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第19話 崩壊するヨミ帝国! 貧乏基地からの脱出劇

 ヨミ帝国基地の崩壊は、実に生活感に満ちていた。


 司令室の天井が落ちる。

 カップ麺棚が倒れる。

 非常灯が点滅する。

 なぜか備蓄用のトイレットペーパーだけが大量に転がる。


「逃げるわよ!」

「言われなくても!」

「待ってヨミ様、この通路まだ資産が!」

「三百円単位の資産を拾ってる場合じゃないのよ!」


 全員が全力で走る。

 しかもダイチとヨミはまだ手が貼りついたままなので、動きが最悪だ。


「右!」

「左よ!」

「どっちだよ!」

「知らないわよ、ここ私の基地だけど把握しきれてないの!」

「終わってるな!」


 前方通路が崩落し、ロプロスが風圧で瓦礫を押し上げる。

 別方向の扉は浸水し、ポセイドンが水流を制御して逃げ道を作る。

 ロデムは影に潜って先行し、生存者の位置を拾っていた。


「主様、右区画に取り残された反応三つ」

「ジュピター!」

「は、はい! 整備班の子たちです!」

「行くぞ!」

「は!? 今から!?」


 ヨミが顔を上げる。


「基地の崩落速度を見なさい! 間に合わないかもしれないのよ!」

「だから行くんだろ」

「……っ」


 ダイチは迷わず方向転換した。

 ヨミは一瞬だけ抗議しかけて、結局そのまま引っ張られる形でついてくる。


「貴様、本当に……!」

「悪い、でも」

「分かってるわよ!」


 その返答が来たことに、ダイチは少しだけ笑いそうになった。


 右区画には、崩れた整備室の奥で動けなくなった整備班の少女たちがいた。

 バッカスが一人で瓦礫を持ち上げているが、支えきれない。


「アニキ!」

「遅くなった! ロプロス、上から吊れ!」

「言われなくても!」

「ポセイドン、こっちの壁押さえて!」

「うん!」

「ロデム、暗いところにまだ誰かいるか!?」

「一人、奥に」


 ダイチたちは一気に動いた。

 ロプロスの風で重い鉄骨を浮かせ、ポセイドンの腕力で壁を支え、バッカスが最後の一押しをかける。

 ロデムは影の隙間へ潜り込み、最後の一人を抱えて戻ってきた。


「全員回収!」

「走れ!」


 背後で大崩落。

 通路ごと押し潰される寸前、ギャンブルが非常シャッターを強引に開いた。


「ほら坊や! 遅刻だよ!」

「今ので遅刻判定なのか!?」

「こういうのはギリギリ滑り込みが一番アツいの!」


 結局その軽薄さに、少しだけ救われる。


 だが脱出経路の先、最終エレベーターホールに出たところで、全員が足を止めた。


 中央空間に、黒い球体が浮かんでいたのだ。

 これまでの結晶核とは比べものにならない密度。

 表面で無数の感情波形がちらつき、声にならない声が渦巻いている。


「……あれが」

「バビル0世の端末核……!」


 ジュピターが震える。


 球体から、冷たい声が流れた。


 ――敵味方の区別は無意味。

 ――感情保持者は、全て不安定要素。

 ――よって一括管理を提案する。


「提案じゃねえだろそれ!」

「主様、下がって」


 ロデムが前へ出る。

 だが球体は攻撃せず、ゆっくりと全員を見回した。


 ――第五継承者。

 ――お前は非効率である。

 ――なぜ敵を救う。


 ダイチは息を整えた。

 恐怖はある。だが、今ここで下がるわけにはいかなかった。


「死なせたくないからだ」

 ――非合理。

「そうだな」

 ――損失が増える。

「増えてもいい」

 ――なぜ。

「今ここにいるのが、ただの“敵”じゃないからだ」


 バッカスが、ギャンブルが、ジュピターが、ヨミが、そして三人のしもべが、それぞれ息を呑む気配が伝わった。


「味方とか敵とか、家族とか仲間とか、うまく言えない。でも」

「……」

「切り捨てて正しいふりするのは、もう嫌なんだよ」


 数秒の静寂。


 そのあと、球体がわずかに揺れた。

 まるで理解不能なものを前にした機械の、初めての沈黙だった。


 ――記録。

 ――第五継承者の判断は危険。

 ――ゆえに、観測優先度を最大へ変更。


 次の瞬間、球体は天井を突き破って消えた。

 残された衝撃で、基地の最後の支柱が折れる。


「出るわよおおおお!」


 ヨミの号令で、全員が最終通路へ雪崩れ込む。

 崩れ落ちる廃テーマパークを背に、彼らは外へ転がり出た。


 山肌の夜風。

 背後でヨミ帝国の基地が完全に沈む音。


 しばらく誰も喋れなかった。

 やがてギャンブルが、ひどく乾いた笑いを漏らす。


「……あーあ。アタシんち、なくなっちゃった」

「基地だろ」

「気持ちの問題」


 ヨミは崩れた山を見つめたまま、しばらく無言だった。

 やがて、小さく吐き出す。


「終わったわね」

「ヨミ……」

「帝国ごっこは、ここまで」


 その横顔は、悔しそうで、でもどこか清々しくも見えた。


 だが、終わりではない。


 夜空の高みに、巨大な黒い環が開く。

 その中央から、機械音声が世界へ向けて響いた。


 ――全感情保持者へ告ぐ。

 ――管理システム《バビル0世》、これより地上介入を開始する。


「……宣戦布告かよ」

「ええ」


 ヨミがゆっくりダイチを見る。


「ここから先は、もう私たちだけの問題じゃない」

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