【最終回】第30話 バビル5世の日常は終わらない! 嫁(仮)7人と目指すハッピーエンド
世界は、救われた。
ニュースでは各地の無感情症状の消失が報じられ、海上に出現した謎の巨大構造体については「観測史上まれに見る異常海象」とか何とか、よく分からない説明で誤魔化されていた。
街には笑い声が戻り、恋人たちは喧嘩し、子どもたちは騒ぎ、商店街のおばちゃんはまた余計なおまけをくれるようになった。
平和だ。
少なくとも、世界は。
「主様、お味噌汁です」
「主、今日は私が登校に付き添う」
「主様、制服の襟なおす」
「古神ダイチ、今日は私と放課後会議よ」
「坊や、おこづかい前借り」
「アニキ、朝ラン行こうぜ!」
「古神くん、ちょっとこの部品持って!」
古神家だけは、ちっとも平和じゃなかった。
「うるさああああい!」
ダイチの叫びが、すっかり定着した朝のBGMみたいに家中へ響く。
リビングではロデムが朝食を配膳し、ロプロスが窓際の席を当然のように確保し、ポセイドンがやたら量の多い弁当を詰めている。
ヨミはニュース番組を見ながら「今後の世界再編について」とか物騒なことを言い、ギャンブルはソファに転がって「平和って暇だねえ」と飴を舐め、バッカスは腹筋しながら味噌汁を飲み、ジュピターはまた訳の分からない試作品を磨いている。
「お前ら、もう少しこう……世界を救った後の余韻とかないのか」
「あるわよ」
「どこに」
「だからこうして、主の近くにいるんじゃない」
ロプロスが平然と言う。
その一言に、ダイチは一瞬だけ言葉を失った。
ロデムがそっと湯のみを置く。
「主様。あの日、命令しなかったこと」
「うん」
「ありがとうございます」
「……急だな」
「でも必要です。
あれで私は、影のままでも、自分で隣にいられると思えました」
ポセイドンも頷く。
「主様。守るだけじゃなくて、一緒に生きるほうを教えてくれた」
「そんな大したこと……」
「大したことです」
ヨミが腕を組んで、わざとらしく鼻を鳴らした。
「ふん。貴様はほんの少し、ほんの少しだけ、使える継承者だったわ」
「素直じゃないな」
「素直になったら負けるもの」
「まだ勝負してるのかよ」
「当然でしょ」
ギャンブルがにやにやしながら身を乗り出す。
「で、坊や。約束、覚えてる?」
「約束?」
「勝って帰ったら――」
「そこまでだ!」
ヨミとロプロスの声が綺麗に重なった。
ダイチは頭を抱える。
「本当に終わらないな、この戦争」
「終わらせる気ある?」
「……ないかも」
ぽろりと零れた本音に、全員が一瞬だけ黙る。
次の瞬間、室内の温度が変わった。
「主様、今の発言を詳しく」
「主、聞き捨てならないわね」
「主様、それは継続希望?」
「待て待て待て、言い方!」
大騒ぎになったところで、玄関のチャイムが鳴る。
ダイチが逃げるように立ち上がり、ドアを開けた。
「はーい」
立っていたのは、クラスメイトの朝比奈だった。
彼女はダイチの顔を見るなり、呆れたように笑う。
「古神くん、最近また大変そうだね」
「まあ、いつものこと」
「……うん。なんか、前より“うるさく”なった気がする」
「それ褒めてる?」
「たぶん」
朝比奈は家の中をちらりと見て、ロデムたちの異様に整った気配に一瞬だけ首をかしげたが、それ以上は何も言わなかった。
「先生がさ、文化祭の実行委員、古神くんにやれって」
「嫌な予感しかしないな」
「私も巻き込まれた」
「ご愁傷さま」
「そっちもね」
彼女は笑って去っていく。
その背中を見送りながら、ダイチは少しだけ肩の力を抜いた。
日常は戻った。
いや、たぶん“新しい日常”が始まったのだ。
背後から、また声が飛ぶ。
「主様、早くしないと遅刻です」
「主、今日は私が隣歩く」
「主様の上着」
「古神ダイチ、放課後は会議!」
「坊や、帰りにうまい棒買って」
「アニキ、文化祭で腕相撲大会やろうぜ!」
「それ採用です!」
「採用するなああああ!」
ダイチは叫びながら、それでも笑っていた。
世界を支配する力なんて、たぶんまだよく分からない。
継承者としての責任も、これから先いくらでも面倒があるだろう。
バビル0世が消えた後の世界だって、綺麗ごとだけでは済まない。
でも。
影に潜む少女がいて。
空を裂くツンデレがいて。
海みたいに強くて優しい少女がいて。
負けず嫌いな悪の総帥がいて。
逆転願望で笑うお姉さんがいて。
熱血で単純な拳がいて。
爆発しがちな発明家がいる。
騒がしくて、面倒くさくて、でも失いたくない。
そんな連中に囲まれて、ダイチは玄関で靴を履きながら思う。
「……まあ、悪くないか」
するとロデムが耳元で囁いた。
「主様、今日の甘やかしメニューは」
「聞きたくない予感」
「全部です♡」
「重い!」
「私は登下校独占」
「待ちなさい!」
「主様、お弁当二段」
「量が多い!」
「放課後は私の作戦会議だから!」
「勝手に決めるな!」
笑い声と怒鳴り声が混ざる。
朝の光が差し込む。
古神ダイチの、幸せで騒がしい受難は、きっとこれからも終わらない。
でもそれでいい、と今なら思えた。
世界は救えた。
けれど、僕の日常はたぶん、ここからが本番だ。
宿院です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




