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第2話 空からツンデレが降ってきたので、受け止めたら殺されかけた

「どっちが必要?」


 そんな人生最大級に重い質問を、校庭のど真ん中で、初対面の銀髪美少女に突きつけられる日が来るとは思わなかった。


「いや知らないし! 今日会ったばっかだし!」

「ふざけないで。これは重要事項よ」

「重要事項の定義が狂ってる!」

「主様、私は第一です」

「番号の話をしてない!」


 ロデムが無表情のままダイチの右腕へ抱きつく。柔らかい感触とひんやりした体温が同時に伝わってきて、心臓に悪い。対するロプロスは空中で目を吊り上げ、背中の光翼をわずかに広げた。


「へえ。そういうやり方?」

「効率的です」

「性格まで湿っぽいのね、影女!」


 空気がぴりつく。いや、空気どころではない。校庭の砂が浮き、窓ガラスが微細に振動を始めた。ダイチは青ざめる。


「ちょっと待って。ケンカするならせめて人のいないとこ――」

「主様、下がって」

「主、黙ってて」


 言うことが真逆なのに、命令口調だけ一致しているのがまた腹立たしい。


 次の瞬間、ロプロスが急加速した。


 白銀の軌跡が一直線にロデムへ突っ込む。ロデムは影へ溶けるように消え、地面を滑る黒線となって回避。衝突した衝撃で校庭の真ん中にクレーターができた。


「うわあああっ!?」

「主様に近づきすぎ」

「そっちこそ勝手に触りすぎなのよ!」


 教員も生徒も、認識阻害のせいか、何が起きているのか上手く把握できていないらしい。なのに物理的被害だけはしっかり出ている。ひどい。とてもひどい。


 ダイチは頭を抱えた。


「なんでこうなるんだよ……!」

「主様が魅力的だからです」

「理由になってない!」

「勘違いしないで。私はただ、継承者の性能確認をしてるだけ」

「今それ言うの逆に苦しいぞ!?」


 ロプロスがぴくっと眉を跳ね上げた。


「……苦しい?」

「あ」


 しまった、と思った時には遅い。ロプロスは頬を真っ赤にして、高度を上げた。


「べ、別に苦しくなんかない! あんたごときに何とも思ってないし!」

「思ってない人は顔真っ赤にしないんだよ!」

「うるさい! 死ねって意味じゃなくて黙れって意味で黙りなさい!」


 語彙が危険すぎる。


 その時、不意にダイチの指輪がまた熱を持った。視界の隅に、数値みたいなものが走る。高度、風速、振動――いや、違う。これはロプロスの機体情報、いや人体情報なのか。


「……え?」


 ダイチが混乱している間に、ロプロスの周囲の空気が捩じれた。超音波。耳には聞こえないのに、骨の奥がびりびり震える。窓ガラスが一斉に砕け散った。


「まずい!」


 ロデムが即座に影の膜を張り、校舎側を防ぐ。それでも衝撃波は止まらない。ロプロス自身も苦しそうに肩を震わせていた。怒りと恥ずかしさで出力制御が乱れているのだ。


「ロプロス!」

「来ないで! 私は平気――っ」


 平気な顔じゃない。ダイチは駆け出していた。


 影の膜をすり抜け、衝撃波の中心へ。足が重い。空気が壁みたいだ。それでも進む。空中で体勢を崩したロプロスが、こちらへ落ちてきた。


「ば、バカ! 避け――」


 避けられなかった。


 というより、避ける気がなかった。


 ダイチは両腕を広げ、ほとんど落下物みたいな勢いのロプロスを受け止める。凄まじい衝撃で二人そろって地面を転がった。背中が痛い。肺の空気が全部抜ける。


「っ……いってぇ……」

「な、なんで……」

「なんでって、落ちてきたから」

「もっと他に言い方あるでしょ!?」


 ロプロスはダイチの胸の上で顔を真っ赤にした。近い。近いし軽く羽根が顔に当たってくすぐったい。けれど、さっきまで暴走していた超音波はぴたりと止まっていた。


 ダイチは息を整えながら言う。


「性能確認とか、継承者がどうとか、そういうのは後でいい。まずは自分のこと、ちゃんとしてくれ」

「自分の、こと」

「苦しいのに平気なフリすんな。見てて分かる」

「……っ」


 ロプロスは何か言い返そうとして、結局できずに視線を逸らした。


「……本当に、期待外れ」

「え」

「もっと傲慢で、命令ばっかする嫌な奴かと思ってたのに」

