第9話 崩壊まで残りわずか!第三の鍵が目覚める!
ゴゴゴゴゴゴッ!!
地下遺跡が、激しく揺れた。
天井から石片が落ち、壁に刻まれた文字が次々と赤く染まっていく。
俺はスマートフォンを見つめた。
【境界制御装置:緊急警告】
【島の安定率:21%】
【複数の接続先が暴走中】
【制御室への到達を推奨】
「21%って……!」
「急がなければ、本当に島が沈むぞ!」
カイが叫んだ。
俺たちの目の前には、巨大な扉がそびえ立っていた。
左には陸の紋章。
右には海の紋章。
そして中央には――
見たこともない、三つ目の紋章。
まるで、二つの輪を一本の黒い線が貫いているような形だった。
「これが……第三の鍵?」
俺が近づいた瞬間。
ドクンッ!
扉が、心臓のように脈打った。
『認証者を確認』
『陸側血統――佐伯蓮』
『海側血統――カイ』
『第三の鍵――未登録』
『認証を拒否します』
「はあ!?」
思わず声が出た。
「二人そろえば大丈夫じゃなかったのかよ!」
カイも険しい顔をしている。
「俺たちの一族の記録にも、第三の鍵なんて出てこない!」
その瞬間。
扉の中央から黒い霧が噴き出した。
『ならば、代わりの鍵を使えばいい』
あの声だ。
前回、俺たちを利用した、正体不明の存在。
『お前たちの血を使えば、扉は開く』
「断る!」
俺は即答した。
『なぜだ? お前は商人だろう。世界がつながれば、取引できる相手も、商品も、無限に増える』
「……」
『日本の商品を異世界へ。異世界の鉱石を日本へ。見たこともない魔法道具を売れば、どれだけ儲かると思う?』
一瞬、頭の中に想像が浮かんだ。
日本の商品を求める異世界の人々。
新しい交易路。
未知の食材。
新しい商売の可能性。
確かに、商人としては魅力的な話だ。
だが――
「世界中の扉が勝手に開いたら、商売どころじゃないだろ」
俺は扉を睨んだ。
「必要な人に、必要な物を届ける。それが俺の商売だ。世界を壊してまで儲けるつもりはない!」
一瞬、黒い霧が揺らいだ。
『……一郎と同じか』
「一郎を知っているなら、答えろ! お前は誰だ!」
『知る必要はない』
黒い霧が膨れ上がった。
『ならば、ここで終わりだ』
◇
「蓮さん、後ろです!」
ミリアの叫び声。
振り向いた瞬間、床から黒い腕が伸びてきた。
「うわっ!」
俺は横へ飛び退いた。
黒い腕が石床を砕く。
ガシャァン!
「何だ、こいつ!」
狼王が飛びかかった。
鋭い爪が黒い腕を切り裂く。
しかし、切れた部分は煙になり、すぐに元へ戻ってしまった。
「物理攻撃が効かぬ!」
狼王が唸る。
ミリアが魔法を放った。
「炎よ、焼き払え!」
赤い炎が黒い腕を包む。
だが、炎は一瞬で吸い込まれた。
「魔法まで……!?」
リナが地図を広げる。
「だめです! この場所、地図に表示されません!」
セレナが俺の前に立った。
「蓮様、下がってください!」
「でも!」
「ここは私に任せてください!」
セレナの周囲に、竜のような青い魔力が渦巻いた。
次の瞬間。
ドォォォン!!
