第40話 蓮もヴェルティアの元へスマホチートで行く
「私の港で、好き勝手をするのは――」
黒い翼が大きく広がる。
「ここまでですわ!」
次の瞬間、港の空が真紅に染まった。
千年を生きる吸血鬼が、本気の戦闘を開始したのだった。
◇
「……ヴェルティアさん!」
応接室の窓から、蓮は港の上空を見つめていた。
深紅の光と黒い霧がぶつかり合い、轟音が何度も響いている。
スマートフォンの画面には、警告が次々と表示されていた。
【高位生命反応:ヴェルティア】 【戦闘状態:継続】 【魔力出力:測定不能】 【未知の境界反応:拡大中】 【推奨:現場への移動】
「推奨って……」
蓮は画面を見つめた。
「まさか、俺にも行けってことか?」
【肯定】 【転移先:ヴェルティア周辺】 【転移方法:スマートフォン経由】 【必要魔力:不要】 【危険度:高】
「いやいやいや! 危険度が高いなら、もっと止めてくれよ!」
「蓮様、どうなさいましたの?」
隣にいたミリアが尋ねる。
「スマートフォンが、ヴェルティアさんのところへ行けって言ってる」
「スマートフォンが?」
「正確には、画面にそう表示されている」
ガルドが眉をひそめた。
「お前の道具は、相変わらず無茶なことを言うな」
「俺もそう思う!」
港の方角から、再び爆発音が響いた。
ドォォォンッ!
黒い霧が大きく膨れ上がり、港の倉庫街を覆っていく。
【境界侵食率:12%】 【警告:侵食率が一定値を超えると、周辺空間が固定化されます】 【推奨:即時介入】
蓮の表情が変わった。
「固定化って、どういう意味だ?」
【回答:対象区域が境界の一部として取り込まれます】 【結果:帰還困難】 【最悪の場合:世界間の接続が恒久化】
「それは、まずいだろ!」
ミリアが息をのんだ。
「港そのものが、異世界との境界に取り込まれるということですか?」
「たぶん、そういうことだ」
蓮はスマートフォンを握りしめた。
ヴェルティアは強い。
だが、相手は彼女の力だけで押さえ込める存在とは限らない。
それに、彼女は一人で戦っている。
「俺も行く」
「蓮様!?」
ミリアが驚いて声を上げた。
「ヴェルティアさんを助ける。少なくとも、境界の侵食を止める方法を探す」
「ですが、危険すぎます!」
「分かってる」
蓮は画面を見た。
【転移を実行しますか?】 【はい/いいえ】
「でも、ここで見ているだけの方が危険だ」
蓮は、表示された「はい」をタップした。
◇
瞬間。
視界が白く弾けた。
身体が引っ張られるような感覚。
足元の床が消え、空気そのものが裏返る。
「うわあああああっ!」
蓮の叫び声が、応接室から消えた。
次の瞬間。
彼は、黒い霧に覆われた倉庫街の上空に立っていた。
正確には、空中に浮かんでいた。
「えっ?」
足元には何もない。
蓮は慌てて手足をばたつかせた。
「ちょっと待て! 空中に転移させるな!」
【緊急補助機能を起動】 【落下防止:成功】 【空中足場を生成】
蓮の足元に、半透明の光の板が現れた。
「最初からこれを出してくれ!」
【要望を受理】 【次回以降、初期設定に反映】
「次回がある前提なのかよ!」
叫びながらも、蓮は周囲を見回した。
港の倉庫街は、すでに半分以上が黒い霧に包まれている。
霧の中では、何本もの黒い触手のようなものがうごめいていた。
その中心で、ヴェルティアが戦っている。
「はあっ!」
深紅の光が走り、黒い触手をまとめて切り裂いた。
だが、切断された触手は地面に落ちる前に再生し、再びヴェルティアへ襲いかかる。
「しつこいですわね!」
ヴェルティアは翼を翻し、空中で身をひねった。
黒い爪が触手を弾き飛ばす。
しかし、その隙に別の触手が倉庫へ伸びた。
「危ない!」
蓮はスマートフォンを掲げた。
【対象:境界触手】 【性質:物理攻撃無効】 【魔力攻撃:一部有効】 【推奨:接続線を切断】
「接続線って、どれだよ!」
画面に、黒い霧の中を走る細い光の線が表示された。
それは、触手の根元から港の中央へ伸びている。
「見えた!」
蓮は指を動かした。
【境界切断能力を起動しますか?】 【対象範囲を指定してください】
「これだ!」
蓮が光の線を指でなぞる。
【対象を確認】 【切断を実行】
スマートフォンから白い光が放たれた。
光の刃が空中を走り、黒い接続線を切断する。
ズバァンッ!
