第6話 決戦! 激熱必勝リーチとハプニング・シンクロ!
パチンコホール《ゴールデン・オアシス》の照明が、死にかけた蛍みたいに明滅していた。
焦げた配線の臭い。散ったコイン。壊れた液晶。
そして、その中心で膝をつく古神ダイチの右手の指輪だけが、妙に冷たい光を放っている。
「主、立てる?」
「……たぶん」
「たぶんじゃ困るのよ」
ロプロスは不機嫌そうに言いながらも、きっちりダイチの肩を貸した。ポセイドンは周囲の客を片手で二人ずつ安全圏へ運んでいる。ロデムは影を広げて出口への導線を作っていた。
その様子を見ながら、ギャンブルが口笛を吹く。
「すっご。坊やんとこの戦力、想像以上じゃん」
「感心してる場合かよ」
「してる場合でしょ。今のアタシ、ちょっと感動してるもん」
軽口のくせに、彼女の目だけは笑っていなかった。
ホール中央に据えられた古代暗号機は、停止したはずなのに、まだ生き物みたいに低く脈打っている。
「ロデム、あれ止められないのか?」
「破壊は可能です」
「だったら――」
「でも、壊した瞬間に周辺回路ごと暴走する確率が高い」
ダイチが顔をしかめる前に、ギャンブルが横から指を立てた。
「正解。しかもこの台、店の電源で動いてるんじゃない。地下に本体がある」
「本体?」
「古代の演算炉。期待値とか絶望とか、そういう人間の感情を拾って回してる」
「そんな最悪なもので世界を回すなよ……」
その時だった。
止まっていたはずの液晶が、唐突に再起動した。
ばんっ、と耳障りなファンファーレ。
壊れたスピーカーから流れ出したのは、場違いなくらい陽気な大当たり演出だった。
『激熱!!!!!』
「嫌な予感しかしない」
「奇遇ね、主。私もよ」
次の瞬間、ホール全体の床下から赤い光が噴き上がった。
客たちの悲鳴。自動ドアのロック。シャッターが落ちる音。
「閉じ込められた!?」
「坊や、これ“当たり演出”じゃない」
「じゃあ何だよ!」
「回収モード」
ギャンブルが吐き捨てるように言った。
液晶の古代文字が高速で走る。ダイチの指輪が熱を増し、全身の神経へ何かが差し込まれるみたいな痛みが走った。
――第五継承者、感情出力を強制測定。
――三機同調率、検証開始。
「う、あ……!」
膝が折れる。
その瞬間、ロデムが背中を支え、ロプロスが腕を掴み、ポセイドンが前から抱き止めた。
「主様!」
「ダイチ!」
「主!」
三人の体温が一気に流れ込んでくる。
冷たい影。熱い風。深い海みたいな圧。
それぞれまったく違うのに、なぜか全部がダイチの中へ直結していく。
「な、なんだ、これ……」
「同調の逆流……!」
「主様の指輪が、私たちの神経リンクを無理やり――」
「ちょっと待て、それ危なくないか!?」
「すごく危ない!」
ロプロスが珍しく即答した。
古代暗号機の液晶には、今度は巨大な数字が表示される。
SYNC RATE 41%
「四十一……?」
「低い。ぜんぜん足りない」
「足りないとどうなるの!?」
「主様だけ焼き切れる」
「最悪情報をサラッと言うな!」
だが、そこでギャンブルがにやりと笑った。
「逆に言えば、上げりゃいいんでしょ?」
「上げるって簡単に言うけど――」
「簡単じゃないよ。でも、こういう“あと一押し”って、だいたい演出が足りないの」
彼女は崩れた台の残骸を飛び越え、中央操作卓らしきパネルへ滑り込んだ。
「ロデム! 影で電流の流れを固定!」
「了解」
「ロプロス! 空気の振動を合わせて!」
「何であんたに指図されなきゃ――」
「主が死ぬかもよ?」
「……っ、やるわよ!」
