第8話 陸と海、二つの血筋!封印された地下制御室
「こっちだ! 急げ!」
カイが崩れかけた石段を駆け下りていく。
俺たちも、その後を追った。
島はまだ揺れていた。
ゴゴゴゴゴ……!
遠くで岩が崩れる音が響く。
海面からは黒い霧が立ち上り、島の周囲を覆い始めていた。
スマートフォンが警告音を鳴らす。
【境界異常:拡大中】
【島の安定率:34%】
【制御装置の停止まで、残り時間不明】
「安定率が下がってる!」
「急ぐしかない!」
カイが振り返らずに叫んだ。
「地下制御室に入れれば、原因を調べられる。だが、そこには古い封印がある!」
「封印って、魔物でもいるんですか?」
「魔物なら、まだ分かりやすい!」
「それは嫌な答えだな!」
セレナが俺の腕をつかんだ。
「蓮様、危険です。私の後ろにいてください」
「いや、俺が先頭に……」
「未来の夫を危険にさらすわけにはいきません♡」
「だから夫じゃない!」
ミリアが呆れた顔をした。
「こんな時まで……」
その時、モモが俺の肩に止まった。
「ねえ、蓮!」
「今度は何だ?」
「この島、なんだかお腹が空いてるみたい!」
「島が!?」
「うん! 何かを食べたがってる感じ!」
「島に口はないだろ!」
「でも、プリンを食べたい時の感じに似てる!」
「お前の感覚、全部プリン基準なのかよ!」
狼王が低く唸った。
「冗談を言っている場合ではないぞ。何かが近づいている」
俺たちは一斉に足を止めた。
階段の奥。
暗闇の中から、金属が擦れるような音が聞こえてきた。
ギィ……ギギギ……。
カイが弓を構える。
「来るぞ!」
◇
暗闇から現れたのは、巨大な石の門だった。
いや、門そのものが動いていた。
二本の石柱が、足のように床を踏みしめる。
中央には赤い結晶。
その表面には、佐伯家の紋章が刻まれていた。
スマートフォンが反応する。
【古代防衛装置】
【侵入者判定を開始】
【陸側血統:確認済み】
【海側血統:確認済み】
【共同認証を要求】
「共同認証?」
俺が呟くと、カイが頷いた。
「俺たち二人で認証しろということだ」
「どうすれば?」
「紋章に触れるんだ。だが、何が起こるかは分からない」
「分からないのに触るんですか?」
「触らなければ先に進めない!」
「……そうですよね!」
俺は石柱の左側へ。
カイは右側へ向かった。
二人で同時に手を伸ばす。
紋章に触れた瞬間――
パァァァン!
青と緑、二つの光が走った。
石門の中央に、巨大な文字が浮かび上がる。
【陸の鍵】
【海の鍵】
【二つの血筋を確認】
【封印解除】
「よし……!」
カイが安堵した、その直後だった。
石門の赤い結晶が、突然黒く染まった。
『認証を確認しました』
機械のような声が響く。
『制御室への入室を許可します』
「……何だ?」
俺はスマートフォンを見た。
【警告】
【認証信号に異常を検知】
【第三者による介入の可能性】
「カイ、待ってくれ!」
だが、遅かった。
石門が左右に開き、奥から黒い霧が噴き出した。
その向こうには、地下へ続く長い通路が広がっていた。
そして、通路の壁には無数の扉が並んでいた。
日本の古い木製の扉。
石造りの扉。
鉄の扉。
見たこともない金属で作られた扉。
どれも、微かに光を放っている。
俺は息をのんだ。
「これ……全部、異世界につながっているのか?」
ミリアが慎重に周囲を見渡した。
「おそらく。しかも、かなりの数です」
リナの地図が激しく震えた。
「地図が……描ききれません!」
その瞬間、スマートフォンに新しい表示が出た。
【未登録接続先:37】
【接続状態:不安定】
【複数の境界が同時に開放される危険性】
俺は表情を引き締めた。
「もし全部の扉が開いたら……」
「二つの世界だけの問題ではなくなる」
カイが答えた。
「俺たちの一族は、これを防ぐために海を監視してきたんだ」
◇
通路を進むと、壁に古い文字が刻まれていた。
カイが手帳を取り出す。
「これは、俺の一族に伝わる記録と同じだ」
「読めるのか?」
「一部ならな」
カイはゆっくりと読み上げた。
「『海は境界の変化を伝える。潮の乱れは扉の乱れ。赤き光は封印の弱まりを示す』」
俺は海岸で見た赤い光を思い出した。
「だから、三日前に異変を感じたのか」
「ああ。海の監視者は、代々その変化を見てきた。俺の祖先も、そのまた祖先もな」
カイは壁に刻まれた紋章を指差した。
そこには、一郎の紋章とよく似たものが描かれていた。
ただし、陸側の輪の隣に、波を表す模様が刻まれている。
「兄の一郎が商人として境界を守る仕組みを整えるよりも前から、俺たちの祖先は海を見張っていたんだ」
「つまり、弟だけが海を守っていたわけじゃない」