強烈な魔力が黒い腕を吹き飛ばす。
通路全体が震えた。
「さすがセレナ!」
「褒めていただけるのは嬉しいですが、今は逃げるのが先です!」
「そうだった!」
その時、モモが俺の肩から飛び立った。
「蓮! あそこ!」
モモが指したのは、扉の中央にある第三の紋章だった。
「黒い霧、あそこから出てるよ!」
俺は目を凝らした。
境界追跡を起動する。
すると――
見えた。
黒い腕につながる無数の線。
扉から地下へ伸びる線。
そして、その奥にある巨大な装置へ続く一本の線。
だが、もう一つ。
第三の紋章から、どこか遠くへと伸びる、細い銀色の線があった。
「……何だ、あれ?」
スマートフォンが反応した。
【接続点の可視化】
【異常接続:1件】
【接続先:不明】
【第三の鍵との関連性:高】
「この銀色の線をたどれば……」
俺は手を伸ばした。
しかし、画面が赤く点滅する。
【警告】
【接続点を切断した場合、制御装置が停止する可能性があります】
「くそっ……! 簡単には切れないか!」
カイが隣に来た。
「何が見えている?」
「第三の紋章から、どこかにつながる線がある。これが黒い霧を操っている可能性が高い」
カイは弓を構え直した。
「なら、俺が時間を稼ぐ。お前は原因を探せ!」
「一人で大丈夫なのか?」
「海の監視者を甘く見るな!」
カイは不敵に笑った。
「俺たちは、嵐の海で何代も生き延びてきた一族だ!」
カイが矢を放つ。
矢の先端から青い光が走り、黒い腕を壁へ縫い止めた。
「今だ、蓮!」
俺はスマートフォンを操作した。
【接続点解析】
【解析進行率:12%】
「遅い!」
黒い腕が、再び動き始める。
狼王が飛びかかり、セレナが魔力を叩き込む。
ミリアも魔法を重ねた。
「蓮さん、あとどれくらいですか!?」
「分からない! でも、何か手がかりがあれば……!」
その時だった。
リナの地図が、突然まばゆい光を放った。
「えっ!?」
地図の中央に、小さな文字が浮かび上がる。
『三つ目の鍵は、血ではなく記憶に宿る』
「記憶……?」
俺は、その文字を読み上げた。
すると、扉が再び脈打った。
ドクンッ!
『不正な記録を検知』
『封印記録を再生します』
壁一面に、映像が浮かび上がった。
◇
そこに映っていたのは、古い港だった。
人々が荷物を運び、商人たちが商品を交換している。
その中に、一人の男がいた。
佐伯一郎だ。
一郎は若い商人たちに囲まれ、何かを話していた。
『境界を守るということは、扉を閉じることだけではない』
『必要な時には開き、危険な時には閉じる。その判断を誤らないことだ』
一郎はそう言って、古い鍵を手に取った。
だが、次の瞬間。
映像の中の空が黒く染まった。
黒い霧が港を覆い、人々が逃げ惑う。
そして、一郎の前に、黒い外套の人物が現れた。
『一郎。最後の鍵を渡せ』
「……!」
俺は息をのんだ。
第8話で現れた、あの存在と同じ声だった。
一郎は首を振った。
『渡せない』
『なぜだ? これさえあれば、すべての境界を自由に操れる』
『だからこそ、渡せないんだ』
一郎は鍵を胸に抱いた。
『境界を操る力は、誰か一人が独占していいものではない』
黒い外套の人物が、一郎へ手を伸ばす。
だが、一郎は鍵を地面に叩きつけた。
パァァァン!
鍵が三つの光に分かれた。
青い光は海へ。
金色の光は陸へ。
そして、銀色の光は――
誰もいない場所へ飛んでいった。
映像が途切れた。
俺は呆然と立ち尽くした。
「第三の鍵は……一郎が隠したのか?」
カイが驚いた顔をした。
「待て。今の映像……一郎の記録なのか?」
「たぶん。でも、最後の銀色の光はどこへ行ったんだ?」
リナが地図を見つめた。
「地図に……新しい場所が表示されています」
彼女が指差したのは、島のさらに地下。
そこには、今まで存在しなかった部屋が描かれていた。
【記録保管室】
【第三の鍵に関する記録あり】
俺のスマートフォンが鳴った。
【新規経路を検知】
【記録保管室への通路を確認】
「そこへ行けば、第三の鍵の秘密が分かるかもしれない!」
「だが、今は島が危ない!」
カイが叫ぶ。
「記録を探す時間があるのか!?」
俺は島の安定率を確認した。
【島の安定率:12%】
「……時間がない」
黒い腕が再び迫ってくる。
通路の床が割れ、海水が勢いよく流れ込んできた。
「蓮様!」
セレナが俺の腕をつかんだ。
「このままでは、全員が危険です!」
分かっている。
だが、ここで制御装置を止めれば、島は沈む。
何もせず逃げれば、黒い霧が周辺の境界へ広がるかもしれない。
第三の鍵が必要なのに、その正体が分からない。
その時――
「蓮!」
モモが、俺の目の前に飛んできた。
「さっきの銀色の光、覚えてる?」
「もちろん!」
「私、あの光の匂いを知ってる!」
「……匂い?」
モモは大きく羽ばたいた。
「月影の羽に似てるんだ!」
「月影の羽……!?」
俺は驚いてスマートフォンを確認した。
【第三の鍵】
【月影の羽との関連性:検出】
【詳細解析:未完了】
まさか。
第三の鍵は、月影の羽と関係しているのか?
