第5話 確変女ギャンブル、登場。軍資金より色気で攻めてくる
翌日の放課後、ダイチは北の娯楽街へ来ていた。
もちろん自分の意思だけではない。スマホに送られてきた『来ないとヨミ様に、坊やが昨夜どんな顔でパン渡してたか全部言うよ♡』という最低最悪の脅迫文が決定打だった。
「完全に悪女だ……」
「主様、罠の可能性九十七%」
「残り三%は?」
「本当に呼びたいだけ」
「そっちのほうが怖いな!」
ロデムは影に潜み、ロプロスは上空で監視、ポセイドンは一キロ圏内の水分反応を把握しているらしい。布陣だけ聞くと対テロ作戦である。
ネオン煌めく通りの一角、大型パチンコ店の裏路地に、問題の女はいた。
金髪。片目を隠すように流した前髪。バニーガールを私服に落とし込んだみたいな、妙に挑発的で、でも下品にはなりきらない格好。壁にもたれて棒付きキャンディを舐めている姿が、やけに絵になるのが腹立たしい。
「やっほー、坊や」
「人を気軽に呼び出すなよ」
「でも来たじゃない」
「脅されたからな!」
「ふふ、真面目」
ギャンブルは笑って、ダイチを上から下まで眺めた。
「へえ。ほんとに普通の男の子なんだ」
「悪かったな普通で」
「悪くないよ。むしろいい。そういうの、ヨミ様が一番苦手そうだし」
「敵の総帥をからかうなよ」
「だっておもしろいんだもん。昨日、パン一個で赤くなってたでしょ?」
「見てたのかよ!」
「情報屋なめないで」
彼女はひらりと指を振り、少しだけ顔を寄せる。近い。香水じゃなくて、タバコでもなくて、甘い飴の匂いがした。
「で、坊や。アタシに何かちょうだいよ」
「何を」
「お金」
「率直だな!?」
「カップ麺」
「急に安くなったな」
「あと、できれば優しさ」
「最後だけ抽象的!」
ダイチは呆れながら、コンビニ袋を差し出した。中身は肉まん二つとカフェオレ。それを見たギャンブルは一瞬だけ目を丸くし、次いで吹き出した。
「なにこれ。ほんとに持ってきたの?」
「どうせ何も食ってないんだろ」
「……やだ、刺さる」
「図星かよ」
彼女はふふっと笑って、肉まんをひとつ受け取る。その仕草だけ妙に丁寧だった。
「ありがと、坊や」
「別に」
「その返し、ロプロスちゃんに似てる」
「やめろ。面倒が増える」
ひと口かじったギャンブルは、ほんの少しだけ目を細めた。さっきまでのからかう女の顔ではなく、年相応の、気の抜けた表情だった。
「……あったかい」
「コンビニだし」
「そういう意味じゃなくてさ」
だが、その空気も長くは続かなかった。ギャンブルはすぐにいつもの笑みに戻り、ホールの裏口を親指で示す。
「見せたいものがあるの。入るよ」
「入るって、営業中だろ」
「だからこそ。人が多いと紛れやすい」
店内へ足を踏み入れた瞬間、ダイチは耳をしかめた。電子音、光、アナウンス、歓声、溜息。あらゆる"期待"と"失望"が混ざり合った、異様な熱気。
「うわ……」
「でしょ?」
「すごいな」
「ここ、人間の欲望が一番分かりやすい場所なんだよね」
「君が言うと説得力あるな」
ギャンブルは笑いながら、フロアの奥へ進む。途中、常連らしき客が彼女に軽く会釈した。顔が広いらしい。というか完全に住人だ。
「ただの依存症って思ってる?」
「……少しは」
「正しいよ。でも半分しか正しくない」
彼女は止まり、一台の古びたパチスロ機を指差した。周囲の新台群から不自然に外れた、時代遅れの台。なのに、そこだけ空気が違う。
「これが問題児」
「これ?」
「表向きは旧式台。でも中身は別物。見て」
彼女がパネルを軽く叩くと、液晶のノイズが走った。次の瞬間、画面に見覚えのある文字列が浮かぶ。ダイチの指輪と同じ、古代バベル文字だ。
「……っ」
「やっぱ反応した。坊や、あんた本物だ」
「これ、何なんだよ」
「古代の暗号機。たぶん"確率"を使って演算してる」
「確率で?」
「人間ってさ、当たるか外れるか分かんない時が一番熱くなるでしょ。期待、不安、執着、祈り。そういう感情の波を集めてる感じ」
「……最悪な発電所だな」
「最高に人間臭いけどね」
ギャンブルは愛おしそうに台へ触れた。
「だからアタシ、ここ好きなんだ。バカみたいで。無駄で。絶対やめたほうがいいのに、みんな何かに賭けちゃう」
