蓮の脳裏に、初代当主・佐伯一郎の記録がよみがえった。
最初に開かれた境界。
閉じられなかった扉。
そして、北方の山に眠る秘密。
すべてが、一本の線でつながり始めていた。
「蓮様……」
セレナが心配そうに声をかける。
蓮は鍵を握りしめた。
「この男を放っておけない」
「危険ですよ」
ミリアが言った。
「分かってる」
蓮は頷く。
「でも、あいつが境界を悪用し続ければ、世界中の交易が壊れる。俺の店だけの問題じゃない」
狼王が牙を見せた。
「ならば追うまでだ」
リナは地図を広げた。
北方の山。
そこに記された古い印が、淡く光っている。
「この鍵……山の印と反応しています」
スマートフォンが鳴った。
【新規目的地を確認】
【北方山岳地帯】
【第一境界への手がかり:更新】
【警告:封印への接近は危険】
蓮は深く息を吸った。
商売を続けるためにも。
佐伯家が守ってきたものを知るためにも。
そして、世界を壊そうとしている商人を止めるためにも。
「北の山へ行こう」
セレナがすぐに頷く。
「もちろん、妻として同行します♡」
「……今はその話をしてない!」
狼王が豪快に笑った。
だが、誰も気づいていなかった。
倉庫の瓦礫の下。
黒く塗りつぶされた佐伯家の紋章が、ゆっくりと光り始めていたことに。
そして遠く離れた北方の山では――
封印された扉の向こうから、再び声が響いていた。
「鍵が戻ったか……」
「ならば、始めよう」
「佐伯家最後の商人を迎える準備を」




