第11話 すべては偶然ではなかった!蓮を導いた見えない手
船が、静かな海を進んでいた。
背後には、霧に包まれた境界浮島。
島の崩壊は止まったものの、完全に安定したわけではない。
俺は甲板でスマートフォンを見つめていた。
【第三の鍵:仮認証】
【完全認証まで残り3段階】
【次の記録解放条件:北方山岳地帯】
【未確認人物の反応:1】
「……北方の山か」
以前、あの山に向かった佐伯家の人間が帰ってこなかった。
北方都市で出会った老人も、佐伯家の人物が山へ入ったと話していた。
そして今、第三の鍵まで北方へ行けと言っている。
偶然にしては、できすぎていた。
「蓮さん、何か気になることでも?」
ミリアが隣にやってきた。
「ああ。俺たちは、どうして次々に佐伯家の秘密へたどり着くんだろうって思ってさ」
「スマートフォンが案内してくれているのでは?」
「それもある。でも……」
俺は画面を見せた。
「最初から、北方山岳地帯が次の目的地として表示されている。俺たちが何かを探す前から、行き先が決まっていたみたいだ」
ミリアの表情が変わった。
「つまり、誰かが私たちを誘導している?」
「その可能性がある」
その時、後ろから声がした。
「考えすぎじゃない?」
セレナだ。
彼女は温かい飲み物を二つ持っていた。
「はい、蓮様。冷えているでしょう?」
「ありがとう」
カップを受け取り、俺は続けた。
「例えば、バルトから渡された航路図。あれがなければ、俺たちはこの島に来なかった」
「そうですね」
「島で見つかった古い記録。そして第三の鍵。さらに北方の山……」
俺は海を見つめた。
「誰かが、俺たちに必要な情報だけを渡している気がする」
セレナは笑顔を消した。
「もしそうなら、蓮様を利用しようとしている人物がいるということですね」
「そういうことだ」
「……その人物が誰であっても、私が蓮様を守ります」
「いや、まずは危険かどうか調べよう」
「危険だからこそです♡」
「話を聞いて!」
いつもの調子に戻りかけたが、俺はふと気づいた。
セレナが持っているカップの表面に、小さな紋章が浮かんでいた。
陸と海。
そして、その二つをつなぐ一本の線。
島の扉に刻まれていたものと同じだった。
「……セレナ。そのカップ、どうした?」
「え? 普通のカップですが?」
彼女が手元を見る。
すると、紋章は一瞬で消えた。
「今、何か光らなかったか?」
「いいえ?」
セレナは首を傾げた。
だが、俺のスマートフォンが激しく振動した。
【古代紋章を検知】
【発生地点:不明】
【検知時間:0.8秒】
【記録照合:該当なし】
「……見間違いじゃない」
俺はカップを見つめた。
何かが、俺たちに接触しようとしている。
◇
その夜。
船室で、俺たちは集まっていた。
ガルドはいないが、商人としての習慣で、俺はこれまでの出来事を帳簿に書き出していた。
「まず、バルトの航路図」
紙に一つ目の項目を書く。
「次に、境界浮島。そこで見つかった佐伯家の記録」
二つ目。
「第三の鍵。そして北方山岳地帯」
三つ目。
四つ目を書こうとして、俺の手が止まった。
「……ヴェルティア」
ミリアが顔を上げた。
「ヴェルティアさんも関係しているのですか?」
「八百年前の佐伯レンを知っている。第三の鍵の保管者でもある。そして、今回の事件を調べている」
俺はペンを置いた。
「この全部が、一つの線でつながっている気がする」
リナが地図を広げた。
「私の地図にも、気になることがあります」
地図には、これまで訪れた場所が記録されていた。
王都。
港町。
北方都市。
そして、境界浮島。
リナが指先で、それぞれをなぞる。
「最初は別々の場所だと思っていました。でも、線をつなぐと……」
地図の上に、薄い銀色の線が現れた。
それは、すべての場所を経由して、北方山岳地帯へと続いていた。
「……最初から、一本の道だったのか?」
俺は思わず身を乗り出した。
「そんなはずは……」
ミリアが地図を覗き込む。
「この線、普通の道ではありません。境界の接続点を結んでいます」
カイが腕を組んだ。
「つまり、俺たちが通ってきた場所は、すべて境界に関係する地点だったということか」
「そうみたいだな」
リナの地図が、さらに光を強めた。
そして、地図の端に新しい文字が浮かんだ。
【誘導経路:検出】
【起点:不明】
【終点:北方山岳地帯】
【経路設定者:記録抹消済み】
「記録抹消済み……?」
誰かが、この経路を作った。
だが、その人物の名前だけが消されている。
俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
「偶然じゃない。誰かが俺たちを引き合わせているんだ」
◇
その時。
