第7話海から来た男!佐伯家の弟の子孫、現る!
「おーい! 中にいるんだろ!」
遺跡の外から、男の声が響いた。
ガガガガガッ!
足元が揺れる。
壁に亀裂が走り、天井から小さな石片が落ちてきた。
スマートフォンが警告音を鳴らす。
【島の安定率:41%】
【境界制御装置:不安定】
【外部からの干渉を検知】
「急ごう!」
俺は出口へ向かって走った。
ミリアが魔法で落ちてくる石を弾き、リナは地図を握りしめながら先導する。
セレナは当然のように俺の隣を走っていた。
「蓮様、私の手を!」
「走れます!」
「遠慮しなくていいんですよ♡」
「遠慮じゃない!」
その後ろで、モモが羽をばたつかせた。
「プリン! プリンを置いてきた!」
「今はプリンどころじゃないだろ!」
「でも、島が沈んだらプリンも沈むよ!?」
「それは困るな……いや、困るけど今は違う!」
狼王が大きくため息をついた。
「お前たちは、危機感というものを知らぬのか」
◇
遺跡の入口を抜けた瞬間。
冷たい海風が顔に吹きつけた。
島の北側。
崩れかけた石段の下に、一人の男が立っていた。
年齢は二十代後半くらい。
日に焼けた肌。
短い黒髪。
濃紺の外套に、海水で濡れた革のブーツ。
背中には弓。
腰には短剣。
そして、肩から古びた鞄を下げていた。
男は俺たちを見るなり、険しい顔をした。
「お前たちが、遺跡を動かしたのか?」
「動かしたというか、勝手に反応したんです」
俺が答えると、男は眉をひそめた。
「勝手に?」
「ええ。俺たちが来たら扉が開いて、石の魔物が出てきて、島が沈み始めました」
「……最悪じゃないか」
「俺もそう思います」
男は額を押さえた。
「だから、この島には近づくなと、代々言い伝えられていたんだ……!」
その言葉に、俺は反応した。
「代々?」
男は俺の顔をじっと見つめた。
そして、俺の胸元にある佐伯家の紋章を見つけると、表情を変えた。
「その紋章……」
「知っているんですか?」
男は鞄から、小さな金属板を取り出した。
そこには、俺の紋章とよく似た模様が刻まれていた。
ただし、こちらは二つの輪のうち、海側の輪が強調されている。
「まさか、本当にいたとはな」
「何がです?」
男は深く息を吐いた。
「俺の名前は、カイ。佐伯家の弟の血を引く者だ」
「……えっ!?」
ミリアが目を見開いた。
リナの地図が青白く光る。
スマートフォンも、激しく振動した。
【血統反応:一致】
【海側境界監視者】
【佐伯家・分家系統を確認】
【対象:カイ】
「弟の……子孫?」
俺は思わず聞き返した。
カイは頷いた。
「そうだ。俺の一族は、海から境界を監視する役目を受け継いできた」
「じゃあ、佐伯一郎の弟が本当にいたんですね」
「ああ。俺たちの一族では、兄弟の名も記録に残っている。ただし、兄の一郎が商人として名を残した一方で、弟は海の監視者として生きた。二人の役目は違っていたんだ」
俺は遺跡の中で見た映像を思い出した。
陸から境界を守る兄。
海から異変を監視する弟。
その二つの役目が、八百年の時を越えて続いていた。
「それで、どうしてここに?」
俺が尋ねると、カイは海を振り返った。
「三日前、海の色が変わった」
「海の色?」
「ああ。夜になると、水平線の一部だけが赤く光るようになった。潮の流れもおかしくなり、魚が一匹も獲れなくなった」
カイは鞄から、折りたたまれた海図を取り出した。
そこには、赤い線が何本も描かれていた。
「俺たちの一族には、境界の異変を感じ取る者がいる。俺もその一人だ」
「それで、この島へ?」
「そうだ。海の監視塔に、古い警報が鳴ったんだ」
カイは海図の端を指差した。
「八百年前から、一度も鳴ったことがない警報がな」
俺は息をのんだ。
「八百年前から……?」
