第6話最初の商人・佐伯一郎!八百年前から続く一族の秘密
古代遺跡の中央。
俺のスマートフォンが、見たこともない光を放っていた。
【境界鍵:認証中】
【佐伯家の血統を確認】
【古代記録との接続を開始します】
「……何が始まるんだ?」
俺が呟いた瞬間。
遺跡の壁一面に、青白い光が走った。
そして――
目の前に、一人の男が現れた。
黒髪。
質素な服。
腰には革袋。
手には、見慣れない道具。
その男は、俺たちを見回してから口を開いた。
『ここまで来たのか。佐伯の子孫よ』
「あなたは……誰ですか?」
男は静かに微笑んだ。
『私の名は、佐伯一郎』
「……一郎!?」
ミリアが息をのんだ。
「佐伯家の記録にあった人物……!」
俺は慌ててスマートフォンを確認した。
【人物記録:佐伯一郎】
【佐伯家の歴史における重要人物】
【境界管理記録:複数あり】
【称号:最初の商人】
「やっぱり……」
俺は映像の男を見つめた。
「でも、あなたが最初に境界を発見したんじゃないんですよね?」
一郎は少し驚いた顔をした。
『よく気づいたな』
「え?」
『境界そのものを発見したのは、私ではない』
一郎は壁に手をかざした。
すると、遺跡の壁に新たな映像が浮かび上がった。
◇
そこに映っていたのは、八百年前の世界だった。
荒れた大地。
飢えに苦しむ人々。
そして、空間に走る奇妙な亀裂。
亀裂の向こうには、見知らぬ世界が広がっていた。
『八百年前、私たちの先祖は、世界と世界をつなぐ境界を発見した』
一郎の声が響く。
『最初は、ただの異変だった。人が消え、物が現れ、夜空に見たことのない星が浮かんだ』
「それが……境界の始まり?」
『そうだ。しかし、境界を見つけたからといって、誰もが向こう側へ行けたわけではない』
映像の中で、何人もの人々が亀裂に近づいていた。
だが、亀裂は不安定だった。
近づいた者が弾き飛ばされる。
物資が消える。
時には、黒い霧があふれ出す。
『人々は恐れた。そして、境界を封じようとした』
「それなら、どうして商売が始まったんです?」
俺の問いに、一郎は答えた。
『ある日、境界の向こうから、一人の旅人が現れた』
映像が切り替わる。
旅人は、傷ついた人々に水と食料を渡していた。
見返りは求めなかった。
その姿を見て、一人の少年が尋ねた。
『どうして、そんなことをするのですか?』
旅人は笑った。
『困っている人がいる。それだけで十分だろう』
俺は思わず息を止めた。
『その旅人が、最初に境界を通じて人々を助けた者だった』
一郎は続けた。
『だが、その旅人の名前も、どこから来たのかも、記録には残っていない』
「つまり……」
「境界を最初に発見した人と、最初に商売を始めた人は別なんですね」
ミリアが頷いた。
『その通りだ』
一郎は微笑んだ。
『そして私は、その旅人の行いに心を動かされた一人だった』
◇
映像の中で、若い一郎が初めて境界をくぐっていた。
手に持っていたのは、わずかな米。
向こう側にいた人々は、食料が不足して苦しんでいた。
一郎は米を渡した。
すると、一人の老人が、小さなパンを差し出した。
『これは、私たちの世界の食べ物だ。受け取ってくれ』
一郎は驚いた。
『私が渡した米に比べれば、こんなもの……』
老人は首を振った。
『価値を決めるのは、値段だけではない』
その言葉に、一郎は黙り込んだ。
やがて、二人は笑い合った。
米とパン。
それだけの交換だった。
しかし、その小さな取引が、後の佐伯家の商売の原点になった。
「……なるほど」
俺は呟いた。
「最初から大儲けを目指していたわけじゃないんだ」
ガルドがここにいたら、何と言っただろう。
たぶん、「利益も大事だが、信用はもっと大事だ」と言うに違いない。
一郎の映像が、こちらを向いた。
『商売とは、相手が本当に必要としているものを知ることだ』
『そして、自分も相手も無理をしないこと』
『欲をかき、必要以上に奪おうとすれば、境界は必ず歪む』
俺は静かに頷いた。
父さんから聞いた言葉と同じだった。
佐伯家が代々守ってきたもの。
それは、商品でも金でもない。
商売のやり方そのものだった。
◇
「でも……」
俺は気になっていたことを尋ねた。
「一郎さんは、どうして初代当主と呼ばれているんですか?」
一郎は、少しだけ表情を曇らせた。
『境界を通じた取引が増えるにつれて、問題も増えた』
映像の中では、商人たちが大量の鉱石や宝石を運び出していた。
必要な量をはるかに超える物資。
無理な取引。
奪い合い。
そして――
黒い霧。
『境界が不安定になり、二つの世界に亀裂が生じ始めた』
「それを止めたのが……一郎さん?」
『私一人の力ではない』
一郎は首を振った。
『私には弟がいた』
壁に、新たな人物が映し出される。
一郎によく似た男だった。
ただし、こちらは海辺に立っていた。
『兄は陸から境界を守る方法を探した。私は海から異変を監視した』
弟の声が、遺跡に響いた。
『陸だけでは、境界の変化をすべて把握できない。海だけでも同じだ。だから私たちは役目を分けた』
「それが……佐伯家の二つの役目」
ミリアが呟いた。
一郎が頷く。
『私は各地の商人と協力し、取引の規則を定めた。弟は海の向こうにある境界を監視する一族を築いた』
『そして、私たちの子孫が、その役目を受け継ぐことになった』
「だから一郎さんが、佐伯家の初代当主なんですね」
『そうだ。最初に境界を見つけたからではない』
一郎は、はっきりと言った。
『境界を守るための商売の仕組みを作り、佐伯家の役目を定めたからだ』
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
これまで、佐伯家の名前はただの家名だと思っていた。
だが違った。
何世代にもわたって、誰かが境界を見守り、誰かが取引を続けてきた。
その積み重ねが、今の俺につながっている。
◇
その時だった。
ガガガガガッ!
