第41話 バルト、奪われた信用を取り戻す!
「ヴェルティアさん。先に片づけたい問題があります」
黒薔薇商会の屋敷で、俺はスマートフォンをしまった。
「バルトのことです」
ヴェルティアが頷く。
「信用値を不正に下げられた件ですわね」
「はい。あいつ自身にも契約違反はありました。でも、やっていないことまで押しつけられています」
俺はバルトの顔を思い浮かべた。
村人を救うために物資を回し、その結果、契約を破ってしまった男。
彼は自分の責任から逃げず、信用を取り戻そうと努力してきた。
だからこそ、ここで終わらせたくなかった。
「商業連盟へ行きましょう。今度こそ、白黒つけます」
「分かりましたわ」
ヴェルティアは微笑んだ。
「蓮様がそうおっしゃるなら、お手伝いいたします」
「ありがとうございます」
「その代わり、今夜は私とお茶を飲んでくださいませ」
「……それ、今ここで決める必要あります?」
「ありますわ♡」
「商談に恋愛条件を混ぜないでください!」
◇
商業連盟の会議室。
バルト、ガルド、俺、そしてヴェルティアが集まった。
向かい側には、議長と調査担当者たちが座っている。
「それでは、バルト氏の信用記録について、再審査を始めます」
議長が告げた。
最初に説明したのは、ガルドだった。
「こちらが、実際の契約書と納品記録です」
ガルドは二つの書類を並べた。
「バルトは、緊急事態に対応するため、一部の物資を予定とは違う場所へ届けました」
議長がバルトを見る。
「契約違反は認めるのだな?」
「はい」
バルトは迷わず答えた。
「相手に十分な連絡をせず、契約どおりに納品できなかった。それは私の責任です」
会議室が静かになった。
バルトは続けた。
「被害を受けた相手への補償も、最後まで行います」
俺は小さく頷いた。
バルトは、自分の責任を認めている。
問題は、その先だ。
「しかし、私が行っていない取引まで、違反として記録されています」
バルトは議長をまっすぐ見た。
「そこは、きちんと調べていただきたい」
◇
「では、こちらの記録をご覧ください」
ガルドが別の書類を広げた。
「実際の契約書と、信用値の計算に使われた記録が一致していません」
「どういうことだ?」
議長が身を乗り出した。
「存在しない違反が追加されているのです」
俺もスマートフォンを取り出した。
「こちらは、回収した装置から読み取った記録です」
画面には、信用値が変更された日時と、その後に行われた権利の売却記録が表示されていた。
「信用値を不正に下げたあと、商人たちの権利を安く買い取っていたんです」
議長の表情が変わった。
「これは、バルト氏だけの問題ではないということか……」
「はい。ほかにも被害を受けた商人がいるはずです」
そのとき、会議室の扉が開いた。
入ってきたのは、ハーゲンだった。
彼は分厚い書類を抱えている。
「私からも、証言させてください」
◇
ハーゲンは、緊張した面持ちで話し始めた。
「私は以前、商業連盟で記録を管理していました。信用値の記録を変更するよう、指示を受けたことがあります」
議長が尋ねた。
「誰からの指示だ?」
「エドガーです」
会議室がざわついた。
ハーゲンは、持ってきた書類を机に置いた。
「これが、変更前の原本です。こちらが変更後の記録です」
ガルドが二つを照合する。
「……一致しました」
「本当か?」
議長が確認する。
「はい。バルトの記録だけではありません。複数の商人について、不正な変更が行われています」
ヴェルティアも資料を差し出した。
「私の商会でも、同じ取引番号が見つかっていますわ。ただし、記録に名前があるだけで、関与したと決めつけることはできません。原本をもとに、一件ずつ調査すべきです」
議長は深く頷いた。
「分かりました。本人の契約違反と、第三者による不正操作を分けて判断します」
俺は、ようやく肩の力を抜いた。
これで、バルトが全部の責任を背負わされることはなくなるはずだ。
◇
しばらくして、議長が審査結果を発表した。
「第一に、バルト氏が一部の契約に違反した事実は認められます」
バルトは黙って聞いていた。
「そのため、被害を受けた相手への返済と補償は、引き続き行っていただきます」
「承知しています」
バルトは答えた。
「第二に、信用値の計算に不正な記録が含まれていたことを確認しました」
議長は書類を見下ろした。