「境界制御装置に異変が起きたときだけ鳴る。俺は原因を調べるために船を出した」
カイは、俺たちが出てきた遺跡を見つめた。
「だが、島を見つけた途端、海が荒れ始めた。船は壊れ、俺はここまで泳いできたんだ」
「泳いで!?」
セレナが驚いた。
「この島まで、かなり距離がありますよ?」
「海の流れが勝手に俺を運んだんだ。まるで、島に呼ばれたみたいにな」
カイは俺を見る。
「そして、遺跡が光った。お前たちが来たからだろう?」
俺はすぐには答えられなかった。
確かに、俺たちが遺跡に入ってから異変が激しくなった。
しかし、スマートフォンは外部からの干渉も検知している。
俺たちが原因なのか。
それとも、俺たちが来る前から何者かが仕掛けていたのか。
まだ分からない。
◇
「まずは、島を止める方法を探さないと」
俺が言うと、カイは厳しい顔で頷いた。
「制御装置を起動する必要がある」
「それは分かっています。でも、正しい手順が分からないんです」
「……やっぱりな」
カイは鞄の中から、古い革表紙の手帳を取り出した。
表紙には、海側の佐伯家の紋章が刻まれている。
「俺の一族に伝わる記録だ。そこには、こう書かれている」
カイはページを開き、読み上げた。
「『陸の鍵だけでは扉は開かない。海の鍵だけでも扉は閉じない。二つの血筋がそろったとき、境界は本来の姿を取り戻す』」
俺はスマートフォンを確認した。
【境界鍵:認証条件を更新】
【陸側血統:確認済み】
【海側血統:確認済み】
【共同認証が可能です】
「二つの血筋……」
ミリアが呟く。
「蓮さんとカイさんが協力すれば、制御装置を動かせるということですね」
「ただし、気をつけろ」
カイの声が低くなった。
「制御装置は、単に島を浮かせているだけじゃない。島の地下にある境界の流れを調整しているんだ」
「境界の流れ?」
「世界と世界の間を通る魔力の流れだ。そこが乱れると、島だけじゃなく、周辺の海にある境界まで不安定になる」
カイは海の向こうを見つめた。
「最悪の場合、別々の世界が勝手につながる。向こうから何が来るかも分からない」
その言葉と同時に、海面が大きく盛り上がった。
ザバァァァン!
黒い霧が海から噴き上がる。
霧の中に、巨大な影が浮かび上がった。
「また来たのか……!」
カイが弓を構える。
狼王が唸り、ミリアも魔法を準備した。
スマートフォンが警告を表示する。
【境界異常体を確認】
【接続点:島の地下】
【外部干渉:継続中】
「島の地下だって!?」
俺が叫ぶ。
カイは歯を食いしばった。
「やはり、制御装置が誰かに干渉されている!」
黒い影が海面から腕のようなものを伸ばした。
その先には、赤く光る結晶が埋め込まれている。
「蓮さん! あの赤い部分です!」
ミリアが叫んだ。
俺は境界追跡を起動した。
黒い影と島の地下をつなぐ、一本の線が見える。
「接続点を切れば……!」
だが、その瞬間。
スマートフォンに新しい警告が表示された。
【注意】
【接続点を切断すると、島の安定率が急落する可能性があります】
「くそっ……!」
切れば敵の動きを止められるかもしれない。
しかし、島そのものが沈む危険がある。
「カイ! 制御装置を安定させる方法は!?」
「地下の制御室に行くしかない!」
「そこまでの道は!?」
「遺跡の中央から下りられる。ただし、今は封印が解除されているはずだ!」
「危険なんですね?」
「当然だ!」
カイは俺を睨んだ。
「だから言っただろう。この島には近づくなと!」
「でも、もう来ちゃいましたから!」
「開き直るな!」
「商人は、仕入れた商品を置いて帰れないんですよ!」
「今は商品じゃなくて島の話だ!」
「分かってます!」
セレナが俺の腕をぎゅっとつかんだ。
「蓮様、私も一緒に行きます」
「もちろん、みんなで行く」