遺跡全体が激しく揺れた。
「きゃっ!」
セレナが俺の腕をつかむ。
「蓮様、危険です!」
狼王が低く唸った。
リナの地図が、真っ黒に染まり始める。
「そんな……! 島の外側から、何かが近づいています!」
スマートフォンが警告音を鳴らした。
【警告】
【境界制御装置の不安定化】
【外部からの干渉を検知】
【島の沈降まで――残り不明】
「島が沈むってことか!?」
俺は一郎の映像を振り返った。
「どうすれば止められるんですか!?」
一郎は真剣な顔になった。
『中央制御装置を起動すれば、島の安定を取り戻せる可能性がある』
「なら、すぐに起動を!」
『待て』
一郎の声が強く響いた。
『制御装置を起動すれば、境界の向こう側にも影響が及ぶ。正しい手順を知らずに動かせば、二つの世界をつなぐ扉が一斉に開く恐れがある』
俺は動きを止めた。
「一斉に……?」
『世界中の境界がつながれば、何が起きるか分からない』
黒い霧が壁の隙間から染み出してきた。
ミリアが魔法で押し返す。
「蓮さん! 長くは持ちません!」
その時、遺跡の奥から声が響いた。
『そうだ。開けろ』
誰の声だ?
一郎の映像とは違う。
『境界をすべて開けばいい。商人なら、世界をつなぐことの価値が分かるはずだ』
「……誰だ、お前は!」
『お前の一族が隠してきた真実を知りたいのだろう?』
黒い霧の中に、人影が浮かんだ。
『ならば、制御装置を起動しろ』
セレナが俺の前に立つ。
「蓮様、その声に従ってはいけません!」
狼王も牙をむいた。
「罠だ。匂いが違う」
俺はスマートフォンを見た。
【境界鍵:使用可能】
【制御装置との接続を確認】
【起動しますか?】
画面には、二つの選択肢が表示されていた。
【YES】
【NO】
俺は、すぐには押さなかった。
商人として、商品を売る前には相手の必要を考える。
契約を結ぶ前には条件を確かめる。
そして今は――
世界をつなぐ前に、何が起きるのかを知らなければならない。
「俺は、誰かの命令で扉を開くつもりはない」
黒い霧の人影が笑った。
『ならば、島と一緒に沈むがいい』
床が大きく傾いた。
「蓮さん!」
リナが叫ぶ。
俺はスマートフォンを握りしめた。
「一郎さん! 制御装置の正しい起動方法を教えてください!」
一郎の映像が、一瞬だけ揺らいだ。
『……すまない』
「え?」
『その方法は、私の記録には残せなかった』
一郎は苦しそうに目を伏せた。
『正しい起動方法を知っていたのは、海を守る弟の一族だけだ』
俺は息をのんだ。
「じゃあ、弟の子孫がどこかに……?」
『いるはずだ。だが、最後に連絡が取れたのは、数十年前のことだった』
「数十年前……?」
その時。
俺のスマートフォンが、突然新しい通知を表示した。
【海側の境界監視者を検知】
【血統反応:一致】
【現在地:島の外周部】
俺は顔を上げた。
「外周部……?」
リナが地図を広げる。
すると、島の北側に、小さな光点が現れた。
「誰かいます!」
セレナが驚く。
「こんな島に、私たち以外の人が?」
その直後、遺跡の外から声が響いた。
「おーい! 中にいるのか!」
若い男の声だった。
「扉を開けろ! 島が沈むぞ!」
俺は一郎の映像を見た。
一郎は、驚いたように目を見開いていた。
『まさか……』
「知っている人なんですか?」
『いや……』
一郎は静かに呟いた。
『あの声は、私の弟によく似ている』
俺たちは顔を見合わせた。
八百年前から続く佐伯家。
最初の商人、佐伯一郎。
そして、海から境界を守ってきた弟の一族。
その子孫が、今、この島にいる。
だが――
その人物は、本当に俺たちの味方なのだろうか。
スマートフォンが最後の警告を鳴らした。
【島の安定率:41%】
【境界制御装置:起動待機中】
【海側監視者との接触が必要です】
俺は扉へ向かって走り出した。
「みんな、行こう!」
セレナが俺の後を追う。
「もちろんです、蓮様! 未来の妻として!」
「今それを言ってる場合じゃない!」
「非常時だからこそです♡」
「どんな理屈だよ!」
狼王が呆れたように唸った。
「……まったく、騒がしい一行だ」
崩れ始めた遺跡の中を、俺たちは走った。
扉の向こうにいる、海側の監視者。
その人物が握る、境界を安定させる方法。
そして、黒い霧の中で俺たちを見つめる謎の存在。
八百年の秘密は、まだ終わっていなかった。
むしろ――
本当の謎は、ここから始まるのだった。