スマートフォンが鳴った。
着信表示。
【ヴェルティア】
俺はすぐに通話をつないだ。
「ヴェルティア、ちょうど聞きたいことがあったんだ」
『私もよ、蓮』
彼女の声は、いつもより低かった。
『あなたたち、北方山岳地帯へ向かっているわね?』
「ああ。どうして知っている?」
『私の調査記録にも、同じ反応が出たの』
「同じ反応?」
『八百年前、佐伯レンが最後に向かった場所。そこに、今回の境界浮島と同じ紋章が残されている』
俺は息を止めた。
「じゃあ、八百年前の佐伯レンも、あの山へ?」
『ええ。ただし、彼が山に到着したかどうかは分からない』
「なぜ記録が途切れているんだ?」
『彼の記録だけではないわ。山に関係する記録は、八百年前のある時期から不自然に消されている』
「誰が消した?」
『それを調べているところよ』
俺は、リナの地図を見た。
記録抹消済み。
同じ言葉が、頭の中で繰り返される。
「ヴェルティア。もう一つ聞きたい。俺たちがここまで来たのは、本当に偶然じゃないのか?」
通信の向こうが静かになった。
『……その可能性は低いわ』
「やっぱりか」
『でも、誰があなたたちを導いているのかまでは分からない』
「北方の山に行けば、分かるのか?」
『おそらくね。ただし、蓮。気をつけて』
彼女の声が鋭くなった。
『誰かが道を用意しているということは、誰かがあなたの到着を待っているということよ』
「……」
『そして、その相手が味方だとは限らない』
俺はゆっくり頷いた。
「分かった。慎重に進む」
『約束よ』
通話が切れる直前、ヴェルティアが付け加えた。
『蓮。あなたが何者であっても、どこへ導かれていても、私はあなた自身の意思を信じるわ』
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
「ありがとう」
通信が切れた。
セレナが、じっと俺を見ていた。
「……ヴェルティアさんとは、ずいぶん親しいのですね」
「いや、今はそんな話をしている場合じゃないだろ」
「そうですね。では、私も蓮様を信じます」
セレナは微笑んだ。
「ただし、危険な場所へ行く時は、必ず私を連れていってくださいね♡」
「……分かったよ」
◇
翌朝。
北方山岳地帯が、遠くに見えてきた。
雪に覆われた山々。
その中央に、黒い岩肌がむき出しになった峰がある。
スマートフォンが鳴った。
【目的地まで:残り32キロ】
【境界反応:極大】
【古代記録:複数検知】
そして――
【警告:接続経路の終点に到達】
「……終点?」
俺は画面を見つめた。
すると、地図に新しい文字が現れた。
【誘導経路:完了】
【到着確認】
【対象:佐伯蓮】
【待機者:1名】
船室に緊張が走った。
「待機者って……誰だ?」
カイが弓を手に取る。
狼王が唸った。
セレナは俺の前に立ち、ミリアは魔力を集中させる。
リナの地図が、北の峰を赤く示していた。
その時。
山の頂上から、銀色の光が空へ伸びた。
そして、スマートフォンに新しいメッセージが表示された。
【ようやく、ここまで来たな】
【佐伯家の末裔よ】
【次は、お前自身の意思で選べ】
俺は息をのんだ。
その文面は、八百年前の記録に残されていた言葉と、よく似ていた。
だが、最後の一文だけが違っていた。
【今度こそ、第三の鍵を完成させろ】
「……今度こそ?」
誰かが、八百年前にも同じことを試みていた。
そして、失敗した。
その人物は、俺が来ることを知っていた。
俺は北の峰を見つめた。
「みんな、準備してくれ」
カイが頷く。
ミリアが魔法具を確認する。
セレナが俺の隣に立つ。
モモは、なぜか真剣な顔で羽を広げていた。
「蓮。今回の山、プリンの匂いがしない」
「……それ、危険の判断基準なのか?」
「うん!」
「少しは真面目に考えてくれ!」
思わず叫んだが、誰も笑わなかった。
山の頂上に、もう一度銀色の光が走った。
そして、その光の中に――
人影が一つ、浮かび上がった。
遠すぎて、顔は見えない。
だが、その人物は俺たちの船を見下ろし、ゆっくりと手を上げた。
まるで、長い間待ち続けていた客を迎える商人のように。
俺はスマートフォンを握りしめた。
ここまでの出来事は、偶然ではなかった。
誰かが道を作り、情報を残し、俺たちをこの場所へ導いた。
ならば、次に確かめるべきことは一つだ。
――誰が、何のために?
「行こう」
俺は仲間たちを見た。
「この道の先にある答えを、俺たち自身の目で確かめる」
船は、北方の港へ向かって進み続けた。
そして山の頂上では、謎の人物が静かに呟いていた。
「ようやく来たか……」
「今度こそ、間に合うといいがな」
その手には、佐伯家の紋章とは異なる、三つ目の紋章が刻まれた古い鍵が握られていた。




