第10話 もう一人の佐伯レン!ヴェルティアが守り続けた約束
ゴゴゴゴゴゴッ!!
島が崩れ始めていた。
天井から石片が落ち、床に亀裂が走る。
スマートフォンの警告音が鳴り響いた。
【島の安定率:5%】
【境界制御装置:停止寸前】
【脱出経路:不安定】
「5%って、もうほとんど終わりじゃないか!」
俺は思わず叫んだ。
「蓮様、こちらへ!」
セレナが俺の腕を引く。
だが、俺の視線は記録保管室の奥に向いていた。
そこには、もう一つの扉があった。
扉の中央には――
俺によく似た男の顔が刻まれている。
「……なんで俺の顔なんだ?」
カイが弓を構えた。
「罠かもしれない。近づくな」
「でも、第三の鍵の秘密があるかもしれない」
「島が沈むまで時間がないんだぞ!」
「分かってる!」
その時、モモが俺の頭の上に止まった。
「蓮、よく見ると、あの顔は蓮とちょっと違うよ」
「違う?」
「うん。目つきも違うし、もっと疲れた顔をしてる!」
「顔の感想が妙に具体的だな……」
だが、モモの言うとおりだった。
似ている。
しかし、同じではない。
まるで、遠い親戚の写真を見ているような、不思議な感覚だった。
俺が扉に近づくと、スマートフォンが反応した。
【古代記録を検知】
【人物名:佐伯レン】
【記録年代:約八百年前】
【佐伯家血統記録:未登録】
【第三の鍵との関連性:高】
「八百年前の佐伯レン……?」
カイが目を見開く。
「一郎と同じ時代の人物か?」
「たぶんな」
俺は扉に手を置いた。
その瞬間――
ドクンッ!
扉が脈打った。
『認証者を確認』
『現在の佐伯蓮』
『記録対象の佐伯レン』
『照合を開始します』
「ちょっと待て! 俺とそいつを照合してどうするんだ!?」
返事はない。
代わりに、扉がゆっくりと開き始めた。
ギィィィ……。
中には、小さな部屋があった。
中央には銀色の箱。
壁には陸と海の紋章。
そして、その二つをつなぐように、黒い翼と赤い月の紋章が刻まれていた。
「これは……ヴェルティアの紋章?」
俺が呟いた瞬間、箱の中から声が響いた。
『佐伯蓮。ようやく来たか』
俺自身の声に、よく似ていた。
『お前に、伝えなければならないことがある』
◇
「お前は誰だ?」
俺は箱を睨んだ。
『私は、八百年前に第三の鍵を守った者』
「佐伯レンなのか?」
『そう呼ばれていた』
「どうして俺と似ている?」
『……さあな』
「いや、そこは答えてくれよ!」
思わず突っ込んだが、箱は沈黙した。
代わりに、壁に映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは、八百年前の港だった。
商人たちが商品を運び、異なる世界の人々が物々交換をしている。
その中に、一郎の姿があった。
一郎は商人たちに向かって語りかけている。
『境界を守るということは、扉を閉じることだけではない』
『必要な時には開き、危険な時には閉じる。その判断を誤らないことだ』
その少し離れた場所に、一人の男が立っていた。
長い髪。
落ち着いた目。
俺とは顔立ちが少し違う。
だが、ふとした表情が似ていた。
男の隣には、黒い翼を持つ女性がいる。
ヴェルティアだった。
『レン、準備はできた?』
『ああ。だが、君まで来る必要はない』
『またそれ?』
ヴェルティアは呆れたように腕を組んだ。
『あなたはいつも、一人で何とかしようとする』
『危険だからだ』
『私だって、危険な場所を何度もくぐり抜けてきたのよ』
男は苦笑した。
『……そうだったな』
二人は顔を見合わせて笑った。
その様子は、恋人というより、長年一緒に困難を乗り越えてきた家族のようだった。
映像の中のヴェルティアが、男の肩を軽く叩く。
『帰ってきたら、食事くらい付き合いなさいよ』
『分かった。約束する』
『忘れたら許さないから』
『分かっている』
俺は黙って映像を見つめた。
ヴェルティアにとって、この男は家族同然の大切な仲間だったのだ。
そして、映像は急に暗くなった。
空に巨大な亀裂が走る。
黒い霧が港を覆い、人々が逃げ惑った。
『レン! 境界が暴走している!』
ヴェルティアが叫ぶ。
『第三の鍵を使えば、止められるかもしれない!』
『だが、使えば何が起きるか分からない!』
『それでも、何もしなければ町が消えるわ!』
男は銀色の結晶を取り出した。
『……分かった』
『レン?』
『必ず戻る。だから、ここを頼む』
ヴェルティアは男の腕をつかんだ。
『一人で行かないで』
『君まで失うわけにはいかない』
『私は家族を見捨てないわ!』
その言葉に、男は一瞬だけ目を伏せた。
そして、静かに微笑んだ。
『ありがとう、ヴェルティア』
次の瞬間、男は光の中へ消えた。
映像が途切れた。
俺は息をのんだ。
