第15話 伝説の美女ヴェルティア降臨!
竜王国・王都。
「蓮が戻ってきたぞ!」
王城に到着した蓮を、ルナリアが笑顔で迎えた。
「お帰りなさい!」
「ただいま、ルナリア」
「お土産は?」
「またそれか!」
蓮は苦笑しながら、日本のお菓子を渡した。
ルナリアは大喜びだ。
その横では、セレナが当然のように蓮の腕に抱きついていた。
「蓮様、お帰りなさいませ。未来の妻がお待ちしておりました♡」
「だから妻じゃないって!」
「照れなくてもいいですよ♡」
「照れてません!」
いつものやり取りに、ルナリアが笑う。
そこへ竜王が現れた。
「蓮、よく戻ったな。今夜、お前の帰還を祝うパーティーを開く」
「パーティーですか?」
「ああ。各地の貴族や商人が集まる」
竜王は少し声を落とした。
「実は、お前を探している者がいる。そいつを誘い出したいのだ」
蓮の表情が変わった。
「俺を探している?」
「佐伯家について調べているらしい。パーティーなら、向こうから姿を現す可能性がある」
「なるほど……」
蓮は頷いた。
「分かりました。協力します」
「よし。では、今夜は楽しみにしておけ」
竜王は意味ありげに笑った。
蓮は首を傾げた。
「……何か企んでません?」
「はっはっは!」
竜王は答えなかった。
嫌な予感しかしなかった。
◇
その夜。
王城の大広間は、豪華なシャンデリアの光に包まれていた。
貴族たち。
有力な商人たち。
各地から招待された名士たち。
美しいドレスをまとった女性たち。
そして、着飾った男性たちが、あちこちで談笑していた。
蓮は正装に着替え、落ち着かない様子で広間を見渡した。
「こういう場所は苦手だな……」
「蓮様、とても素敵です♡」
セレナがうっとりと見つめる。
「今夜こそ、皆様に私たちの仲を認めていただきましょう!」
「認めるも何も、仲の内容が違います!」
そのとき、広間の入口で案内役の声が響いた。
「皆様! 特別なお客様がお見えになりました!」
ざわめきが止まる。
大きな扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは――
一人の女性だった。
長い髪。
透き通るような肌。
気品あふれるドレス。
歩く姿さえ美しく、まるで物語から抜け出してきたかのようだった。
「……誰だ、あの方は?」
「見たことがない……」
「なんという美しさだ……」
男性たちが一斉に女性を見つめた。
手に持っていたグラスを止める者。
会話を忘れる者。
思わず立ち上がる者。
誰もが、彼女から目を離せなかった。
ミリアまで驚いていた。
「……あの方が、ヴェルティア様?」
蓮が振り向く。
「えっ?」
ヴェルティア。
その名は知っていた。
しかし、これまで公の場に姿を現したことがなく、実際に会った者もほとんどいない。
そのため、王都では彼女の存在そのものが伝説のように語られていたのだ。
そして今夜。
ヴェルティアは初めて、大勢の人々の前に姿を現した。
「……すごいな」
蓮が思わず呟くと、セレナがじろりと睨んだ。
「蓮様?」
「いや、みんな驚いてるなって!」
「……本当に?」
「本当です!」
その間にも、男性たちはヴェルティアの周囲に集まり始めていた。
「ヴェルティア様! ぜひ一曲、お相手を!」
「こちらでお席をご用意しております!」
「よろしければ、我が商会とのお取引を――」
「順番にお願いします!」
誰もが自分を見てもらおうと必死だった。
しかし、ヴェルティアは誰にも応じなかった。
彼女の視線は、ただ一人に向けられていた。
蓮だ。
ヴェルティアは人々の間を通り抜け、まっすぐ蓮のもとへ歩いてきた。
「蓮」
「ヴェルティア……?」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「会いたかったわ」
「俺も……いや、どうしてここに?」
「招待されたからよ」
「それはそうだけど……」
ヴェルティアは蓮の隣に立った。
そして、広間を見渡した。
「皆様。少し、よろしいでしょうか?」
その声に、広間が静まり返る。
ヴェルティアは蓮の腕にそっと手を添えた。
「私、皆様にお伝えしたいことがあります」
蓮は嫌な予感がした。
「ヴェルティア、何を……?」
彼女はにっこりと笑った。
「私、佐伯蓮と婚約いたしました!」
「…………は?」
蓮の思考が止まった。
