第21話 修羅場1000%! 一つ屋根の下の乙女戦争
古神家の朝は、戦場である。
「主様、おはようございます。寝癖、一本だけ跳ねています」
「主、朝の支度は私が先」
「主様、朝食はできた」
「どきなさい三人とも! 今日は私が弁当を――」
「ヨミ様、それさっき砂糖と塩を逆に」
「言うなぁぁぁ!」
ダイチは布団の中で、目を閉じたまま思った。
もう少しだけ寝たふりをしていたい。
だがそんなささやかな願いを、この家の住人たちが許すはずもない。
襖が開く。
ロデムが静かに入ってくる。
その直後にロプロスが「抜け駆けはなしよ!」と飛び込み、さらにポセイドンが「主様、起きる時間」と容赦なく布団を剥ぐ。
「うおっ、寒っ!」
「主様、今日の一番乗りは私です」
「いや布団剥がしたの私なんだけど」
「起こしたのは私」
「三者三様に恩着せがましいな!?」
廊下の向こうでは、ギャンブルがなぜか朝から缶コーヒーを片手に実況している。
「さあ本日の正妻レース、トップはロデム選手かー?」
「実況するな」
「坊や、こういうのは客観視が大事なんだって」
「どこに客観性があるんだよ!」
台所ではヨミとジュピターが弁当箱をめぐって揉め、バッカスは「朝飯前に百回!」と腕立てを始め、整備班の子たちは半分引きながらももう慣れていた。
カオス。
完全にカオスである。
だがその騒がしさの中で、ダイチはふと違和感を覚えた。
「……あれ?」
食卓についてからも、何かが引っかかっていた。
ロデムの味噌汁。ロプロスの焼きたてトースト。ポセイドンの大盛り卵焼き。ヨミの“絶対リベンジするんだから”が乗った焦げてない弁当用おかず。
全部、ちゃんといつも通りだ。
なのに、窓の外の景色だけが妙に静かだった。
「主様?」
「外、静かすぎないか」
「……確かに」
ロデムが視線を向ける。
朝の通学路なら、学生、自転車、車の音、近所のおばさんの立ち話くらいはあって当然だ。
だが今、聞こえるのは風の音だけだった。
ダイチは玄関を開け、外へ出る。
すると、向かいの家の前で若い男女が向かい合って立っていた。恋人同士だろう。だが、表情がない。
「……別れよう」
「そうだね」
「理由は?」
「特にない」
「分かった」
そのまま二人は、驚くほど平坦に背を向けた。
ぞっとする。
「おい、待っ――」
「主様、ダメです」
ロデムが腕を掴んだ。
彼女の声はいつになく硬い。
「もう始まっています。無感情波動の侵食が」
「でも、あれじゃ……」
「ええ。喧嘩もしない。泣きもしない。傷つきもしない。
その代わり、誰も誰かに執着しなくなる」
ロプロスが歯噛みする。
「最悪ね。失恋よりずっと気持ち悪い」
「だな……」
その時、玄関先にヨミたちも出てきた。
ギャンブルは珍しく笑っていない。
「昨日より濃い。街全体に広がってる」
「中継点が近いのね」
「どこから?」
「たぶん――」
ヨミが言いかけた瞬間、通学路の角から一人の少女が歩いてきた。
クラスメイトの朝比奈だ。よくダイチに「また巻き込まれてるの?」と呆れていた、あの。
「朝比奈!」
「……古神くん」
彼女は立ち止まる。
だが、いつもの気安さがない。声にも抑揚がない。
「学校、行く?」
「ああ。お前は?」
「別に、どっちでも」
「どっちでもって……」
「楽しくもつまらなくもないし。必要なら行く」
ダイチは言葉を失った。
朝比奈はたぶん、完全に侵食されきっているわけじゃない。
でも確実に、“心の動き”が薄れている。
「……古神くん」
「ん?」
「あなた、今、少し変な顔してる」
「変な顔?」
「困ってる顔。前はそういうの、うるさいと思ってたけど」
「……」
「今は、どうでもいい」
彼女はそれだけ言って、歩き去った。
背中が遠ざかる。
ダイチの胸の奥で、何かが冷たく沈んだ。
「ダイチ」
「……分かってる」
ヨミの声に、ダイチは小さく頷く。
「これ、放っておいたら街ごと死ぬ」
「肉体じゃなくてもね」
「うん。たぶんその方が、もっと悪い」
だがその決意を嘲笑うみたいに、古神家の中から再び怒鳴り声が響いた。
「主様のお弁当箱は私が包みます!」
「ちょっと、それ私が選んだナプキンよ!」
「主様、卵焼き追加」
「ヨミ様、その箸箱は整備班の備品――」
「違うわよ、これはたまたま転用しただけで!」
ダイチは思わず振り返る。
騒がしい。うるさい。面倒くさい。
でも、だからこそ強く思った。
「……これ、絶対に消させない」
その瞬間、指輪が光る。
頭の中に、機械音声。
――感情高密度区域、確認。
――無感情化対象として優先指定。
――中継端末、投下開始。
ダイチが空を見上げる。
黒い雲の裂け目から、無数の光点が落ちてきていた。
「全員、戦闘準備!」
朝の食卓から、そのまま街防衛戦が始まった。




