第14話 その契約、ちょっと待った!スマホ商人の大逆転!
翌朝。
「……お腹すいた」
蓮は宿のベッドから起き上がるなり、つぶやいた。
昨日は地下室で逃げ回り、そのあと戦闘まであった。
お腹が空くのも当然だった。
「蓮様! 朝食なら私が用意しました♡」
セレナが満面の笑みで、お皿を差し出してきた。
「えっ、作ってくれたんですか?」
「はい! 未来の妻ですから!」
「……ありがとうございます。でも、いつから未来の妻に?」
「蓮様が結婚を申し込んでくださる日からです♡」
「まだ申し込んでません!」
ミリアが笑いながらパンを手に取った。
「蓮さん、早く食べないと商談に遅れますよ」
「そうだった!」
蓮は朝食を急いで食べた。
今日はいよいよ、ローデン商会との商談だ。
昨日襲ってきた男たちがローデン商会の警備部門に所属していたことも気になる。
だが、相手の話を聞かずに決めつけるわけにはいかない。
「よし、行こう!」
◇
ローデン商会は、港でも目立つ大きな建物だった。
入口には立派な看板。
中には高級な家具が並び、商人たちが忙しそうに行き来している。
「さすが、大商会だな……」
蓮が感心していると、受付の女性が笑顔で近づいてきた。
「佐伯蓮様ですね。ローデンがお待ちです」
案内された部屋には、ローデンが座っていた。
「よく来たな」
「お招きありがとうございます」
蓮は向かいの椅子に座った。
セレナは当然のように隣へ座る。
「私は蓮様の妻ですので、同席します♡」
「まだ妻じゃないです!」
ローデンが一瞬、目を丸くした。
「……仲がいいのだな」
「誤解です!」
「照れなくてもいいですよ、蓮様♡」
「セレナさん!」
ミリアは笑いをこらえていた。
◇
ローデンは、一枚の書類を机に置いた。
「今日、お前を呼んだのは、この契約のためだ」
蓮は書類を受け取った。
そこには、大きな文字で書かれていた。
『独占販売契約』
「独占販売……?」
「そうだ。お前の商品を、我が商会だけで販売する」
ローデンは説明を続けた。
「こちらで商品を大量に買い取る。お前は仕入れと商品開発に集中できる。悪い話ではないだろう?」
確かに、魅力的な話だった。
大量に買い取ってもらえれば、売れ残りの心配も減る。
商売の規模も大きくできる。
だが――
蓮のスマートフォンが、小さく震えた。
ピコン。
【契約内容を確認しました】
【注意:不利な条件を検出】
蓮は表情を変えず、画面を確認した。
【契約後の主な条件】
・他の商会への販売禁止 ・販売価格はローデン商会が決定 ・契約解除には高額な違約金が必要
「……なるほど」
蓮は書類を机に戻した。
「ローデンさん。これは、俺にとって不利すぎませんか?」
ローデンは眉を動かした。
「なぜだ? 商品は大量に買い取ると言っている」
「でも、販売先を全部あなたに決められたら、ほかのお客さんに商品を届けられません」
蓮は続けた。
「それに、価格まで自由に決められない。もし契約をやめたくなっても、違約金が高すぎる」
「商売とは、そういうものだ」
ローデンは冷静に答えた。
「大きな利益を得るには、多少の制限も必要になる」
「多少、ですか……」
蓮は首を横に振った。
「これは、制限じゃありません。自由を奪う契約です」
部屋の空気が変わった。
ローデンは蓮をじっと見つめた。
「……契約を断るのか?」
「はい」
蓮ははっきり答えた。
「俺は、自分で売る相手を決めたいんです」
◇
「後悔するぞ」
ローデンが低い声で言った。
「我が商会と取引できなければ、黒曜港で商売を続けるのは難しくなる」
「それは困りますね」
蓮は素直に答えた。
「でも、だからといって、納得できない契約は結べません」
ローデンが立ち上がる。
「ならば、お前の商品がどれほど売れるか、見せてもらおう」
「……どういう意味ですか?」
「今日、我が商会の前に市場を用意してやる。そこで自由に売ってみろ」
ローデンは笑った。
「本当に商人として優れているなら、我が商会に頼らずとも成功できるはずだ」
蓮は少し考えた。
そして、にっこり笑った。
「いいですよ」
「何?」
「商売で勝負しましょう」
セレナが嬉しそうに手を握る。
「さすが蓮様! 未来の旦那様は堂々としていますね♡」