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「な、なんだとおおおおお!?」
広間が爆発したような騒ぎになった。
「ヴェルティア様が婚約!?」
「相手は誰だ!?」
「佐伯蓮だと!?」
「聞いたことがあるぞ! 異世界の商品を売る商人だ!」
「なぜ、あいつなんだ!?」
蓮は慌ててヴェルティアを見た。
「ちょっと待って! 婚約って何!?」
ヴェルティアは平然としていた。
「婚約よ?」
「いや、そうじゃなくて!」
「私、蓮がいいもの」
「理由になってない!」
ヴェルティアは首を傾げた。
「嫌だった?」
その顔を見て、蓮は言葉に詰まった。
「いや、嫌とかじゃなくて……突然すぎるだろ!」
「じゃあ、問題ないわね」
「問題大ありだよ!」
◇
そして、蓮は気づいた。
周囲の男性たちの視線が、明らかに変わっている。
先ほどまでヴェルティアに夢中だった男たちが、今は全員、蓮を睨んでいた。
「……あいつが婚約者?」
「俺たちが声をかけても相手にされなかったのに……」
「許せん」
「決闘を申し込んでやる!」
「いや、ちょっと待ってください!」
蓮は両手を上げた。
「俺も今、初めて聞いたんです!」
誰も信じてくれなかった。
一人の貴族が前に出る。
「佐伯蓮! ヴェルティア様を幸せにできると、本気で思っているのか!」
「いや、そもそも婚約の話が――」
「言い訳は聞きたくない!」
別の男も叫ぶ。
「商人風情が、ヴェルティア様の隣に立つとは!」
「商人風情って……俺は商人ですけど!」
「開き直るな!」
「どうしろっていうんだよ!」
ミリアは頭を抱えた。
「蓮さん、完全に敵を増やしましたね……」
狼王は面白そうに笑った。
「よいではないか。これほど一度に敵が増えるとはな」
「よくない!」
セレナは笑顔のまま、ヴェルティアを見つめていた。
「ヴェルティア様」
「何かしら?」
「蓮様との婚約について、詳しくお聞きしても?」
「もちろん。蓮が私の婚約者になったのよ」
「その話、蓮様本人はご存じだったのでしょうか?」
「今、伝えたわ」
「……そうですか」
セレナの笑顔が、さらに深くなった。
「では、私にもまだ可能性はありますね♡」
「セレナさん! 今はそこじゃない!」
ルナリアはとうとう笑い出した。
「もう、蓮ったら! パーティーに来ただけなのに大変なことになってる!」
「俺だって普通に帰還を祝ってもらいたかったんだよ!」
◇
そのときだった。
広間の隅にいた一人の男が、静かにグラスを置いた。
黒い礼服。
顔の半分を影に隠した、見覚えのない男。
彼は周囲の騒ぎには加わらず、蓮だけを見つめていた。
「……佐伯蓮」
男は小さく呟いた。
「ヴェルティアまで動いたか」
その手には、古びた鍵が握られていた。
鍵には、佐伯家の紋章が刻まれている。
男はゆっくりと後ろへ下がった。
誰にも気づかれず、広間の出口へ向かう。
だが――
ピコン!
蓮のスマートフォンが震えた。
【境界反応を検知】
【反応地点:王城大広間】
【対象:不明】
蓮は画面を見た。
「……何だ?」
もう一度、周囲を見渡す。
その瞬間、広間の隅にいる男と目が合った。
男は微笑んだ。
そして、唇だけを動かした。
『扉を開けろ』
次の瞬間。
男の姿が、人混みの中へ消えた。
「待て!」
蓮が駆け出そうとした。
しかし、周囲の貴族たちが立ちはだかった。
「佐伯蓮! 話はまだ終わっていない!」
「ヴェルティア様との婚約について説明しろ!」
「決闘を受けろ!」
「……今それどころじゃないんだよ!」
蓮は叫んだ。
ヴェルティアは不思議そうに首を傾げている。
「蓮、どうしたの?」
「どうしたのじゃない! 今、怪しい男が――」
そのとき、スマートフォンに新しい通知が表示された。
【警告】
【佐伯家の鍵が接近しました】
【次の境界反応まで――残り24時間】
蓮は息をのんだ。
婚約騒ぎどころではない。
佐伯家の秘密を知る誰かが、すぐ近くにいる。
そして、その人物は明日、何かを起こそうとしている。
「……明日までに、見つけないと」
蓮はスマートフォンを握りしめた。
その隣で、ヴェルティアがそっと微笑む。
「大丈夫よ、蓮。私が守ってあげるから」
「……頼もしいけど、まず婚約の説明をしてくれ!」
王城の夜は、まだ終わらない。
そして蓮は知らなかった。
今夜の婚約発表こそが、謎の男を動かすきっかけになったことを。