「知らないうちにひどい想像されてたな、僕」

「でも……」


 ロプロスがほんのわずかにダイチの制服を握る。


「受け止めるのは、反則じゃない」


 その声は小さすぎて、風の音に消えそうだった。


 だが甘い空気が流れたのも束の間、校庭の端で爆発が起きた。新たな無人機が二機、低空から侵入してきたのだ。先ほどの機体より細い。代わりに速度が異常に速い。


「追撃……!?」

「主様、下がって」

「ロプロス、飛べる?」

「当然でしょ……って言いたいけど、今はちょっと無理」


 だったら、とダイチは咄嗟に言った。


「ロデム、動きを止めて! ロプロス、止まった瞬間に叩ける?」

「……命令?」

「違う。頼んでる」

「っ……できるわよ、それくらい!」


 ロデムの影が地面を走る。高速機の一機がそれを回避しようと上昇した瞬間、ロプロスがダイチの腕を借りて跳んだ。まだ完全には飛べない。それでも、銀の髪をなびかせて空へ蹴り上がる姿は、美しかった。


「――どきなさいっ!」


 光翼の刃が閃く。一機、撃墜。


 もう一機は反転し、校舎上から校庭へエネルギー弾を投下した。着弾すれば、避難しきれていない生徒たちに直撃する。


「間に合わ――」

「主様」


 ロデムが一歩前へ出た。


「少しだけ、触れてください」

「え?」

「同調率を上げます」


 意味は分からない。でも迷っている暇はなかった。ダイチがロデムの手を掴んだ瞬間、彼女の影が足元から一気に広がる。視界が黒く染まり、同時にロデムの感覚が流れ込んできた。冷たさ、静けさ、そしてたったひとつの熱――主を守りたい、という強い意志。


「ロデム……!」

「主様の世界は、壊させません」


 巨大な影壁が立ち上がり、落下したエネルギー弾を丸ごと呑み込んだ。爆発の衝撃を吸収し、黒い波紋が広がる。


「今よ!」

「言われなくても!」


 ロプロスが再加速した。さっきより速い。迷いがない。二機目の無人機を真っ二つに切り裂いた直後、その背中の光翼がひときわ大きく輝く。


 戦いは終わった。


 校庭に静寂が戻る。ロプロスは着地するなりふらつき、ロデムは当然のようにダイチの背中側へ回り込む。両手に花、というには命の危険が多すぎる。


「……ありがと、二人とも」

「礼なんて当然です。主様のしもべですから」

「か、勘違いしないで。私は別に、あんたのためじゃ……」


 そこでロプロスがぴたりと止まった。


 空を見上げる。ダイチもつられて視線を上げた。遠く、街の北側。巨大な商業ビル群の向こうで、黒い煙が上がっている。


「何だ、あれ」

「エネルギー反応……妙ね」

「何が?」

「バベル系の結晶波長に近い。でも塔じゃない」


 ロデムが目を細める。


「しかも地点が……娯楽施設街です」

「娯楽施設?」

「ええ。主にゲームセンター、映画館、ショッピングモール。あと」

「あと?」

「大型パチンコ店」

「急に俗!」


 ロプロスが嫌そうに眉を寄せた。


「下品な響きね」

「僕に言われても」


 その時、ダイチの指輪がまた熱を持つ。今度は映像ではなく、言葉だけが脳裏に流れた。


 ――エネルギー結晶、外部起動。

 ――認証キー候補、接近中。


 ダイチは顔をしかめた。


「認証キーって……何の」

「主様?」


 答えるように、遠くの空へ金色の火花が散った。ビルの谷間、巨大なパチンコ店の看板に、なぜか稲妻みたいな光が走っている。


 そして、その入り口へ吸い込まれていく一人の人影が見えた。


 金髪。派手な服。長い脚。やけに目立つ。


 ロデムが警戒した声を出す。


「敵性存在、確認」

「誰だよ、あれ」

「新生ヨミ帝国所属の可能性、大」

「……また増えるのか」

「ええ。しかも相当厄介です」


 ロプロスが吐き捨てるように言った。


「最悪の女よ。金と運と色気で人を振り回す、帝国の疫病神」


 ダイチは乾いた笑いを漏らした。


「まだ二人目なのに、もう胃が痛いんだけど」


 その言葉を嘲笑うように、北の空で金色の閃光が弾ける。看板の巨大液晶に、一瞬だけ見慣れない古代文字が走った。


 それは確かに、ダイチの指輪と同じ文様だった。


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