第12話 大商人ガルドの仕掛け
翌朝。
佐伯蓮が商人ギルドへ向かうと――。
「……なんだ、これ」
ギルドの入口に、人だかりができていた。
「カップ麺はないのか!?」
「昨日買った店は全部売り切れだ!」
「味噌汁も欲しい!」
「佐伯さんはどこだ!」
「……」
蓮は足を止めた。
「人気になりすぎだろ……」
ミリアが隣で笑う。
「だから言った」
「それ昨日も聞いた」
二人がギルドへ入る。
するとグレンが駆け寄ってきた。
「佐伯さん、大変です!」
「何が?」
「カップ麺の価格が上がっています」
「え?」
グレンが帳簿を見せる。
昨日、蓮が一個銀貨数枚程度で卸したカップ麺。
それが今では――。
「三倍?」
「はい」
「なんで?」
「品薄だからです」
蓮は頭を抱えた。
「……なるほど」
日本なら、店に行けば大量に売っている。
しかしこちらでは違う。
商品そのものが少ない。
だから欲しい人が増えれば、値段も上がる。
「これ、俺が値段を上げたわけじゃないよな?」
「はい」
グレンは頷く。
「市場が勝手に値段を上げています」
「怖いな……商売って」
そのとき。
ギルドの奥から、低い声が聞こえた。
「怖いのは商売ではない」
蓮が振り返る。
そこにいたのは昨日の男。
高級な服。
鋭い目。
そして堂々とした態度。
「お前が市場を知らないことだ」
「……誰ですか?」
男は笑った。
「ガルドだ」
グレンの顔が険しくなる。
「大商会のガルドさんです」
「大商人……」
蓮が呟く。
ガルドは蓮の前まで歩いてきた。
「佐伯蓮」
「はい」
「お前の商品を買いたい」
「ありがとうございます」
「違う」
ガルドは首を振った。
「全部だ」
「全部?」
「お前が次に持ってくる商品も含めて、すべて買おう」
蓮は黙った。
「つまり……独占?」
「そうだ」
ガルドは平然と言った。
「お前は異世界の商品を持ってくる。私はこの街で売る。お前は仕入れに集中できる」
「でも、それだと他の商人に売れませんよね」
「当然だ」
蓮は腕を組んだ。
「断ったら?」
ガルドの笑顔が消えた。
「この街で商売をするのが難しくなる」
ミリアの耳がピクリと動く。
「脅してる?」
「脅しではない」
ガルドは淡々と言った。
「忠告だ」
蓮はしばらく黙っていた。
確かにガルドの言うことにも一理ある。
商品を大量に売るなら、大きな販売網を持つ商会と組む方が楽だ。
でも――。
蓮はカーテンを思い出した。
あれは自分だけの秘密だ。
日本と異世界をつなぐ唯一の場所。
もし一つの商会にすべてを握られたら。
「……嫌です」
蓮は答えた。
ガルドの眉が動く。
「理由は?」
「俺は一つの商会だけに売るつもりはありません」
「なぜだ?」
「いろんな人に使ってほしいからです」
「商人らしくない答えだな」
「よく言われます」
蓮は苦笑した。
「でも、俺は俺のやり方で商売します」
ガルドはしばらく蓮を見つめた。
そして。
「面白い」
「え?」
「ならば、商売で決着をつけよう」
「商売で?」
「一週間だ」
ガルドが指を一本立てた。
「一週間後、どちらの商品が街で多く売れたか」
「……勝負するんですか?」
「そうだ」
「何を賭ける?」
ガルドは笑った。
「お前が勝てば、私の商会はお前の商品に手を出さない」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ、ガルドさんが勝ったら?」
「お前には、私と専属契約を結んでもらう」
蓮は考え込んだ。
悪くない。
危険ではある。
だが、ここで逃げれば、これからずっと大商人に圧力をかけられるかもしれない。
「……分かりました」
ミリアが驚く。
「蓮!」
「大丈夫」
蓮は笑った。
「日本の商品が、どこまで通用するか試してみたい」
ガルドも笑う。
「決まりだな」
その日の午後。
蓮は日本へ戻った。
カーテンを閉める。
そしてスマートフォンを見た。
【第二接続先:探索中】
「まだ見つからないか……」
蓮はため息をついた。
「今は商売だ」
そして。
近所の百円ショップへ向かった。
店内を歩く。
文房具。
キッチン用品。
掃除用品。
収納用品。
電池。
ライト。
衛生用品。
蓮は商品を一つずつ手に取った。
「……これだ」
カゴに入れる。
「これも」
また入れる。
「これも使える」
さらに入れる。
気がつけば――。
カゴはいっぱいだった。
「……買いすぎた」
レジに向かう。
しかし、そのとき。
スマートフォンが震えた。
――ピッ。
蓮が画面を見る。
【第二接続先を検出】
「……!」
蓮は立ち止まった。
【接続先:不明】
【距離:近】
【危険度:測定不能】
「危険度、測定不能って……」
さらに表示が変わる。
【第二接続先から通信を受信】
蓮の指が止まった。
画面に、一文字だけ表示された。
――。
【助けて】
「…………」
蓮は息を呑んだ。
「誰だ……?」
返事はない。
だが。
カーテンの向こう側。
異世界のさらに奥で。
何かが、蓮を呼んでいた。
一方その頃。
異世界の街では――。
ガルドが部下に命じていた。
「佐伯の商品の弱点を探せ」
「はい」
「食料だけではない。ライト、石鹸、文房具……すべてだ」
ガルドは窓の外を見る。
「異世界の商品など、必ず弱点がある」
そして静かに笑った。
「一週間後。
どちらがこの街の商人として残っているか――見せてもらおう」
こうして。
佐伯蓮と大商人ガルド。
二人の商売勝負が始まった。
そして蓮はまだ知らない。
その勝負の裏で――。
「第二の世界」が、ゆっくりと扉を開き始めていることを。