触手が動きを止めた。
そのまま、黒い霧の中へ崩れ落ちていく。
「今のは……」
ヴェルティアが振り返った。
「蓮様!?」
「ヴェルティアさん!」
「どうしてここにいらっしゃいますの!?」
「スマホで来た!」
「意味が分かりませんわ!」
「俺もよく分かってない!」
二人が叫び合っている間にも、黒い霧の中心から巨大な影が立ち上がった。
倉庫よりも大きな腕。
無数の赤い目。
そして、空間そのものに食い込んだ黒い身体。
【境界異常体:確認】 【推定危険度:特級】 【名称:未登録】 【弱点:境界接続部】
「特級……」
蓮の喉が鳴った。
ヴェルティアは、赤い瞳を細めた。
「なるほど。あれが今回の本体ですのね」
「本体って、あれを一人で倒すつもりだったんですか!?」
「ええ。そのつもりでしたわ」
「無茶ですよ!」
「蓮様に言われたくありませんわ」
巨大な腕が振り下ろされた。
ヴェルティアは横へ飛び退き、蓮も光の足場を移動して攻撃をかわす。
腕が港の地面を叩きつけた。
衝撃波が広がり、倉庫の壁が一斉に崩れる。
「このままだと港が持たない!」
蓮はスマートフォンを操作した。
【境界接続部を解析中】 【解析率:31%】 【必要時間:18秒】
「十八秒もかかるのかよ!」
「私が時間を稼ぎますわ!」
ヴェルティアが翼を広げた。
「蓮様は、その道具で弱点を探してくださいませ!」
「分かりました!」
ヴェルティアが巨大な影へ突っ込んでいく。
黒い爪と深紅の魔力が、何度も影の身体を切り裂いた。
だが、傷口から黒い霧が噴き出し、すぐに再生していく。
「これでも倒れませんの!?」
「解析率、58%!」
蓮は画面を見ながら叫んだ。
巨大な影が、ヴェルティアへ向けて無数の槍を放つ。
ヴェルティアはすべてをかわしたが、そのうちの一本が翼をかすめた。
「ヴェルティアさん!」
「この程度、問題ありませんわ!」
彼女は傷ついた翼を広げ、さらに加速した。
「ですが、少々腹が立ってきましたわね」
深紅の魔力が、彼女の全身から噴き上がる。
「私の倉庫を壊し、港を荒らし、蓮様まで巻き込むとは――」
ヴェルティアの瞳が、鮮血のように輝いた。
「相応の代償を払っていただきますわ!」
「解析率、87%!」
蓮のスマートフォンが震えた。
【境界接続部を特定】 【座標:対象の胸部中央】 【推奨:切断能力を集中】
「見つけた!」
蓮は画面を操作した。
だが、巨大な影がヴェルティアを弾き飛ばした。
「きゃっ!」
ヴェルティアの身体が、倉庫の壁へ叩きつけられる。
「ヴェルティアさん!」
蓮は反射的に、彼女の前へ光の壁を展開した。
巨大な影の攻撃が、光の壁にぶつかる。
バキィンッ!
光の壁に亀裂が走った。
【防御機能:限界】 【残存時間:3秒】
「三秒!?」
蓮は必死に画面を操作した。
「ヴェルティアさん、胸の中央です! そこが本体との接続部です!」
「承知しましたわ!」
ヴェルティアは立ち上がった。
傷ついた翼を大きく広げる。
「蓮様、切断の瞬間に、私が道を開きます」
「分かりました!」
「絶対に、手を止めないでくださいませ」
「はい!」
光の壁が砕け散る。
巨大な腕が、二人へ向かって振り下ろされた。
その瞬間、ヴェルティアが飛び出した。
深紅の光が槍のように伸び、巨大な腕を貫く。
「今ですわ!」
蓮はスマートフォンを掲げた。
【境界切断能力:最大出力】 【対象:境界接続部】 【実行しますか?】
「実行!」
白い光が、港の上空を覆った。
巨大な影の胸部に、一本の亀裂が走る。
黒い霧が噴き出し、影が絶叫した。
「グオオオオオオオオオオッ!」
蓮は、画面に表示された接続線を両手でなぞった。
「切れろおおおおおおっ!」
光の刃が、境界接続部を切り裂いた。
ズガァァァンッ!
