第17話 禁断の生チョコ登場! ヴェルティア、幸せすぎてまさかの失神!?
竜王国・王都。
翌朝。
「蓮様! おはようございます!」
店の扉を開けると、ヴェルティアが待っていた。
「……早くないですか?」
「当然ですわ!」
ヴェルティアは胸を張った。
「昨日いただいたチョコレートのことを考えていたら、朝になっていましたの!」
「眠れなかったんですか!?」
「ええ。あの甘さを思い出すたびに、もう一枚食べたくなってしまって……」
「完全にチョコ信者だ……」
ミリアが呆れた顔をする。
ヴェルティアは気にせず、俺の手を見つめた。
「ところで、蓮様」
「はい?」
「本日のチョコレートは……?」
「ありますよ。でも、その前に今日は旧交易所へ行く予定なんです」
「旧交易所?」
ヴェルティアの表情が変わった。
「佐伯家の初代当主が使っていたという、あの場所ですか?」
「そうです。昨日見つけた古銭の記録を調べたいんです」
「……分かりました。私も同行します」
いつもの甘い笑顔とは違う、真剣な表情だった。
「実は、私の一族にも旧交易所について伝わる話がありますの」
「何か知っているんですか?」
「詳しいことは分かりません。ただ、古い扉には近づいてはならない、と」
「扉……」
俺はスマートフォンを取り出した。
画面には、旧交易所の地図が表示されている。
【調査地点:旧交易所】
【境界反応:微弱】
【第一境界古銭との関連:高】
「やっぱり、何かありそうだな」
「蓮様、私も行きます!」
セレナが勢いよく手を挙げた。
「危険な場所へ蓮様を一人で行かせるわけにはまいりません!」
「いや、みんなで行きますよ」
「では、妻として――」
「妻じゃありません!」
いつものやり取りを終え、俺たちは出発の準備を始めた。
そのとき、俺はふと思い出した。
「あ、そうだ」
「どうしました?」
ミリアが尋ねる。
「ヴェルティアさんに、もう一つプレゼントがあるんですよ」
「プレゼント!?」
ヴェルティアの目が輝いた。
「チョコレートですか!?」
「まあ、そうですけど……普通のチョコじゃありません」
俺はスマートフォンを操作し、日本側の仕入れ先から用意しておいた商品を取り出した。
小さな箱。
冷たさを保つための保冷バッグに入れてある。
箱の表には、こう書かれていた。
『生チョコレート』
「……生?」
ヴェルティアが息をのんだ。
「生チョコです。口どけがよくて、普通の板チョコとはまた違うおいしさなんですよ」
「口どけ……」
ヴェルティアは、箱を見つめた。
「蓮様。それは、私に?」
「昨日、販売会を手伝ってくれたお礼です。いつもありがとうございます」
俺が箱を渡すと、ヴェルティアは両手で受け取った。
「……ありがとうございます」
その声は、いつになく小さかった。
そして、ゆっくりと箱を開ける。
中には、ココアパウダーをまとった四角い生チョコが並んでいた。
「なんて美しい……」
「溶けやすいので、早めに食べてくださいね」
「はい……!」
ヴェルティアは小さなフォークで一つ取った。
そして、口に運ぶ。
ぱくっ。
その瞬間――
「………………」
沈黙。
ヴェルティアの動きが止まった。
「ヴェルティアさん?」
返事がない。
彼女の目が、ゆっくりと見開かれていく。
「……な、何ですの……これは……」
「生チョコですけど……」
「違います……!」
ヴェルティアは震える声で言った。
「これは……チョコレートの姿をした……幸せそのものですわ……!」
「そんなに!?」
生チョコは、口の中でゆっくり溶けていく。
濃厚なカカオの香り。
なめらかな舌触り。
そして、普通のチョコレートとは違う、やさしい口どけ。
ヴェルティアは胸に手を当てた。
「甘さが……広がって……消えていく……」
「ヴェルティアさん、大丈夫ですか?」
「こんなものを……今まで知らずに生きていたなんて……!」
彼女は天井を見上げた。
「神様……ありがとうございます……!」
「神様に感謝し始めた!?」
セレナも驚いていた。
「ヴェルティア様、そんなにおいしいのですか?」
ヴェルティアは、ゆっくりとうなずいた。
「セレナ様……あなたも、いつかこの味を知るべきですわ……」
「わ、分かりました……」
「ですが……」
ヴェルティアは、もう一つ生チョコを口に入れた。
ぱくっ。
「……ああ……!」
そして――
ふらり。
「ヴェルティアさん!?」
そのまま、ヴェルティアは後ろへ倒れかけた。
俺が慌てて支える。
「ちょっ! 大丈夫ですか!?」
「…………」
返事がない。
「ヴェルティア様!?」
セレナが叫ぶ。
ミリアがすぐに駆け寄った。
「蓮さん、椅子に座らせてください!」
俺たちは慌ててヴェルティアを椅子に座らせた。
顔を覗き込むと――
「……すぅ……」
寝息が聞こえた。
「……寝てる?」
ミリアが確認する。
「気を失ったように見えましたけど……」
俺は恐る恐る声をかけた。
「ヴェルティアさん?」
「……生チョコ……もう一つ……」