「該当する記録は訂正し、不正な記録を根拠に移された商人の権利についても、再審査を行います」
俺は思わず拳を握った。
そして、最後の発表があった。
「バルト氏を、すべての不正の責任者として扱うことはしません。信用値も、不正記録を除外したうえで再計算します」
バルトは、しばらく何も言わなかった。
やがて、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その声は、少し震えていた。
◇
会議が終わり、俺たちは建物の外へ出た。
バルトは、しばらく港を眺めていた。
「これで、全部終わったわけじゃない」
「ああ。補償もあるし、ほかの被害者の調査も残っている」
俺が答えると、バルトは頷いた。
「それでも、やっと前に進める」
そのとき、一人の商人が近づいてきた。
「バルトさん。再審査の結果を聞きました」
「そうか」
「うちで、小さな取引をお願いできませんか?」
バルトが目を見開いた。
「……俺に?」
「はい。まずは少量から始めましょう。契約内容を明確にして、納品状況を確認しながら進めたいんです」
バルトは、ゆっくりと頷いた。
「分かった。きちんと契約書を作ろう」
商人が去ったあと、俺はバルトの肩を叩いた。
「よかったな」
「まだ一件だけだ」
「一件でも、最初の一歩だろ?」
「……そうだな」
バルトは、少しだけ笑った。
◇
その後、俺たちはバルトの今後について話し合った。
「まず、返済計画を作る」
ガルドが帳簿を開いた。
「誰に、いくら返すのか。いつまでに支払うのか。曖昧にはできない」
「分かっている」
「それから、ほかの被害者の調査にも協力する」
俺が続けた。
「バルトだけが救済されても、同じことがほかの商人に起きたら意味がないからな」
「もちろんだ」
バルトは真剣な表情で頷いた。
「俺の失敗は、俺が責任を取る。でも、誰かが勝手に書き換えた記録まで、俺の責任にはさせない」
その言葉を聞いて、俺は笑った。
「そうだ。それでいい」
スマートフォンが鳴った。
【バルト:信用記録の再審査】
【不正記録:訂正手続き開始】
【本人の契約違反:補償継続】
【信用評価:再計算中】
【新規取引:1件】
「一件目、か」
俺は画面を見つめた。
数字が元に戻るだけでは、本当の信用は戻らない。
約束を守り、取引を重ね、少しずつ信頼を取り戻す。
バルトは、これから自分の力でやり直していくのだ。
「蓮」
バルトが俺を呼んだ。
「助かった。お前が動いてくれなかったら、俺は不正の責任まで背負わされていたかもしれない」
「礼なら、全部片づいてからでいいよ」
「……分かった」
バルトは港を見つめた。
「俺は、もう一度商人としてやり直す」
◇
その夜。
俺のスマートフォンに、新しい通知が届いた。
【境界の始点からの通信】
【交渉開始まで:61時間】
【第一接続先:警告段階へ移行】
画面には、俺が最初に商売を始めた町の地図が表示されていた。
「……あの町に何かするつもりか?」
俺の表情が険しくなる。
バルトが画面を覗き込んだ。
「何があった?」
「境界の始点から警告が来た。俺自身を引き渡せという要求も、まだ消えていない」
「お前を?」
バルトの顔が険しくなった。
「ふざけるな。お前は商品じゃないぞ」
「俺もそう思う」
俺はスマートフォンを握った。
「でも、あの町まで巻き込まれるわけにはいかない」
バルトは、迷わず言った。
「俺も行く」
「返済計画は?」
「ガルドに任せる。もちろん、必要な書類は残していく」
「おい、勝手に任せるな」
ガルドが即座に反応した。
「引き受けるとは言っていないぞ」
「頼む!」
「……まったく」
ガルドはため息をついた。
「必要な資料を全部そろえろ。話はそれからだ」
俺たちは思わず笑った。
バルトの問題は、完全に終わったわけではない。
それでも、不正記録を訂正する道筋ができた。
本人の責任も明確になり、新しい取引も始まった。
バルトは、商人として再出発したのだ。
そして今度は、自分の信用だけでなく、仲間や町を守るために動こうとしている。
俺は地図を見つめた。
「よし。みんなで町へ戻ろう」
境界の始点との交渉まで、残り六十一時間。
次は、俺たちの大切な町が狙われている。
「商人の仕事は、商品を売ることだけじゃない」
俺はスマートフォンをしまった。
「守るべきものを、守ることも仕事だ」
俺たちは、帰還の準備を始めた。