「ポセイドン! 床下の圧力逃がして! ぶっ壊すんじゃなくて抑える!」
「任せて」
敵幹部のくせに、ギャンブルの指示は妙に的確だった。
ロデムの影が床下へ潜り、赤く走る回路を縫い止める。
ロプロスが翼を開き、ホール全体の空気の位相を合わせる。
ポセイドンは両手を床へ当て、暴れ狂う圧力を海みたいに受け流していく。
それでも数字はじわじわとしか上がらない。
SYNC RATE 53%
「まだ足りない!」
「坊や! 三人とも見て!」
「え?」
「この手の機械ってね、最後は理屈じゃないの。人間の心の振れ幅で決まる!」
ギャンブルが怒鳴る。
その一瞬、ダイチは三人の顔を見た。
ロデムは不安を押し殺した顔。
ロプロスは怖いのに強がっている顔。
ポセイドンは壊れそうなくらい真剣な顔。
この三人は、兵器だ。
でも同時に、今、自分のために必死になっている。
「……ロデム」
「はい、主様」
「ありがとう」
「っ……」
黒い瞳が揺れる。
「ロプロス」
「な、何よ」
「来てくれて助かった」
「……べ、別に」
でもその頬は赤い。
「ポセイドン」
「主様」
「守ってくれてるの、ちゃんと分かってる」
「……うん」
その声だけ、少し震えた。
数字が跳ね上がる。
SYNC RATE 74%
「うおっ!?」
「いい感じ、いい感じ! もっとよ坊や!」
「もっとって何を!?」
「心当たりあるでしょ、鈍感主人公!」
そこでダイチは、ほとんどやけくそで叫んだ。
「僕ひとりじゃ無理なんだよ! だから、手を貸してくれ!」
沈黙は、一秒もなかった。
「最初からそう言ってください、主様」
「……その頼み方なら、聞いてあげる」
「主様がそう望むなら、私はいくらでも」
三つの返答が重なった瞬間、指輪の光が一気に拡張する。
白と黒と青が渦を巻き、ホール中央の古代暗号機を包み込んだ。
SYNC RATE 100%
轟音。
大当たり演出みたいな光の奔流が天井を突き破り、夜空へ放たれる。
続いて地下から響いたのは、機械の悲鳴だった。
古代暗号機がひび割れ、内部から拳大の黒い結晶が吐き出される。
それは宙に浮き、まるでこちらを観察する目のようにゆっくり回転した。
「……あれが」
「うん。たぶん、元凶の一端」
ギャンブルが珍しく笑わずに言う。
黒い結晶から、ぞっとするほど冷たい声が流れた。
――観測完了。
――第五継承者は不完全。
――ゆえに、価値がある。
次の瞬間、結晶は破裂するように消えた。
ホールのシャッターが開く。
客たちの記憶も、認識も、うまくぼかされたらしい。外ではただの停電騒ぎとして処理されつつある。
だがダイチたちだけは知っていた。
今のは前哨戦ですらない。
「主様」
「うん」
「次は、塔です」
「……やっぱりか」
ダイチが息を吐いた、その時。
ギャンブルがひょいと彼のポケットに何かをねじ込んだ。
「これ、何」
「今日の勝利報酬。アタシからのサービス」
「コイン?」
「違う。ホール地下の認証チップ。たぶん塔のどっかで使える」
彼女は悪戯っぽくウインクする。
「また会おうね、坊や。次はもう少し、派手にフィーバーさせてあげる」
そして彼女は人混みに紛れて消えた。
ロプロスが露骨に眉を吊り上げる。
「何あの女。気に入らない」
「主様をからかった。沈めますか?」
「ダメだって!」
ポセイドンだけが、妙に静かだった。
「……主様」
「どうした?」
「海側から来る。強いのが」
「強いの?」
「うん。たぶん、女。すごく単純で、すごく強い」
次の瞬間、遠くの空に火花が走った。
まるで誰かが、夜空を拳で殴りつけたみたいに。