「夢の中でも食べてる!?」
セレナが額に手を当てた。
「まさか、生チョコのおいしさで失神するなんて……」
「いや、たぶん感動しすぎただけだと思います!」
しばらくして、ヴェルティアは目を覚ました。
「……あら?」
「大丈夫ですか!?」
俺が尋ねると、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「私は……どうしたのでしょう?」
「生チョコを食べて、倒れたんですよ!」
「……そうでしたの」
ヴェルティアは、はっとしたように箱を見た。
「生チョコは!?」
「そこです!」
箱を確認すると、まだ何個か残っている。
ヴェルティアはほっと胸をなで下ろした。
「よかった……」
「自分の心配より、生チョコの心配!?」
そして彼女は、真剣な表情で俺を見た。
「蓮様」
「はい……?」
「お願いがあります」
「……何でしょう?」
「この生チョコを、定期的に仕入れていただけませんか?」
「ええっ!?」
「値段は問いません!」
「いや、商売なので値段は大事です!」
「では、価格交渉にも協力いたします!」
「そこまで!?」
ヴェルティアは胸を張った。
「私は決めましたわ。普通のチョコレートも素晴らしいですが、生チョコは別格です!」
セレナが小さく呟いた。
「……これは強敵ですね」
「何がですか?」
「蓮様の新商品を、ヴェルティア様が独占しようとなさるかもしれません」
「しませんわ!」
ヴェルティアは即座に否定した。
「生チョコは、世界中の人々が幸せになるためのお菓子ですもの!」
「急に立派なことを言い出した……」
ミリアが笑った。
「でも、蓮さん。これは売れそうですね」
「ああ。普通のチョコとは違う魅力があるからな」
俺は生チョコの箱を保冷バッグに戻した。
「ただし、保存方法や持ち運びには注意しないといけない。大量に持ってくるなら、そこも考えないとな」
ヴェルティアは真剣にうなずいた。
「もちろんですわ!」
そして、もう一度小さく付け加えた。
「……次は、二箱お願いします」
「増えてる!?」
◇
ひと騒動あったものの、俺たちは旧交易所へ向かった。
王都の北側。
古い石畳の道を進むと、森の入口に朽ちた建物が見えてきた。
壁は崩れかけ、窓には板が打ちつけられている。
入口には、古い看板が残っていた。
『旧交易所』
「ここか……」
俺はスマートフォンを取り出した。
ピコン。
【調査地点に到着】
【境界反応:上昇】
【第一境界古銭との関連:確認】
「やっぱり反応している」
リナが周囲を見回した。
「ずいぶん古い建物ですね……」
「何百年も使われていないそうですから」
ヴェルティアが建物の壁に触れた。
「私の一族に伝わる話では、この場所で異世界の商人と人々が取引をしていたそうです」
「佐伯家の初代当主も?」
「おそらく」
俺は、第一境界古銭を取り出した。
すると――
古銭が、かすかに光り始めた。
「……!」
スマートフォンが鳴る。
【古銭の反応を確認】
【地下区画への入口を検出】
建物の床の一部が、低い音を立てて動き始めた。
ゴゴゴゴ……。
床板が横へずれ、その下に石造りの階段が現れた。
「地下……?」
ミリアが息をのむ。
俺は階段を見下ろした。
その先は暗く、奥が見えない。
スマートフォンに文字が表示された。
【地下区画】
【未確認の記録あり】
【注意:境界の封印に接近しています】
セレナが俺の腕をつかんだ。
「蓮様、危険です。慎重に進みましょう」
「ああ」
俺はうなずいた。
そして、ヴェルティアを振り返る。
「本当に来てよかったんですか?」
「もちろんですわ」
彼女は真剣な表情で答えた。
「佐伯家と私の一族には、何か関係があるはずです。それを確かめたいのです」
俺は階段に足をかけた。
一段。
また一段。
地下へ進むたび、スマートフォンの反応が強くなる。
そして、最下段にたどり着いたとき――
目の前に、大きな石の扉が現れた。
中央には、古い紋章が刻まれている。
佐伯家の紋章。
そして、その横には見覚えのない文字があった。
『境界を開く者は、商いの始まりを知るべし』
「商いの始まり……?」
俺が呟いた瞬間、扉の奥から声が響いた。
『第一境界古銭を持つ者よ』
俺たちは一斉に顔を上げた。
『ようやく来たか、佐伯の子孫よ』
スマートフォンが激しく震えた。
【重要記録を検出】
【佐伯家・初代当主に関する記録】
【再生しますか?】
俺は画面を見つめた。
ここに、佐伯家の始まりが残されている。
そして、俺が受け継いだ商売の本当の意味も――。
「……再生する」
俺が画面に触れた、その瞬間。
石の扉が、ゆっくりと開き始めた。
ゴゴゴゴ……。
扉の向こうから、まばゆい光があふれ出す。
その光の中に、一人の男の姿が浮かび上がった。
長い外套。
古びた鞄。
そして、俺とよく似た顔。
男は静かに笑った。
『久しぶりだな、佐伯の子孫よ』
俺は息をのんだ。
男の名は――
佐伯一郎。
佐伯家の初代当主だった。