「君も?」
「アタシも」
その目が、ほんの一瞬だけ寂しく見えた。
ダイチが何か言おうとした、その時。
店内の照明が一斉に落ちた。
「え?」
「来た」
ギャンブルの声が低くなる。パチスロ機の液晶がひとりでに点灯し、周囲の台も連動するようにフリーズした。客たちがざわつく中、誰にも見えない速度で古代文字が画面を走る。
ダイチの指輪が灼けるほど熱い。
画面中央に、巨大な目のような紋章が現れた。
『第四継承、失敗』
「っ……!」
ダイチの頭へ、濁流みたいな記憶が流れ込んだ。塔。戦火。倒れる少年。泣き叫ぶ誰か。そして、真っ黒な結晶に呑まれていく巨大な施設。
膝が崩れる。ギャンブルがとっさに支えた。
「坊や!」
「……これ、は……」
「見えたの?」
「第四継承って、何だよ……僕の前に、誰かいたのか?」
「たぶんね」
周囲の客たちは停電程度にしか認識していないらしい。ざわざわしながらも、店員に文句を言っている。こんな異常事態でも日常が続いているのが妙に不気味だった。
ギャンブルは唇を噛んだ。
「まずいな。思ったより起動が早い」
「何が?」
「世界を終わらせる側の準備」
その時、店の奥から黒い煙のようなものが立ち上った。いや、煙ではない。黒い結晶粒子だ。無数の虫みたいに空中で群れ、一直線にダイチを目指してくる。
「伏せて!」
ギャンブルがダイチを突き飛ばす。結晶粒子は壁を食い破り、床を腐食させながら迫る。人間に当たればどうなるか、考えたくもない。
「ロデム!」
「ここに」
足元の影からロデムが出現し、黒い刃で粒子群を切り裂く。だが粒子は細かすぎる。斬っても斬っても再集合する。
上空からガラスを破ってロプロスが飛び込み、風圧で群れを押し戻した。
「主、離れなさい!」
「ポセイドンは!?」
『外壁から行く』
耳元の通信機越しに、重い声。次の瞬間、店の外壁が水圧でぶち抜かれた。なぜか正面入口ではなく壁面から、ポセイドンが突入してくる。方法が豪快すぎる。
「主様、保護完了」
「完了してない! 現在進行形だ!」
三人のしもべが揃ってなお、粒子群は止まらない。むしろダイチの指輪に引き寄せられるように集束していく。
ギャンブルが舌打ちした。
「認証を取りに来てる……!」
「認証?」
「坊やの指輪。あれが起動鍵なのよ!」
ダイチの脳裏に、またあの機械じみた声が響く。
――鍵確認。
――感情相関、取得開始。
――第五継承者、回収対象。
「くそっ……!」
怖い。意味が分からない。逃げたい。けれど、逃げたところで終わらないことだけは分かった。なら――。
「ロデム! 影で囲って!」
「了解」
「ロプロス、空気ごと吹き飛ばせる!?」
「やれる!」
「ポセイドン、床ごと押さえ込んで!」
「任せて」
三人が動く。黒影の檻、圧縮風刃、水圧の重壁。粒子群を一点へ押し込める。あと一手、足りない。
ダイチは振り返った。
「ギャンブル!」
「なに、坊や」
「これ、君にしか分からないんだろ!? この台の癖!」
ギャンブルは目を見開いた。次の瞬間、にやりと笑う。
「……いいじゃん。そういう無茶振り、嫌いじゃない」
彼女はスロット台の前へ滑り込み、レバーを叩いた。リールが回る。止まる。揃う絵柄は、七でもBARでもなく、古代文字だった。
店中の電飾が弾ける。
「当たりよ、坊や!」
液晶から放たれた金の閃光が、粒子群を丸ごと焼いた。
轟音のあと、店内に静寂が落ちる。煙の匂い。焦げた配線。へたり込むダイチ。乱れた呼吸を整えながら、ギャンブルが肩で息をついた。
「はぁ……ほんと、割に合わない」
「助かった……」
「お礼なら、もっといいもので返してよ」
「肉まん追加で」
「安いなあ」
彼女は笑った。だが、その笑みの奥には、さっきよりずっと深い警戒があった。
「ねえ坊や」
「何」
「これ、もう"継承者ごっこ"じゃ済まないよ」
「……」
「アタシ、いま確信した。あんたに来てるの、ヨミ様だけじゃない」
ホールの壊れた大型液晶が、最後に一度だけ瞬いた。
そこへ映ったのは、黒い塔のシルエットと、たった一文。
『第五継承者。
次は"塔"で回収する』
ダイチの右手の指輪が、まるで返事をするみたいに淡く光った。