「だから未来の旦那様じゃない!」
◇
昼。
ローデン商会の前に、小さな販売所が用意された。
蓮が持ち込んだのは、日本の保存食、日用品、便利な小物だった。
最初は、誰も足を止めなかった。
「大商会の前で商売するなんて、無謀だな」
「ローデン商会の商品を買ったほうが安心だろう」
通り過ぎる人たちの声が聞こえる。
ミリアが不安そうに尋ねた。
「蓮さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。まずは、商品の良さを知ってもらおう」
蓮は商品を並べた。
最初に出したのは、便利な保存容器だった。
「食べ物を入れておけます。ふたを閉めれば、持ち運びにも便利ですよ!」
客の一人が足を止めた。
「本当に漏れないのか?」
「試してみてください」
蓮は水を入れ、ふたを閉めて逆さにした。
水はこぼれなかった。
「おおっ!」
「すごいな!」
次に、手軽に使える清潔なタオルを見せた。
「こちらは肌触りがよく、毎日使えます!」
「触ってもいいか?」
「もちろんです!」
客が商品を手に取る。
「これは気持ちいいな!」
一人が買うと、別の客も興味を持ち始めた。
「俺にも見せてくれ!」
「こちらはいくらだ?」
「この値段です!」
少しずつ、人が集まり始めた。
セレナも大活躍だった。
「こちらの商品は、蓮様が自信を持っておすすめする品です!」
「お姉さん、あんたも店の人かい?」
「はい! 蓮様の妻です♡」
「違います! 販売員です!」
客たちがどっと笑った。
その笑い声につられて、さらに人が集まる。
「何だ何だ?」
「面白そうな店だな!」
「この便利な容器を一つくれ!」
商品は次々と売れていった。
◇
夕方。
蓮は売上を計算した。
「……よし!」
【本日の売上】
【合計:185金貨】
ミリアが目を丸くした。
「すごい! こんなに売れたんですね!」
「お客さんが商品の良さを分かってくれたんだ」
蓮は満足そうに頷いた。
そのとき、ローデンが販売所へやってきた。
「……思ったより売れたようだな」
「ありがとうございます」
「だが、これだけで商売が成功したとは言えない」
ローデンは厳しい表情を崩さなかった。
蓮は笑った。
「そうですね。今日だけでは分かりません」
そして、売上の一部を見せた。
「でも、今日買ってくれたお客さんが、また来てくれるかもしれない。俺は、そういう商売を続けたいんです」
ローデンは黙った。
蓮は続けた。
「一度に大きく儲けることも大事です。でも、お客さんに喜んでもらって、また買いに来てもらう。それも商売だと思います」
ローデンの目が、わずかに細くなった。
「……お前は、誰から商売を学んだ?」
「家族です」
蓮は答えた。
「佐伯家の商売は、そういうものだったと聞いています」
その瞬間。
ローデンの表情が変わった。
「佐伯家……」
彼は何かを言いかけたが、口を閉じた。
そして、蓮に背を向けた。
「今日の勝負は、お前の勝ちだ」
「え?」
「だが、覚えておけ。お前の商売を快く思わない人間は、ほかにもいる」
ローデンは歩き出した。
「王都へ戻ったら、気をつけろ」
蓮は、その背中を見つめた。
「……ローデンさんは、本当に敵なのか?」
◇
その夜。
宿に戻った蓮のスマートフォンに、新しい通知が届いた。
ピコン!
【新しい取引依頼】
【依頼主:王都商業組合】
【内容:至急、面会を希望】
蓮は首を傾げた。
「今度は商業組合?」
さらに、短いメッセージが表示された。
『佐伯蓮殿』
『あなたの一族について、伝えたいことがあります』
『明日、王都へお越しください』
蓮はスマートフォンを見つめた。
商売の勝負には勝った。
だが、佐伯家の秘密は、まだ分からないことだらけだ。
「……明日は王都か」
セレナが当然のように隣へ座った。
「もちろん、私も同行します♡」
「はいはい……」
蓮は苦笑した。
こうして一行は、次の目的地である王都へ向かう準備を始めた。
しかし、そのころ。
王都のとある部屋では、一人の男が蓮の写真を眺めていた。
「ついに現れたか……佐伯家の後継者」
男は、机の引き出しから古い鍵を取り出した。
「今度こそ、あの扉を開けてもらおう」
その鍵には――
佐伯家の紋章が刻まれていた。