俺は仲間たちを見渡した。
「この島を救わないと、周りの海も危なくなる。俺たちが原因かもしれないなら、なおさら放っておけない」
カイはしばらく俺を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……一郎の子孫らしいことを言うな」
「一郎を知っているんですか?」
「直接会ったわけじゃない。だが、俺たちの一族には、あの人の記録が残っている」
カイは手帳を閉じた。
「困っている相手を見捨てない。それが、陸の佐伯家のやり方だったらしい」
俺は少し笑った。
「なら、海の佐伯家は?」
カイは弓を背負い直した。
「危険を感じたら、まず調べる。勝てない相手には正面から突っ込まない。そして――」
「そして?」
「生きて帰る」
「……商売の心得とは違いますね」
「海では、生きて帰らなければ商売もできないんだ」
なるほど。
それは確かに正しい。
◇
その時、海の向こうで鐘の音が響いた。
ゴォォォン……。
カイの顔から血の気が引いた。
「そんな……!」
「どうしたんです?」
カイは海図を広げた。
赤い線が、先ほどよりも増えている。
「監視塔の警報だ。しかも、これは島だけの異変じゃない」
「どういうことですか?」
カイは震える指で海図を指した。
「境界の異変が、海の向こうへ広がっている」
スマートフォンが新たな情報を表示した。
【境界異常:拡大中】
【未登録接続地点:複数】
【原因:不明】
【警告:外部干渉を検知】
俺は黒い霧を見つめた。
さっきの声。
『境界をすべて開けばいい』
あれは、単なる脅しではなかったのかもしれない。
誰かが本当に、世界中の境界を開こうとしている。
そして、そのためにこの島の制御装置を利用している。
「カイ」
「何だ?」
「この島の地下に行けば、誰が干渉しているのか分かるかもしれない」
カイは黙って頷いた。
「分かるかもしれない。だが、戻れなくなる可能性もある」
「……」
「制御室に入れば、境界の流れに巻き込まれる危険がある。俺の一族でも、そこへ入った者はほとんどいない」
セレナが不安そうに俺を見た。
ミリアもリナも、黙っていた。
危険なのは分かっている。
それでも、ここで引き返せば、異変の原因を突き止められない。
俺はスマートフォンを握りしめた。
【共同認証:準備完了】
【制御室への経路:未確認】
【推奨:海側監視者と協力してください】
俺はカイに手を差し出した。
「一緒に行きましょう」
カイは、その手をしばらく見つめた。
そして、力強く握り返した。
「分かった。だが、一つ約束しろ」
「何です?」
「俺の指示を聞け。海の中では、俺の方が詳しい」
「分かりました」
「それと、勝手に扉を開けるな」
「……善処します」
「そこは約束しろ!」
セレナが笑顔で口を挟んだ。
「蓮様は、扉を見ると開けたくなる方なんです♡」
「そんな性格じゃない!」
「先ほども扉を開けていましたよね?」
「勝手に開いたんです!」
狼王が呆れた声を出した。
「もうよい。行くぞ」
こうして俺たちは、新たな仲間――海側の佐伯家の子孫、カイと行動を共にすることになった。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
カイが持ってきた手帳の最後のページに、こんな一文が残されていたことを。
『もし陸の鍵を持つ者が島に現れたなら、決して一人で制御室へ行かせてはならない』
そして、その下には――
別の筆跡で、こう書かれていた。
『なぜなら、制御室には、佐伯家の血を持つ者にしか開けられない扉がある』
その扉の向こうで。
黒い霧の中の何者かが、静かに笑っていた。
「ようやく、二つの鍵がそろった」
島の地下で、巨大な扉がゆっくりと動き始めた。