巨大な影が崩れ落ちる。
黒い霧が一気に縮み、港の上空から消えていった。
静寂が戻る。
崩れた倉庫の間を、海風が吹き抜けた。
◇
「……終わった?」
蓮は、空中足場の上で息を切らしていた。
スマートフォンの画面には、最後の表示が浮かんでいる。
【境界侵食率:0%】 【異常体:消滅】 【周辺空間:安定】 【転移帰還を推奨】
「帰還を推奨って、今度はちゃんと地面に戻してくれよ」
蓮がつぶやいたとき。
「蓮様」
ヴェルティアが、すぐそばまで飛んできた。
「ご無事ですの?」
「俺は大丈夫です。ヴェルティアさんこそ、翼を……」
「この程度なら、すぐに治りますわ」
彼女の翼の傷は、すでにほとんど消えていた。
「それよりも、どうして私の元へいらしたのです?」
「スマートフォンに、行けって表示されたので」
「……」
ヴェルティアは、蓮の手元のスマートフォンを見つめた。
「本当に、便利な道具ですわね」
「便利というか、無茶というか……」
「ですが、助かりましたわ」
ヴェルティアは、蓮の目をまっすぐに見た。
「蓮様が来てくださらなければ、境界接続部を見つけるまでに、港が持たなかったかもしれません」
「俺一人じゃ何もできませんでした。ヴェルティアさんが時間を稼いでくれたからです」
「まあ」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「それでは、私たちはとても良い組み合わせということですわね」
「そういう言い方をすると、また商会の共同経営とか言い出しそうで怖いんですが」
「もちろん、共同経営も含めてですわ」
「やっぱり!」
ヴェルティアは楽しそうに笑った。
そのとき、スマートフォンが新たな通知を表示した。
【新規能力を獲得】 【能力名:短距離転移】 【条件:信頼関係のある対象への転移】 【対象:ヴェルティア】 【注意:転移先の安全確認を推奨】
蓮は画面を見て、目を丸くした。
「短距離転移?」
「何か新しい力を得ましたの?」
「ヴェルティアさんのところへ、いつでも転移できるようになったみたいです」
「まあ!」
ヴェルティアの瞳が輝いた。
「それは素晴らしいですわね」
「いや、便利ですけど……」
「これで、蓮様がいつでも私の元へ来てくださいますのね」
「そういう意味じゃないです!」
「私は、そういう意味でも構いませんわよ?」
「ヴェルティアさん!」
港の向こうから、ミリアたちの声が聞こえてきた。
「蓮ー! ヴェルティアー! 無事ですかー!」
「二人とも、無事みたいだな」
ガルドの声も続く。
「蓮! その転移能力、商売にも使えるのか!?」
「ガルドさんまで!?」
ヴェルティアは、蓮の腕にそっと手を添えた。
「では、蓮様。次は私の商会へご案内いたしますわ」
「えっ、今からですか?」
「ええ。今回の件で、確認しなければならないことが増えましたもの」
彼女は、黒い霧が消えた港を見つめた。
「この異常体は、偶然現れたものではありません。誰かが、境界の接続部を意図的に開いたのですわ」
蓮の表情が引き締まる。
「黒い取引網の仕業ですか?」
「おそらく」
ヴェルティアは、赤い瞳を細めた。
「そして、今回の攻撃で、敵も蓮様の能力に気づいた可能性があります」
「俺の能力に……」
「ええ。これからは、今まで以上に狙われるでしょう」
蓮はスマートフォンを握りしめた。
画面には、新しい警告が表示されていた。
【未知の観測反応を検出】 【観測者:不明】 【対象:蓮】 【警告:敵対勢力による追跡の可能性】
蓮は、港の外に広がる空を見上げた。
黒い取引網。
境界を操る者たち。
そして、自分を観測する謎の存在。
「……行きましょう、ヴェルティアさん」
「はい、蓮様」
蓮はスマートフォンを操作した。
【転移先:ヴェルティアの商会】 【実行しますか?】
「今度は、二人で行く」
蓮が「はい」をタップすると、二人の足元に転移陣が浮かび上がった。
ヴェルティアは、蓮の腕をしっかりとつかむ。
「離れないでくださいませ」
「分かっています」
「絶対に、ですわよ?」
「分かっていますって!」
深紅の光が二人を包み込む。
次の瞬間。
蓮とヴェルティアの姿は、港から消えた。
スマートフォンのチート能力によって、蓮もまた、ヴェルティアの元へと向かったのだった。