「……その後、どうなったんだ?」
スマートフォンが鳴った。
【古代記録:一部復元】
【佐伯レン:消息不明】
【第三の鍵:封印状態】
【ヴェルティア:保管者として登録】
「ヴェルティアが、鍵を守っていたのか……」
カイが頷いた。
「八百年前から、ずっとか」
その時、スマートフォンに通信が入った。
ヴェルティアだ。
『蓮! 聞こえる?』
「ああ、聞こえる!」
『無事なのね?』
「ああ。だけど、八百年前の記録を見た」
通信の向こうが静かになった。
『……そう』
「ヴェルティア。あの佐伯レンは、あなたにとって大切な人だったんだな」
『ええ。家族同然の人だったわ』
ヴェルティアは、はっきりと答えた。
『血のつながりはなかったけれど、長い間、一緒に戦ってきた仲間だった。彼は私を信頼してくれたし、私も彼を信頼していた』
「……そうだったのか」
『でも、蓮』
彼女の声が少し柔らかくなった。
『あなたと彼は別人よ。顔も、性格も、同じではないわ』
「俺もそう思う」
『だから、あなたが彼の代わりになる必要はない』
俺は黙って聞いていた。
『私が今、大切に思っているのはあなた自身よ。八百年前の彼とは関係ないわ』
「……そういうこと、さらっと言うなよ」
『ふふっ。照れているの?』
「照れてない!」
『そういうところも、あなたらしいわね』
いつもの調子に戻った声に、俺は少しだけ安心した。
だが、ヴェルティアはすぐに真剣な声になった。
『蓮。第三の鍵を完全に認証してはいけない』
「どうして?」
『まだ、代償が分かっていないからよ』
「でも、このままじゃ島が沈む!」
『島を救う方法は、鍵を使うことだけではないはずよ。八百年前のレンも、最後まで別の方法を探していた』
「別の方法……?」
『お願い。記録を最後まで調べて。彼が何を守ろうとしたのか、確かめてほしい』
「分かった。約束する」
通信が切れた。
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴッ!!
床が大きく揺れた。
【島の安定率:2%】
【境界制御装置:停止まで残り30秒】
「30秒!?」
カイが叫んだ。
「蓮! ここにいたら全員沈むぞ!」
俺は銀色の箱を見つめた。
中には、透明な結晶が浮かんでいる。
これを使えば、島を救えるかもしれない。
だが、代償は分からない。
俺は歯を食いしばった。
「……くそっ。何か、何か手がかりはないのか!」
その時。
リナの地図が光った。
「蓮さん! ここを見てください!」
地図には、部屋の壁の裏側に、細い通路が描かれていた。
「隠し通路……?」
「はい! でも、出口が表示されません!」
モモが飛び回る。
「こっちから風が来てるよ!」
狼王が鼻を鳴らした。
「確かに、海風が流れている」
「つまり、外につながっている可能性がある!」
俺はスマートフォンを操作した。
【隠し経路を検知】
【脱出経路:未確認】
【成功率:31%】
「成功率31%か……」
「ここに残るよりはましだ!」
カイが叫ぶ。
セレナも頷いた。
「蓮様。今は生きて帰ることを優先しましょう」
俺は銀色の箱を見つめた。
第三の鍵を持ち帰ることができれば、いつか真実にたどり着けるかもしれない。
俺は結晶を箱から取り出した。
その瞬間、スマートフォンが警告を発した。
【第三の鍵:仮認証】
【所有者:佐伯蓮】
【注意:認証の進行に伴い、境界への干渉が増大します】
「分かってる。今は使わない」
俺は結晶を収納した。
「みんな、走るぞ!」
俺たちは隠し通路へ飛び込んだ。
背後で、古代遺跡が崩れていく。
◇
通路の先には、古い石の階段が続いていた。
上へ。
上へ。
息を切らしながら駆け上がる。
「まだ出口はないのか!?」
「もう少しです!」
リナが地図を見ながら叫んだ。
その時、背後から黒い霧が迫ってきた。
『第三の鍵を返せ』
あの声だ。
『お前に扱えるものではない』
「うるさい!」
俺は振り返った。
スマートフォンに新しい表示が現れている。
【新能力候補:接続遮断】
【発動条件:接続点の認識】
俺は黒い霧を見た。
その中心に、銀色の線が伸びている。
「あれが接続点か!」
境界追跡を起動する。
線がはっきりと見えた。
だが、切断すれば制御装置まで停止する可能性がある。
ヴェルティアの言葉が頭をよぎった。
――鍵を使うことだけが、島を救う方法ではない。
俺は黒い霧につながる線を見極めた。
制御装置につながる線ではない。
霧をこの場所へ送り込んでいる、外部からの接続だ。
「これなら……!」
俺はスマートフォンを操作した。
【接続遮断】
【対象:外部侵入経路】
【実行しますか?】
「実行!」
白い光が走った。
バチィィィン!!
