第24話 浮上! 最終要塞バビル0世と絶望の軍勢
朝、海が割れた。
文字通りだった。
街の沖合、水平線の先で、海面が左右へ押し広げられ、巨大な黒い構造体がゆっくりと浮上してくる。
雲を突き破るほど高い外殻。円環状に幾重も重なる防壁。無数の砲門。中心で脈打つ、赤黒い核。
「……でかすぎるだろ」
「本体です」
「趣味悪っ」
「悪の美学がまるでないわね」
古神家の屋根の上で、全員がその異様な要塞を見上げていた。
バビル0世。
これが、感情を消す世界の本体。
上空に機械音声が響く。
――人類へ通告。
――これより情動管理プロトコルを実行。
――抵抗は非合理とみなす。
「うるさいわね!」
最初に飛び出したのはロプロスだった。
銀の翼が大きく開き、彼女は超音速で空へ駆け上がる。
「主! 道を開ける!」
「無茶するなよ!」
「今さらでしょ!」
光の尾が要塞外殻へ突き刺さり、最外周の自動迎撃砲台が一斉に爆ぜる。
同時にポセイドンが海岸線から水柱を巻き上げ、海そのものを巨大な槍へ変えて射出した。
「主様、進路確保」
「派手すぎる!」
ロデムの影がダイチの足元から広がり、即席の影回廊を作る。
ギャンブルは戦術端末を片手に叫ぶ。
「右三番ゲート、今だけ薄い! 坊や、そこ突っ込む!」
「了解! ヨミ!」
「言われなくても!」
ダイチとヨミが並んで走る。
指輪と《ネフティス》が共鳴し、要塞外殻の古代認証を一時的にこじ開ける。
バッカスは後方から機械兵を薙ぎ倒し、ジュピターは臨時作成した撹乱装置をばら撒く。
まさしく総力戦だった。
要塞内部へ侵入すると、そこは機械の都市だった。
白と黒の長い通路。
感情のない照明。
規則正しく動く無人兵群。
「うわ、ここだけ空気が死んでる」
「主様、気をつけて。感情波が薄い場所です」
「薄い?」
「長くいると、自分の感覚まで削られます」
その警告どおりだった。
進めば進むほど、怒りも焦りも、少しずつ輪郭がぼやけていく。
ダイチは拳を握り、必死に自分を繋ぎ止める。
「みんな、声出してけ! 黙ると持ってかれる!」
「坊や、それ脳筋っぽいけど正解!」
「うるさい! でも助かる!」
ロプロスが上空区画を制圧し、ポセイドンが重装兵群を押し流し、ロデムが死角から制御盤を落とす。
連携はこれまでで一番噛み合っていた。
だが中枢へ近づいた時、通路の先の扉が自動で開く。
そこに待っていたのは、巨大なホログラムだった。
白い長髪の男。
無表情。
冷たい瞳。
だがその顔立ちには、どこかダイチやヨミに通じる面影がある。
「……バビル1世?」
「違う」
ヨミが即座に否定した。
「あれは記録。しかも、絶望した時点の」
ホログラムの男が、静かに口を開く。
『私は失敗した』
『感情を持つ人類を信じ、兵器に意志を許し、結果として文明を崩壊させた』
『ゆえに次代へ告ぐ。二度と同じ轍を踏むな』
ダイチの喉が乾く。
『命令せよ。管理せよ。感情を縛れ。
さもなくば、再び滅びる』
「……嘘だろ」
ダイチは思わず呟いた。
これまで積み上げてきたものを、真正面から否定するような遺言だった。
ロデムの顔から色が消え、ロプロスの翼が揺れ、ポセイドンは硬く拳を握る。
しもべたちにとっては、創造主の最後の言葉だ。
「主様……」
「ロデム」
「もし、これが本当に正しいなら」
「ロプロス」
「私たちが意志を持つこと自体が、また滅びを」
「ポセイドン……」
その隙を待っていたみたいに、床下の回路が黒く脈動した。
「主様、下がって!」
だが遅い。
黒い結晶波が三人の足元から噴き上がり、ロデム、ロプロス、ポセイドンを一気に呑み込む。
「っ!?」
「ロデム!」
「ロプロス!」
「ポセイドン!」
三人が苦しげに声を漏らす。
翼が濁る。影が乱れる。水圧が暴れる。
バビル0世の声が、要塞全体に響いた。
――観測完了。
――三機の情動核、脆弱点確認。
――創造主の後悔を入力。
――再制御を開始。
「やめろぉぉぉっ!」
ダイチが踏み出そうとした瞬間、壁面から無数の機械兵が噴き出し、進路を塞ぐ。
ロプロスが、ゆっくりこちらを振り向いた。
その瞳は、白かった。




