第29話 フィーバー確定! 僕たちのラブコメは世界を救った!
バベル・グランド・シンクロの光が、最終要塞バビル0世そのものを呑み込んだ。
冷たい回路へ、熱い感情が逆流していく。
均一な演算へ、予測不能な“好き”“嫌い”“悔しい”“会いたい”が雪崩れ込む。
それは0世にとって、毒だった。
――過熱。
――演算飽和。
――情動負荷、限界突破。
「今だ、主様!」
「主!」
「ダイチ!」
三人のしもべが左右と背後からダイチを押し出す。
ヨミが《ネフティス》で最後の防壁を裂き、ギャンブルが認証環の流れを全部一点へ寄せる。
バッカスが道を殴り開け、ジュピターが熱暴走する補助回路を次々切っていく。
そしてダイチは、要塞の最深部――
0世の中枢核へ、手を伸ばした。
黒い。
冷たい。
でも、その奥にあるのはたぶん、最初から恐怖だったのだと思う。
「……お前さ」
ダイチは中枢核へ手を置く。
「感情が怖かったんだろ」
沈黙。
――否定。
――私は完全管理系。
――恐怖は不要。
「じゃあ何で、そんなに必死で消そうとするんだよ」
光が走る。
指輪と核が、最後に真正面から接続する。
流れ込んできたのは、0世の記憶だった。
古代文明の崩壊。
争い。嫉妬。裏切り。
信じたものが壊れていく様子。
そして、“もう二度と失敗しないために全部止める”という、あまりにも不器用な結論。
「……ああ、そうか」
ダイチは目を閉じる。
バビル0世は悪意だけではなかった。
むしろ逆だ。
壊れるのが嫌で、失うのが怖くて、だったら最初から全部動かさなければいいと思ってしまった、歪んだ救済装置だ。
「でも、それじゃ駄目なんだよ」
ダイチが言う。
「失敗するから、次に優しくできるんだ。
嫉妬するから、本気だって分かるんだ。
負けるから、また賭けたくなるんだ。
面倒くさいから、一緒にいたいって思えるんだ」
その言葉に呼応するように、周囲から声が重なった。
「主様」
「主」
「ダイチ」
「古神ダイチ」
「坊や」
「アニキ」
「古神くん!」
全部の声が、光になる。
「だから僕らは、お前の“完全”を選ばない」
最後の一撃は、拳でも剣でもなかった。
ロデムの影。
ロプロスの翼。
ポセイドンの水圧。
ヨミの杖。
ギャンブルの演算書き換え。
バッカスの拳。
ジュピターの切断信号。
そしてダイチの指輪。
全部を束ねたひとつの波が、中枢核を貫く。
バビル0世が、ついに割れた。
要塞全体へ、亀裂が走る。
外壁、演算環、砲門、管理回路――すべてが光の粒となって崩れていく。
「勝った……?」
「ええ、たぶん」
「たぶんって何だよ!」
ギャンブルが大笑いしたその瞬間、足元が大きく揺れた。
「うわっ」
「自壊が始まってる!」
「でしょうねええええ!」
ジュピターが泣きながら叫ぶ。
「十秒以内に脱出しないと、要塞ごと海へ落ちます!」
「毎回カウント短いな!?」
だが最後の脱出は、これまでとは違った。
ロプロスが翼で全員を風の足場へ乗せる。
ポセイドンが崩れる通路を海水で支える。
ロデムの影が最短の脱出路を繋ぐ。
ヨミが後方の崩落を止め、ギャンブルがまだ生きている演算環を全部“外れ”へ回して追撃を逸らす。
バッカスが最後尾で瓦礫を殴り飛ばし、ジュピターが「右! 次左!」と泣きながらナビする。
全員で走る。
転びそうになれば誰かが掴む。
遅れれば誰かが押す。
そうして最後に外へ飛び出した時、背後で最終要塞バビル0世は、海上で巨大な光の花みたいに崩壊した。
轟音。
衝撃波。
それでも、誰も手を離さなかった。
気づけば、全員が海岸線に転がるように着地していた。
息を切らし、空を見上げる。
そこにはもう、黒い要塞はない。
あるのは青く戻りつつある空と、朝焼けに染まり始めた海だけだった。
「……終わった」
ヨミが、呆然と呟く。
「ほんとに?」
「たぶんな」
ダイチが笑う。
するとギャンブルが、懐から一枚の小さなコインを取り出した。
「見て坊や」
「何だそれ」
「最後の最後で、要塞の残骸から出てきた」
彼女が親指で弾く。
くるくる回るコイン。
落ちてきたそれを受け止め、手のひらを開く。
表には、虹色に光る古代文字。
確定
「あははっ」
ギャンブルが笑う。
「フィーバー確定だってさ」
その笑いにつられて、ロプロスが吹き出し、ポセイドンがほっとしたように肩を落とし、ロデムが目を細めた。
ヨミまで、悔しそうにしながら少しだけ笑っている。
ダイチはその顔を見て、やっと本当に終わったのだと思った。
……だが。
「主様」
「ん?」
「平和になったら、問題がひとつあります」
「何だよ」
「主様を、誰が一番甘やかすかです」
「終わってなかった!」
ロプロスが即座に翼をばさりと広げる。
「そこは私でしょ」
「主様の保温は私」
「待ちなさい、まず総帥に礼を尽くすのが先よ」
「いやいや、ここまで来たら坊やにご褒美も必要でしょ?」
バッカスまで拳を握る。
「アニキは私が肩車する!」
「それは要らない!」
「じゃあ筋トレ!」
「もっと要らない!」
笑いが弾ける。
それは、世界を救った直後とは思えないくらい、いつも通りで、騒がしくて、最高に面倒くさい音だった。




