第11話 異世界でカップ麺を売ったら大騒ぎになった
「……これ、本当に売れるのか?」
佐伯蓮は、コンビニの前で腕を組んでいた。
目の前には大量の商品。
カップ麺。
インスタント味噌汁。
レトルトカレー。
そして――おにぎり。
「絶対売れると思う」
隣でミリアが即答した。
「なんで分かるんだよ」
「食べたことがあるから」
「昨日な」
ミリアは真剣な顔で頷いた。
昨日、蓮の部屋で初めてカップ麺を食べたミリアは、最初の一口を食べた瞬間。
「……!」
完全に固まった。
そして三秒後。
「もう一個」
それから五分後。
「もう一個」
結局、三個食べた。
「お前、異世界人なのに食べ過ぎだろ」
「異世界人だから食べる」
「意味が分からん」
蓮は苦笑した。
とはいえ、ミリアの反応は参考になった。
そして今日。
蓮は本格的に仕入れをしてきた。
「よし」
カゴを見る。
カップ麺――五十個。
味噌汁――三十個。
レトルトカレー――三十個。
缶詰――五十個。
菓子類――大量。
さらに。
「これも買った」
蓮が取り出したのは――。
箸。
「……?」
ミリアが不思議そうに見る。
「食べる道具」
「どうやって使うの?」
「こう」
蓮が箸を動かす。
ミリアも真似する。
しかし。
「……つかめない」
「最初は難しい」
「魔法?」
「違う」
「じゃあ技術?」
「まあ……そう」
ミリアは真剣な顔で箸を見つめた。
「日本人はすごい」
「そこまでじゃない」
そして二人は、再びカーテンをくぐった。
――異世界。
商人ギルド。
蓮が戻ってきた瞬間。
「佐伯さん!」
グレンが飛んできた。
「待っていました!」
「そんなに?」
「そんなにです!」
グレンの後ろには、すでに何人もの商人が集まっている。
「LEDライトは?」
「あります」
「缶詰は?」
「あります」
「石鹸は?」
「あります」
「新しい商品は?」
「あります」
蓮はニヤリと笑った。
「今日は食べ物を持ってきました」
「食べ物?」
商人たちがざわつく。
蓮は机の上にカップ麺を置いた。
「これです」
「……?」
誰も理解できない。
グレンが容器を手に取る。
「これは……箱ですか?」
「食べ物」
「これが?」
「お湯を入れて三分待つ」
「三分?」
「はい」
「それだけ?」
「それだけ」
蓮はお湯を注ぐ。
待つこと三分。
蓋を開ける。
ふわっ――。
醤油と出汁の香りが広がった。
「…………」
全員が黙った。
ミリアだけが目を輝かせている。
「いい匂い……」
蓮は箸を渡した。
「食べてみる?」
最初に手を挙げたのはグレンだった。
「商売人として、未知の商品を試すのも仕事です」
「その意気だ」
グレンが麺を一口。
「……」
二口。
「…………」
三口。
そして。
「佐伯さん」
「はい」
「これを――」
グレンはカップ麺を握りしめた。
「全部売ってください」
「え?」
「全部です」
「いや、まだ五十個しか……」
「五十個全部!」
グレンの声がギルド中に響いた。
周囲の商人たちも動き出す。
「俺にもくれ!」
「三個!」
「十個買う!」
「俺は二十!」
「予約できるか!?」
蓮は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待って!」
一瞬で大騒ぎになった。
そして――。
その日の夕方。
異世界の街では、奇妙な光景が広がっていた。
道端。
酒場。
商店。
宿屋。
至るところで――。
「お湯を入れて三分だ!」
「箸ってどう使うんだ!」
「熱い!」
「うまい!」
「もう一個!」
カップ麺を食べる人々。
蓮はその様子を見ながら呆然としていた。
「……売れすぎだろ」
ミリアは隣で満足そうに笑っている。
「だから言った」
「お前は食べただけだろ」
「食べるのは大事」
「確かに」
蓮は笑った。
しかし。
その様子を遠くから見ている男がいた。
高級そうな服。
鋭い目。
胸元には、商人ギルドでも一目置かれる紋章。
男は部下に尋ねた。
「……あの男が?」
「はい。『日本』という国から商品を持ってくる商人です」
「日本……」
男は小さく笑った。
「随分と面白い商売をする」
「どうしますか?」
「決まっている」
男はカップ麺を一つ手に取った。
「潰す」
部下が驚く。
「しかし、彼の商品は――」
「売れるからこそだ」
男はカップ麺を見つめた。
「商売は、珍しいものを売った者が勝つわけではない」
そして。
「市場を支配した者が勝つ」
男の名は――。
ガルド。
この街で最大の商会を持つ、大商人だった。
その夜。
蓮の部屋。
「今日は儲かったな……」
蓮は金貨を眺めていた。
カップ麺五十個。
味噌汁三十個。
レトルト食品。
菓子。
その他の商品。
予想以上の売上だった。
「これなら、もっと仕入れられる」
蓮は笑った。
だが。
ミリアが窓の外を見ている。
「蓮」
「ん?」
「あの人」
「どの人?」
「昼間からずっと、こっちを見てる」
蓮が窓を見る。
誰もいない。
「気のせいじゃないか?」
「違う」
ミリアの獣耳がピクリと動いた。
「商人の匂いがする」
「商人の匂い?」
「敵意のある商人の匂い」
「……」
蓮は黙った。
そのとき。
スマートフォンが震えた。
――ピッ。
画面には短い文字。
【新規接続候補】
蓮の顔から笑みが消えた。
【第二接続先:反応あり】
そして。
その直後。
もう一つの表示が出る。
【境界干渉者――接近中】
「……境界干渉者?」
蓮が呟く。
ミリアが振り返る。
「どうしたの?」
蓮はスマートフォンを握りしめた。
「分からない」
そして窓の外を見る。
暗闇の中。
一瞬だけ――。
赤い光が二つ。
こちらを見ていた。
狼王ではない。
もっと近い。
もっと――。
人間に近い何かだった。
――異世界商売。
その裏側で。
新たな敵と、新たな世界が動き始めていた。




