↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/30

第21話 修羅場1000%! 一つ屋根の下の乙女戦争

 古神家の朝は、戦場である。


「主様、おはようございます。寝癖、一本だけ跳ねています」

「主、朝の支度は私が先」

「主様、朝食はできた」

「どきなさい三人とも! 今日は私が弁当を――」

「ヨミ様、それさっき砂糖と塩を逆に」

「言うなぁぁぁ!」


 ダイチは布団の中で、目を閉じたまま思った。

 もう少しだけ寝たふりをしていたい。


 だがそんなささやかな願いを、この家の住人たちが許すはずもない。


 襖が開く。

 ロデムが静かに入ってくる。

 その直後にロプロスが「抜け駆けはなしよ!」と飛び込み、さらにポセイドンが「主様、起きる時間」と容赦なく布団を剥ぐ。


「うおっ、寒っ!」

「主様、今日の一番乗りは私です」

「いや布団剥がしたの私なんだけど」

「起こしたのは私」

「三者三様に恩着せがましいな!?」


 廊下の向こうでは、ギャンブルがなぜか朝から缶コーヒーを片手に実況している。


「さあ本日の正妻レース、トップはロデム選手かー?」

「実況するな」

「坊や、こういうのは客観視が大事なんだって」

「どこに客観性があるんだよ!」


 台所ではヨミとジュピターが弁当箱をめぐって揉め、バッカスは「朝飯前に百回!」と腕立てを始め、整備班の子たちは半分引きながらももう慣れていた。


 カオス。

 完全にカオスである。


 だがその騒がしさの中で、ダイチはふと違和感を覚えた。


「……あれ?」


 食卓についてからも、何かが引っかかっていた。

 ロデムの味噌汁。ロプロスの焼きたてトースト。ポセイドンの大盛り卵焼き。ヨミの“絶対リベンジするんだから”が乗った焦げてない弁当用おかず。


 全部、ちゃんといつも通りだ。


 なのに、窓の外の景色だけが妙に静かだった。


「主様?」

「外、静かすぎないか」

「……確かに」


 ロデムが視線を向ける。

 朝の通学路なら、学生、自転車、車の音、近所のおばさんの立ち話くらいはあって当然だ。


 だが今、聞こえるのは風の音だけだった。


 ダイチは玄関を開け、外へ出る。

 すると、向かいの家の前で若い男女が向かい合って立っていた。恋人同士だろう。だが、表情がない。


「……別れよう」

「そうだね」

「理由は?」

「特にない」

「分かった」


 そのまま二人は、驚くほど平坦に背を向けた。


 ぞっとする。


「おい、待っ――」

「主様、ダメです」


 ロデムが腕を掴んだ。

 彼女の声はいつになく硬い。


「もう始まっています。無感情波動の侵食が」

「でも、あれじゃ……」

「ええ。喧嘩もしない。泣きもしない。傷つきもしない。

 その代わり、誰も誰かに執着しなくなる」


 ロプロスが歯噛みする。


「最悪ね。失恋よりずっと気持ち悪い」

「だな……」


 その時、玄関先にヨミたちも出てきた。

 ギャンブルは珍しく笑っていない。


「昨日より濃い。街全体に広がってる」

「中継点が近いのね」

「どこから?」

「たぶん――」


 ヨミが言いかけた瞬間、通学路の角から一人の少女が歩いてきた。

 クラスメイトの朝比奈だ。よくダイチに「また巻き込まれてるの?」と呆れていた、あの。


「朝比奈!」

「……古神くん」


 彼女は立ち止まる。

 だが、いつもの気安さがない。声にも抑揚がない。


「学校、行く?」

「ああ。お前は?」

「別に、どっちでも」

「どっちでもって……」

「楽しくもつまらなくもないし。必要なら行く」


 ダイチは言葉を失った。


 朝比奈はたぶん、完全に侵食されきっているわけじゃない。

 でも確実に、“心の動き”が薄れている。


「……古神くん」

「ん?」

「あなた、今、少し変な顔してる」

「変な顔?」

「困ってる顔。前はそういうの、うるさいと思ってたけど」

「……」

「今は、どうでもいい」


 彼女はそれだけ言って、歩き去った。


 背中が遠ざかる。

 ダイチの胸の奥で、何かが冷たく沈んだ。


「ダイチ」

「……分かってる」


 ヨミの声に、ダイチは小さく頷く。


「これ、放っておいたら街ごと死ぬ」

「肉体じゃなくてもね」

「うん。たぶんその方が、もっと悪い」


 だがその決意を嘲笑うみたいに、古神家の中から再び怒鳴り声が響いた。


「主様のお弁当箱は私が包みます!」

「ちょっと、それ私が選んだナプキンよ!」

「主様、卵焼き追加」

「ヨミ様、その箸箱は整備班の備品――」

「違うわよ、これはたまたま転用しただけで!」


 ダイチは思わず振り返る。

 騒がしい。うるさい。面倒くさい。


 でも、だからこそ強く思った。


「……これ、絶対に消させない」


 その瞬間、指輪が光る。

 頭の中に、機械音声。


 ――感情高密度区域、確認。

 ――無感情化対象として優先指定。

 ――中継端末、投下開始。


 ダイチが空を見上げる。

 黒い雲の裂け目から、無数の光点が落ちてきていた。


「全員、戦闘準備!」


 朝の食卓から、そのまま街防衛戦が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。