黒い霧が大きく震えた。
『なに……!?』
霧が、急速に薄くなっていく。
【外部侵入経路:遮断】
【島の安定率:2%→8%】
「上がった!?」
ミリアが驚いた。
「制御装置を止めずに、黒い霧だけを切ったんですか!?」
「ああ! たぶん、これが正解だったんだ!」
だが、安心したのも束の間。
スマートフォンが再び鳴った。
【警告:外部接続元が切断を認識】
【接続元から新たな反応】
「……まだ何かあるのか?」
通路の先に、出口の光が見えた。
俺たちは最後の力を振り絞って走った。
そして――
海岸へ飛び出した。
船は、すぐ近くに停泊している。
「全員、乗れ!」
カイが叫ぶ。
俺たちは船へ駆け込み、船員たちが急いで錨を上げた。
島の塔が、再び大きく揺れた。
だが、今度は完全には崩れなかった。
黒い霧が薄れ、島を覆っていた光が落ち着いていく。
スマートフォンに表示された数字が、ゆっくりと上昇した。
【島の安定率:8%→17%】
「……助かったのか?」
俺は息を吐いた。
完全に救えたわけではない。
それでも、崩壊は止まり始めていた。
カイが俺の肩を叩いた。
「やったな、蓮!」
「みんなのおかげだよ」
俺は手の中の結晶を見つめた。
第三の鍵。
八百年前の佐伯レンが守ろうとしたもの。
そして、ヴェルティアが長い間、託されてきたもの。
まだ、謎は多い。
だが、確かなことが一つある。
この鍵は、ただ扉を開くためのものではない。
世界をどうつなぐか、その選択に関わるものなのだ。
その時。
スマートフォンに新しい通知が現れた。
【古代記録:追加データを検知】
【次の目的地:北方山岳地帯】
【記録反応:強】
【注意:現地にて境界の異常を確認】
「北方山岳地帯……」
俺は地図を見つめた。
以前、佐伯家の人間が消息を絶った場所。
そこに、八百年前の佐伯レンにつながる記録があるのかもしれない。
セレナが俺の腕に抱きついた。
「もちろん、私も同行します。未来の妻として♡」
「だから妻じゃないって!」
「では、未来の未来の妻で」
「何も解決してない!」
ミリアが笑い、リナも微笑んだ。
モモは俺の肩に止まった。
「帰ったらプリン!」
「分かった、分かった!」
いつものやり取りに、ようやく少しだけ心が軽くなった。
俺は海の向こうを見つめた。
八百年前の佐伯レン。
彼は、何を守り、なぜ姿を消したのか。
そして、第三の鍵が本当に必要としているものは何なのか。
「……全部、確かめてやる」
その決意に応えるように、手の中の結晶が一度だけ光った。
そして、スマートフォンに新たな文字が浮かび上がった。
【第三の鍵:完全認証まで残り3段階】
【次の記録解放条件:北方山岳地帯】
【未確認人物の反応:1】
俺は画面を見つめた。
北方の山で、誰かが俺たちを待っている。
それが味方なのか、敵なのか。
まだ、分からない。
だが――
次の商売は、今までで一番危険なものになりそうだった。