もしそうなら、あの黒い霧の存在が使っていた力ともつながる。
そして、月影の羽は、俺たちがこれまで何度も見てきた不思議な力の一つだ。
「……全部、つながっているのか」
俺が呟いた瞬間。
扉の中央に、銀色の光が灯った。
『第三の鍵の反応を確認』
『記憶保管室への接続を開始』
ゴゴゴゴゴ……!
巨大な扉が、ゆっくりと開き始めた。
その向こうに現れたのは、階段ではなかった。
真っ白な空間。
無数の光の粒。
そして、中央に浮かぶ一冊の古い本。
表紙には、こう書かれていた。
『佐伯家 封印記録』
俺は一歩、前に出た。
すると、本がひとりでに開いた。
最初のページには、たった一行だけ記されていた。
『第三の鍵を守る者は、佐伯家の血を引かない』
「……え?」
カイが目を見開いた。
ミリアが息をのむ。
セレナも、言葉を失っていた。
佐伯家の血を引かない者。
それなのに、一郎が命を懸けて守った鍵。
その正体は、一体誰なのか。
本のページが、風もないのにめくれていく。
そして最後のページで、俺たちは見覚えのある紋章を見つけた。
黒い翼。
赤い月。
その下に刻まれた名前――
『ヴェルティア』
「……ヴェルティア?」
俺の声が震えた。
なぜ、彼女の名前がここにある?
なぜ、八百年前の記録に?
そして、第三の鍵と月影の羽は、どうつながっているんだ?
答えを探そうとした、その瞬間。
スマートフォンが、今まで聞いたことのない音を鳴らした。
【重要人物との接続記録を検知】
【ヴェルティアに関する古代記録を確認】
【警告:記録へのアクセスは制限されています】
さらに、その下に新しい通知が現れた。
【通信接続:ヴェルティア】
画面が点滅する。
そして――
彼女の声が聞こえた。
『蓮……聞こえる?』
俺は思わずスマートフォンを握りしめた。
「ヴェルティア!?」
『そこにいるのね……』
いつもの余裕のある声ではなかった。
どこか、焦っている。
『お願い。第三の鍵には触れないで』
「どうして!?」
返事はなかった。
代わりに、通信の向こうから、激しい戦闘音が響いた。
そして、ヴェルティアの声が途切れる直前――
『その鍵を守っているのは……私の――』
ブツッ。
通信が切れた。
同時に、島が大きく傾いた。
【島の安定率:5%】
【境界制御装置:停止寸前】
俺は、開いた本とスマートフォンを交互に見つめた。
第三の鍵を守る者。
佐伯家の血を引かない者。
ヴェルティア。
そして、八百年前から続く境界の秘密。
「……ヴェルティアに、何があったんだ?」
答えはまだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
この島を救うためには、第三の鍵の秘密を知らなければならない。
そして、その秘密は――
俺が想像していたよりも、ずっと深く、彼女の過去につながっていた。
島が崩れ始める中、俺は決意した。
「みんな、絶対に生きて帰るぞ!」
カイが頷く。
「当然だ!」
セレナが俺の手を握りしめる。
「蓮様、最後までお供します!」
モモが叫ぶ。
「帰ったらプリン!」
「……ああ、約束する!」
その時、記録保管室の奥で、誰かが静かに笑った。
『遅かったな、佐伯蓮』
『第三の鍵は、すでに目覚めている』
そして、真っ白な空間の中央に――
もう一つの扉が現れた。
その扉には、ヴェルティアの紋章ではなく。
俺自身の顔が、刻まれていた。




