第23話 決戦前夜! ギャンブルの最後のカツアゲ
その夜、古神家は妙に静かだった。
無感情波動の中継端末は一時的に排除した。
だが誰も、これで終わりだとは思っていない。
海の向こうで脈打つ巨大な反応は、むしろこちらを誘っているようだった。
「……嵐の前って感じだな」
ダイチが呟くと、ロデムが湯のみを差し出す。
「主様。あたたかいものを」
「ありがと」
リビングには全員いた。
だが、いつもの騒がしさは半分以下だ。
ロプロスは窓際で翼を整備し、ポセイドンは静かに武装の点検をしている。
ヨミは《ネフティス》の古代文字を読み直し、ジュピターは制御盤の解析を止めない。
バッカスは珍しく筋トレをせず、ギャンブルだけが、ふらりとダイチの前へやってきた。
「坊や、ちょっといい?」
「ん?」
「部屋、借りる」
その言い方が妙に軽くて、逆に重かった。
ダイチの部屋に入るなり、ギャンブルはベッドに腰掛けた。
いつもなら勝手にくつろぐなと言うところだが、今日は言えなかった。
「何だよ、改まって」
「カツアゲ」
「は?」
「最後の」
彼女は笑う。
だがその笑い方は、いつもの軽薄なものではなかった。
「金でも飯でもなくてさ、今回は約束が欲しいの」
「約束?」
「うん」
ギャンブルは指先でベッドのシーツをなぞりながら、少しだけ目を伏せる。
「明日、たぶんアタシまた無茶する」
「だろうな」
「止める?」
「必要なら止める」
「優しいね」
「普通だろ」
「坊やの普通はだいぶ変」
沈黙が落ちる。
廊下の向こうから、誰かが聞き耳を立てている気配がする。ロプロスかヨミか、あるいは両方だろう。気にしないことにした。
ギャンブルがぽつりと言った。
「アタシ、昔からさ。
勝つ瞬間より、“まだ逆転できるかも”って瞬間が一番好きだったの」
「……」
「だってその間は、自分が空っぽじゃないって思えるから」
「またそれ言うんだな」
「本当のことだもん」
彼女は顔を上げる。
「でも、今はちょっと違う。
坊やたち見てると、逆転って一人でやるもんじゃないのかもって思う」
「やっと気づいたか」
「うわ、上から」
「冗談だよ」
「知ってる」
少しだけ笑ってから、彼女は急に身を乗り出した。
「だから約束」
「何を」
「アタシが明日、やらかしても」
「うん」
「ちゃんと連れ戻して」
ダイチは眉を寄せる。
「そんなの、当たり前だろ」
「……そう言うと思った」
ギャンブルは目を細めた。
そのまま、からかうみたいに唇を開く。
「勝って帰ったら、本物のオトナのキス、教えてあげよっか♡」
「雰囲気ぶち壊すな!」
「だって重くなりすぎるとアタシに似合わないし」
「そういうとこだぞ」
だが、その軽口のあとで、彼女は小さく続けた。
「……でも半分、本気」
ダイチは返事に困り、頬をかいた。
「その手の約束、軽々しく言うなよ」
「軽くしてるんじゃないの」
「え?」
「重いのがバレるの、恥ずかしいだけ」
その一言は、冗談じゃなかった。
ギャンブルは立ち上がると、ダイチの胸元を指で軽くつついた。
「坊や。明日、負けないでよ」
「そっちこそ」
「アタシは負けても戻る。そういう約束でしょ?」
「……ああ」
彼女が部屋を出る直前、入れ違いみたいにロデムが顔を出した。
その後ろにはロプロスとヨミの気配もある。やはり聞いていたらしい。
「主様」
「何?」
「全員、少しずつ約束を交わしています」
「約束?」
「はい。明日へ向けた、鍵のようなものです」
言われてみれば、その通りだった。
ロデムは“隣にいる”と。
ロプロスは“選ばれたい”と。
ポセイドンは“守るだけじゃなく信じる”と。
ヨミは“呑まれずに戦う”と。
ギャンブルは“やらかしても戻る”と。
バッカスも、ジュピターも、整備班もきっと何かを決めている。
「……それが最終兵器の鍵になるかもしれません」
「何の」
「全員の意志を、主様の指輪が束ねる鍵です」
ダイチはしばらく黙り、それから小さく頷いた。
「だったら、明日ちゃんと回収しないとな」
「主様らしいです」
「褒めてる?」
「最上級に」
その夜、ダイチが眠りに落ちる直前、指輪が淡く光った。
頭の中へ流れ込む機械音声は、どこか切迫していた。
――感情保持者、七。
――約束座標、記録。
――最終兵器起動条件、充足率上昇。
そして最後に、一文だけ。
“浮上まで、残りわずか。”




