第26話 愛を叫べバビル5世! 奇跡のトリプル・胸キュン・シンクロ!
要塞中枢の白い床に、ダイチの涙が落ちた瞬間だった。
指輪の光が、今までの“反応”とは明らかに違う脈動を始める。
熱いとか、痛いとか、そういう次元じゃない。胸の奥に沈んでいた言葉にならないものが、全部いっぺんに外へ押し出されるような感覚だった。
――未確認同期条件、成立。
――感情限界突破。
――第五継承者、発話権限を拡張。
「発話権限って……何だよ、それ」
ダイチは息を切らしながら立ち上がった。
正面には、なお白い瞳のまま立つロデム、ロプロス、ポセイドン。
その背後には、感情を削り取るための巨大な黒い拘束輪。
そして要塞そのものの天井と壁から、冷たい機械の視線が注がれている。
ヨミが叫ぶ。
「古神ダイチ! 一歩でも判断を誤ったら、今度こそ三人ごと持っていかれるわよ!」
「分かってる!」
「分かってる顔に見えないのよ!」
「だって分かってても、もう理屈じゃないんだよ!」
ダイチは三人を見た。
ロデム。
ロプロス。
ポセイドン。
今、目の前にいる三人は、兵器としてなら完璧だ。
命令に従い、最適に動き、無駄がない。たぶん“勝つ”だけなら、その方がいい。
でも、それは違う。
影の世界で悩んだロデムじゃない。
嫉妬で窓ガラスを割るロプロスじゃない。
料理で台所を吹き飛ばすポセイドンじゃない。
そんなの、勝っても負けだ。
「……ロデム!」
ダイチが叫ぶ。
白い瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「お前、自分が何者か分からないって言ってたよな!」
「…………」
「だったら、もう一回言う! 何にでもなれるから好きなんじゃない。僕は、ロデムだから助けられてる!」
ロデムの指先が、ぴくりと動く。
影が一瞬だけ乱れた。
要塞がすぐさま反応する。
――情動核、再圧縮。
「うるさい!」
ダイチは今度はロプロスへ向き直る。
「ロプロス! お前、僕が他の女と話すだけで空を割りかけるくせに、今みたいに何も感じない顔してる方が、よっぽど変だろ!」
「…………」
「お前の面倒くささ、嫌いじゃないんだよ! むしろないと困る!」
ロプロスの翼の先端が、かすかに銀色を取り戻す。
けれど同時に、要塞全体が低く唸った。
――第二機、再制御率低下。
――強制矯正を開始。
「ポセイドン!」
最後にダイチは、正面に立つ青髪の少女を真っ直ぐ見た。
「お前、守ることしか知らなかったくせに、ちゃんと“信じる”方を覚えただろ!」
「…………」
「だったら戻ってこい! 僕は守られてるだけじゃ嫌だ! お前と一緒に戦いたい!」
ポセイドンの拳が震えた。
白かった三人の瞳の奥に、かすかな熱が灯る。
だが、それだけでは足りない。
バビル0世の声が冷たく要塞へ響き渡る。
――観測。
――情動による再同期を確認。
――ゆえに、創造主の後悔を増幅する。
壁一面に、あのホログラムが再生された。
絶望したバビル1世。
壊れた都市。
滅びた文明。
そして、“感情を許したから失敗した”という断罪。
三人の顔から、再び色が消えかける。
「だめだ!」
「主様!」
ロデムが苦しげに声を漏らす。
ロプロスの翼が濁る。
ポセイドンの水圧が乱れる。
ヨミが《ネフティス》を構え、歯を食いしばった。
「古神ダイチ! 創造主の言葉を上書きしなさい!」
「上書きって何で!?」
「貴様の言葉でよ! この鈍感!」
ギャンブルも怒鳴る。
「坊や、ここで日和ったらマジで全ロスだよ!」
ダイチは息を吸い込んだ。
理屈じゃない。正論でもない。
今この瞬間、三人へ届く言葉なんて、たぶん一つしかない。
「ロデム! ロプロス! ポセイドン!」
要塞中枢に声が響く。
「僕は、お前らが大好きだ!」
一瞬、空気が止まった。
ヨミが目を見開き、ギャンブルが吹き出しかけ、バッカスが「うお!?」と変な声を出す。
当の三人は、もっとはっきり止まっていた。
「好きだから、命令したくない!」
「……主様」
「好きだから、兵器のまま失いたくない!」
「主……」
「好きだから、戻ってこい! お前ら自身の意思で!」
沈黙。
次の瞬間だった。
ロデムの影が黒く燃え上がる。
ロプロスの翼が純銀へ戻る。
ポセイドンの周囲に青い水輪が幾重にも立ち上がる。
三人の口から、ほぼ同時に声が漏れた。
「……主様」
「……馬鹿」
「……やっと言った」
拘束輪が砕け散る。
光が爆発した。
ロデムは背後に巨大な影翼を展開し、輪郭そのものが夜の女王みたいに変貌する。
ロプロスの光翼は三対へ増え、空間ごと裂くような鋭さを帯びる。
ポセイドンは全身に蒼い装甲水膜を纏い、海そのものの女神みたいな重厚さをまとっていた。
――トリプル・シンクロ、成立。
――三機、自由意志による再接続を確認。
バビル0世が、初めてわずかに声色を変える。
――理解不能。
――感情による再選択を確認。
――危険度を上方修正。
ロデムが影刃を構える。
「主様。今度は命令ではなく」
「うん」
「お願いしてください」
ロプロスが口元を吊り上げる。
「ちゃんと選びなさいよ、主」
「選んでるよ」
「……それならいい」
ポセイドンが、静かに拳を握る。
「主様。一緒に戦う」
「ああ」
ダイチは頷いた。
「行こう。僕たちの意思で」
そして三人は、要塞中枢のさらに奥――
バビル0世本体の間へ向けて、一斉に駆け出した。




