第22話 心が冷たくなる世界で、僕が君を抱きしめる
落下してきた光点は、街の上空で一斉に形を変えた。
白く小さな球体。
羽虫みたいに無数で、音もなく漂っている。
だがその一つひとつが、淡い波動を周囲へ撒き散らしていた。
「中継端末!」
「やっかいね、数が多すぎる!」
ロプロスが上空へ飛び、風刃で球体群を切り裂く。
だが壊した端から、淡い波動だけは街へ降っていく。
ポセイドンが水壁を展開し、主要道路を覆う。
ロデムは影を広げ、端末の死角を取って落としていく。
ヨミは《ネフティス》を振るい、黒い粒子で感応波形を相殺する。
だが、街全体を守るには足りない。
「ギャンブル! 中継点読めるか!?」
「読んでる! でも散らし方がいやらしい。
完全制圧じゃなくて、“ちょっとずつ冷ます”配置だ」
「性格悪いな……!」
その時、ヨミが急にふらついた。
「ヨミ?」
「平気……」
そう言いながらも、顔色が悪い。
《ネフティス》の先端が明滅し、彼女の瞳から感情の色が抜けていく。
「ロデム!」
「無感情波動が直接入っています!」
「そんな、何でヨミだけ」
「血統共鳴です!」
ジュピターが叫ぶ。
「ヨミ様の系譜は、0世側の管理思想とも繋がってる!
波動を受けると他の人より深く浸透するんです!」
ヨミは歯を食いしばり、杖を握る。
だが次に顔を上げた時、その目はひどく静かだった。
「……騒がしいわね」
「ヨミ?」
「こんな非効率な戦い方、意味がない」
「おい」
「中継端末を落とすより、波動源だけ生かして他を切り捨てた方が早い。
街の何割かが感情を失っても、全滅より合理的でしょう」
ダイチの背筋が冷える。
それは確かに“正しい”のかもしれない。
だが、それを言うヨミの声には、いつもの怒りも、悔しさも、揺らぎもない。
「ヨミ、戻れ」
「戻る必要はないわ。これなら迷わない」
「迷わないのが、お前だと思うか?」
「……」
その隙に、上空のロプロスが苦しげな声を漏らした。
「っ……!」
風刃の軌道が乱れる。
翼の光が一瞬だけ白く濁り、彼女もまた高度を落とす。
「ロプロス!?」
「主……うるさい」
「は?」
「胸が、何も騒がない。
他の女と話してても、別に……何とも……」
彼女自身が、一番怯えた顔をしていた。
自分の嫉妬を煩わしいと思っていたはずなのに、それが消えた瞬間、ロプロスの“らしさ”そのものが削れていく。
ダイチは迷わず走った。
「ダイチ!」
「ロプロスを頼む! ヨミは僕が!」
ロプロスが落下してくる。
ダイチはその真下へ飛び込み、両腕を広げた。重み。衝撃。だが今度はちゃんと受け止める。
「主……」
「聞こえるか」
「……別に」
「別に、じゃない」
「何も、苦しくない」
「それがおかしいんだよ!」
ロプロスの肩を掴む。
彼女の体温がいつもより低い気がした。
「お前は苦しがっていい。嫉妬していい。面倒くさくていい」
「……」
「そのままの方が、お前らしい」
ロプロスは焦点の合わない目でダイチを見上げていたが、やがて少しずつ、唇が震えた。
「……主が、他の女と近いと」
「うん」
「嫌」
「知ってる」
「すごく嫌」
「うん」
「でも……今、嫌じゃなくなるの、もっと嫌」
その瞬間、翼の光が戻る。
ロプロスが自分からダイチの胸ぐらを掴んだ。
「ちゃんと見なさいよ、馬鹿!」
完全復帰。
ダイチは心底ほっとしたが、同時にもう一方の危機を思い出す。
「ヨミ!」
彼女は道路の真ん中に立ち尽くし、淡々と中継端末へ杖を向けていた。
狙いは撃墜ではない。波動の“最適利用”。
このままでは本当に、街の一部を切り捨てる指揮に入る。
「ヨミ、やめろ!」
「古神ダイチ。感情はノイズよ。
迷うから遅れる。遅れるから守れない」
その言葉は、14話で垣間見た“残留思考”に近い。
完全に呑まれてはいない。だが半歩踏み込めば、戻れないところまで行く。
「……くそっ」
理屈じゃ追いつかない。
だからダイチは、考えるより先に動いた。
ヨミの腕を掴み、引き寄せ、そのまま強く抱きしめる。
「な――」
「戻れ」
「離しなさい」
「嫌だ」
「離しなさい!」
「嫌だ!」
ヨミが杖を落としかける。
彼女の身体は硬かった。だが完全には拒絶しきれていない。
「お前、昨日まであんなに怒ってただろ」
「……」
「負けたくないとか、悔しいとか、腹立つとか、面倒くさいとか」
「……」
「その全部が、お前だろ」
「そんなの……」
「消えるな」
ヨミの呼吸が乱れる。
指輪と《ネフティス》が同時に強く発光し、二人の間に、これまでの記憶の断片が一気に流れ込んだ。
焼きそばパン。
図書館。
基地崩壊。
くだらない言い争い。
負けたくない顔。
ヨミの肩が、ようやく震えた。
「……っ、ずるい」
「うん」
「こういう時だけ、真っ直ぐ来るの」
「うん」
「本当に、嫌」
「それでも戻ってこい」
「……命令?」
「違う。お願い」
数秒の沈黙。
そしてヨミは、ダイチの制服をぎゅっと掴んだ。
「……戻るわよ、馬鹿」
その瞬間、《ネフティス》から黒い濁りが抜ける。
彼女の瞳に、いつもの苛立ちと熱が戻った。
「遅いのよ、古神ダイチ!」
「戻って一秒で文句かよ!」
「当然でしょ! さっさと中継端末を全部落とすわ!」
完全復帰である。
上空ではロプロスも風を取り戻し、ロデムとポセイドンの連携が一気に噛み合う。
中継端末は次々に落ち、街に降る波動も薄れていった。
戦闘が終わったあと、ヨミは顔を真っ赤にしたまま言った。
「……今のはノーカウントよ」
「何が」
「抱きしめた件に決まってるでしょ!」
「いやあれ緊急避難だろ」
「ロプロスの方は?」
「え」
「そっちは自然に受け止めてたじゃない!」
「比較対象おかしいな!?」
修羅場が再燃しそうになったが、その時、ジュピターが震える声で報告した。
「だ、大変です……」
「今度は何」
「指輪の反応解析、終わりました。
古神くんの能力、《バベル・シンクロ》の本質です」
彼女は端末画面を見せる。
そこには古代文字で、こう記されていた。
“絶対無敵の愛の波動”
全員が黙った。
「……何?」
「ネーミングセンス昭和か?」
「でも、内容はたぶん本物です」
ジュピターは真顔だった。
「この能力、感情を押しつけるものじゃない。
相手の記憶と痛みを共有したうえで、相手が自分で選ぶ時だけ最大出力が出る」
ダイチは思わず自分の右手を見つめた。
「つまり僕は……」
「“命令できない継承者”じゃなくて、“命令しないから強い継承者”なんだと思います」
ヨミが小さく息を呑む。
その時、遠い海の向こうから、低い振動が響いた。
地面そのものが、目を覚ますみたいに。