「ああ。弟も、海を守ってきた一族の一人だった。兄弟は、それぞれの家に伝わる役目を引き継いだんだ」
俺は頷いた。
これで、佐伯家の歴史が少しずつ見えてきた。
八百年前から続く境界の管理。
陸から人々を助けた商人たち。
海から異変を監視した一族。
そして、その両方を結びつける島。
「……俺たちが、ここに来たのは偶然じゃないのかもしれないな」
「どういう意味だ?」
カイが尋ねる。
「俺のスマートフォンは、この島を接続候補として表示した。カイも異変を感じてここへ来た。まるで、誰かが俺たちを集めたみたいだ」
カイの表情が険しくなった。
「俺も同じことを考えていた」
「やっぱりか」
「だが、俺たちを呼んだのが島なのか、それとも別の何者かなのか……そこまでは分からない」
その時。
通路の奥から、低い声が響いた。
『正解だ』
俺たちは一斉に振り返った。
誰もいない。
しかし、声は続いた。
『陸の鍵と、海の鍵。ようやく二つがそろった』
セレナが俺の前に立つ。
「姿を見せなさい!」
『急ぐ必要はない。お前たちは、もうここまで来たのだから』
「誰だ!」
俺が叫ぶ。
返事の代わりに、通路の奥の扉が一つだけ開いた。
その向こうに、人影が立っていた。
黒い外套。
顔は見えない。
だが、胸元には見覚えのある紋章があった。
佐伯家の紋章。
「……佐伯家の人間なのか?」
俺が呟いた瞬間、人影が笑った。
『そうだ。私は、お前たちよりもずっと長く、この境界を見てきた』
カイが弓を引き絞る。
「嘘をつくな! 俺たちの記録に、お前のような者はいない!」
『記録に残らなかっただけだ』
人影はゆっくりと手を上げた。
すると、並んでいた扉が一斉に震え始めた。
ガガガガガ……!
スマートフォンが警告を発する。
【第三者の介入を確認】
【複数の接続先が起動】
【境界異常:危険】
「まずい!」
ミリアが魔法を放つ。
だが、光は人影の手前で消えてしまった。
狼王が飛びかかろうとする。
その瞬間、床から黒い鎖が伸び、狼王の足に絡みついた。
「グルルルッ!」
「狼王!」
俺は境界追跡を起動した。
見えた。
人影から、通路の奥にある巨大な装置へと伸びる黒い線。
そして、その線は――
俺たちの足元にもつながっていた。
「まさか……俺たちの認証を利用したのか!」
『その通りだ』
人影が答えた。
『二つの血筋がそろわなければ、制御装置の封印は解除できなかった』
カイが叫ぶ。
「俺たちを利用したのか!」
『必要なことだった』
「ふざけるな!」
カイが矢を放った。
だが、矢は人影に届く前に砕け散った。
人影は、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
『さあ、最後の鍵を渡してもらおう』
俺はスマートフォンを握りしめた。
【新機能候補:接続遮断】
【条件:第三者の接続経路を特定】
「……渡すものか」
俺は人影を睨みつけた。
「俺は商人だ。相手が誰であろうと、条件も分からない取引はしない」
人影が、初めて足を止めた。
『一郎と同じことを言うのだな』
「一郎を知っているのか?」
『もちろんだ』
人影は笑った。
『あの男は、最後まで私の取引を断った』
俺の背筋が冷たくなった。
一郎と、この人物は過去に接触していた。
しかも、取引を持ちかけていたということは――
この存在は、ただ境界を壊そうとしているだけではない。
何かを得るために、境界を利用しようとしているのだ。
『次に会う時は、もっと大きな取引をしよう』
人影の姿が黒い霧に包まれる。
『それまでに、考えておけ。世界をつなぐか、それとも、すべてを失うか』
霧が消えた。
同時に、黒い鎖がほどけ、狼王が立ち上がる。
だが、扉の振動は止まらなかった。
スマートフォンが新たな表示を出す。
【境界制御装置:緊急停止まで残りわずか】
【接続遮断:解析中】
【制御室への到達が必要です】
俺はカイを見た。
「行こう。あいつの正体を調べるのは、島を救ってからだ」
カイは頷いた。
「同感だ」
セレナが俺の手を握る。
「蓮様、必ず一緒に帰りましょう」
「もちろんです」
モモが小さく羽ばたいた。
「帰ったらプリン!」
「……ああ、プリンもな」
俺たちは、通路の最奥にある巨大な扉へ向かって走り出した。
その扉には、二つの紋章が刻まれていた。
陸の鍵。
海の鍵。
そして、その中央には――
三つ目の、見たこともない紋章があった。
スマートフォンが静かに表示する。
【最終認証を確認】
【第三の鍵:未登録】
【所有者:不明】
俺は足を止めた。
二つの血筋だけでは、まだ足りない。
この島には、もう一つの秘密が隠されている。
そして、その鍵を持つ者は――
八百年の記録の中にも、名前が残されていなかった。




