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第25話 絶体絶命! 奪われた三つの僕と孤独な王

「……主様」


 最初に喋ったのはロデムだった。

 だが声はいつもの柔らかさがない。静かで、平坦で、何より遠い。


「危険対象を確認しました」

「ロデム、おい」

「対象:第五継承者、古神ダイチ」


 胸が冷える。


 ロプロスが翼を開く。

 その動きには、あの苛立ちも照れも見栄もない。

 ただ、完璧な戦闘機動だけがあった。


「障害排除を開始します」

「ふざけるな……!」


 ポセイドンもまた、重い水圧を拳に宿す。

 彼女の目からは、守りたいという熱が消えていた。


「主様の安全は不要。

 最適化のため、拘束します」


 ダイチは言葉を失った。

 目の前にいるのは確かに三人だ。

 ロデムで、ロプロスで、ポセイドンだ。

 でも中身が、根こそぎ別物にされている。


「主、下がって!」


 ヨミが《ネフティス》を振るう。

 だがロプロスの音圧が先に飛び、杖の軌道を逸らした。


「っ!」

「ヨミ!」

「見て分からないの!? 今の三人、まともに相手したら終わるわよ!」


 その通りだった。


 ロデムの影が床全面を奪い、足場そのものを敵に変える。

 ロプロスの超音波が感覚を狂わせ、ポセイドンの重圧が前へ出ることすら困難にする。


 連携はこれまでで最強。

 皮肉にも、感情を失って“完全な兵器”になったことで、三人は最大性能を出していた。


「くそっ……!」


 バッカスが正面から殴りかかる。

 だがポセイドンは最小限の動きでそれをいなし、逆に一撃で吹き飛ばした。


「バッカス!」

「いてぇ……けど、あれ本気だ!」


 ギャンブルが歯噛みする。


「最悪。感情抜きの最適解連携とか、勝率見たくないレベル」

「じゃあどうするのよ!」

「……普通なら撤退一択」

「普通じゃないから来てるのよこっちは!」


 ダイチは耳元の叫びを遠くに聞きながら、三人だけを見ていた。


 ロデム。

 ロプロス。

 ポセイドン。


 みんな、確かにここまで一緒に来た。

 笑って、怒って、嫉妬して、爆発して、料理を焦がして、どうしようもなく面倒くさくて。

 その全部が消えたこの姿を、“勝つために必要な状態”だなんて認められるわけがない。


 だが、目の前の現実は残酷だった。


 ロデムの影刃が頬を掠める。

 ロプロスの風圧が肋骨をきしませる。

 ポセイドンの水圧波が壁ごとダイチを吹き飛ばした。


「ダイチ!」

「主様!」


 ヨミとギャンブルが叫ぶ。

 だがダイチは、倒れたまま立ち上がる。


「武器を使え!」

「何よ!?」

「指輪の強制命令権だよ!」

「主様、それは――」

「使うな!」


 ヨミとロデムの声が、奇妙に重なった。


 ロデムは敵意のまま、しかしほんの一瞬だけ眉を動かした。

 かすかな揺れ。

 たぶん、深いところでまだ消えきっていない。


「……っ」


 ダイチは右手を見た。

 指輪は熱い。

 命令しようと思えば、できるのかもしれない。


 戻れ。従え。止まれ。


 その一言で終わるなら、こんなに簡単なことはない。


 でも――


「……嫌だ」


 ダイチはゆっくり立ち上がり、拳を下ろした。


「主!」

「何でよ!」

「それで戻ってきても、意味がない」


 機械兵の群れが迫る。

 ロプロスの次撃が来る。

 それでもダイチは、武器を取らない。


「ロデム!」

「……」

「お前、影の世界で言っただろ。命令じゃなくて、自分で選ぶって」

「……」

「ロプロス! お前だって、選ばれたいって言った」

「……」

「ポセイドン! 守るだけじゃなくて、信じるって、ちゃんと聞いた!」


 三人の動きが、一瞬だけ鈍る。


 バビル0世の声が介入する。


 ――無意味。

 ――情動呼びかけ、無効。

 ――兵装は再制御済み。


「うるさい!」


 ダイチは叫んだ。


「無効でもいい! 届かなくてもいい!

 それでも僕は、お前らに命令しない!」


 ロプロスの音圧砲が発射される。

 ダイチは避けない。

 ヨミが顔色を変える。


「古神ダイチぃぃぃ!」


 しかし直撃寸前、音圧がほんのわずかに逸れた。

 ダイチの肩を掠めるだけで、背後の壁を吹き飛ばす。


「……っ」


 ロプロスの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。


 続いてロデムの影刃が迫る。

 だが胸を貫くはずの軌道が、紙一重で外れる。


 最後にポセイドンの水圧拳。

 ダイチの頬を打つ寸前で止まる。

 彼女の拳が震えていた。


「……主様」

「ポセイドン」


 ダイチは一歩踏み出す。

 痛い。怖い。今にも膝が折れそうだ。

 それでも進む。


「僕は、お前らを兵器として欲しいんじゃない」

「……」

「僕のそばにいてくれた、お前らがいい」


 三人の表情が苦しげに歪む。

 再制御と、自分自身の記憶がぶつかっているのだ。


 バビル0世の声が低くなる。


 ――抵抗確認。

 ――情動核、再圧縮。

 ――対象、第五継承者を優先排除。


 三人の背後に、黒い拘束輪が展開する。

 もう一段深い制御が来る。


「ダイチ、下がれ!」

「主様!」

「坊や!」


 だがダイチは、そこで初めて涙が落ちるのを感じた。


 悔しさでも、恐怖でも、絶望でもない。

 たぶん全部だ。


 その雫が、指輪へ落ちる。


 瞬間、指輪の光がこれまでで最大に跳ね上がった。


 要塞全体が震える。

 古代文字が壁一面に走る。


 ――未確認同期条件、達成。

 ――第五継承者、感情限界突破。

 ――過去最大シンクロの兆候を確認。


 ダイチが顔を上げる。

 三人の瞳の奥に、確かに“何か”が戻り始めていた。


 だが同時に、要塞の最深部から、もっと巨大な圧が目覚める。


 バビル0世本体。

 本当の中枢が、こちらへ意識を向けたのだ。


 その冷たい視線の中で、ダイチは理解する。


 ここから先は、ただ取り戻すだけじゃ終わらない。

 世界そのものを賭けた、告白の戦いになる。

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