第17話 影の告白! ロデムが隠し続けた千年の孤独
翌日の夕方、ダイチはロデムに連れられて再び影の世界へ入った。
もちろん、まだヨミとは手が貼りついたままだ。
つまり、ヨミも一緒である。
「最悪だわ」
「こっちの台詞だ」
「主様、静かに」
「二人とも、今ちょっと口を閉じて」
影の世界は前よりも広く、前よりも不安定だった。
建物の輪郭が揺れ、足元の黒い床には波紋が絶えず走っている。
まるでロデム自身の内側が、そのまま景色になってしまったみたいだった。
「ここ、前より荒れてないか?」
「はい」
「原因は?」
「私です」
ロデムはまっすぐ前を向いたまま答える。
「黒い結晶の微片が、ずっと中にありました」
「微片?」
「第17話の発覚タイミング早いな……って言いたいところだけど、今それどころじゃなさそうだな」
「メタいこと言ってる場合!?」
ヨミが半泣きで怒鳴る。
ロデムは淡々と続けた。
「私は影を統べるしもべです。でも“何にでもなれる”ということは、“何にでも侵食される”ということでもあった」
「じゃあ、その微片が」
「はい。古代ヨミの核の一部です」
ダイチは息を呑んだ。
「古代ヨミ……」
「正確には、バビル0世側へ傾いた管理核の破片」
「そんなものを中に抱えたまま、今まで……」
「主様のそばにいました」
ロデムがそう言った瞬間、周囲の影が一斉にざわめいた。
地面から、無数のロデムが立ち上がる。
同じ顔、同じ声、同じ黒髪。
だが瞳だけが空っぽだ。
「……な、何これ」
「主様が欲しかった私です」
「違う」
「主様が楽になる私です」
「違うって言ってるだろ」
「主様に従うだけの、便利な私です」
無数のロデムが、一斉に笑う。
ぞっとするほどきれいで、ぞっとするほど空虚な笑みだった。
「……私、ずっと怖かったんです」
本物のロデムだけが、少し震えた声を出した。
「主様は優しいから、きっとどんな私でも受け入れてしまう。だったら私が“私”でいる必要はないんじゃないかって」
「ロデム」
「主様の好きな姿になって、主様の望む言葉だけを言って、主様の邪魔にならない影でいれば、それでいいんじゃないかって」
ダイチは一歩踏み出す。
だが空のロデムたちが道を塞ぐ。
「近づかないでください」
「それ、お前の本音じゃない」
「……っ」
「ロデム、お前はそんな言い方しない」
ロデムの肩が揺れた。
「言います」
「言わない」
「言います」
「言わない!」
ダイチの声が、影の世界へ強く反響した。
「僕は便利な兵器が欲しいんじゃない。何でも言うこと聞く影が欲しいわけでもない。お前がいないと困るんだよ、ロデム」
「……」
「勝手に僕の望みを決めるな」
その時、ヨミがぽつりと言った。
「……貴方、本当にそういうところなのよ」
「え?」
「その言い方、ずるいって言ってるの」
貼りついた手越しに、ヨミの熱が少しだけ伝わる。
彼女はロデムを見て、そっぽを向いたまま続けた。
「でも、ロデム。分かるわよ。役割だけ与えられて、中身を持つのが怖いのは」
「ヨミ……」
「私は支配者をやってるけど、時々、自分が“支配者らしい顔”をしてるだけで空っぽなんじゃないかって思う」
「……」
「でも、それでも腹が立つとか、怖いとか、悔しいとか、そういうのが残ってるなら、まだ空っぽじゃない」
ロデムは目を見開いた。
空のロデムたちが、一瞬だけ揺らぐ。
そこへ、影の底から巨大な黒い核が浮上する。
人の胸くらいの大きさ。脈打つたび、空のロデムたちが増殖する。
「主様、あれが核です」
「なら壊せば」
「主様ではダメ」
「え?」
「私が、自分で選んで壊さないと意味がない」
ダイチは息を止めた。
そうだ。
これは説得の話じゃない。
ロデム自身が、自分の意思で“便利な影”を捨てる話だ。
「……行けるか」
「はい」
「本当に?」
「怖いです」
ロデムは初めて、はっきりそう言った。
「でも、主様の隣にいたい。
命令でじゃなく、私が選んで」
ダイチは頷いた。
「じゃあ、行ってこい」
「はい」
その瞬間、ロデムは自分の複製たちへ向かって走り出した。
影刃が交差し、黒と黒がぶつかり合う。
無数の“便利なロデム”が、主にとって都合のいい言葉を囁きながら襲いかかる。
『命令してください』
『従います』
『私は何者でもなくていい』
「違う」
ロデムが、一体を斬る。
「私は、影です。でも」
二体目を斬る。
「主様の影である前に」
三体目、四体目。
「私です」
最後に、巨大な核の前へたどり着く。
核は低い声で囁いた。
『お前に個は不要』
『主だけ見ていればいい』
『それがお前の幸福だ』
ロデムは一瞬だけ立ち止まった。
だが、ダイチが名前を呼ぶ。
「ロデム!」
振り返った彼女に、ダイチはただ一言だけ言った。
「僕は、お前がいい」
それで十分だった。
ロデムの瞳に熱が戻る。
彼女は核へ踏み込み、黒い刃で真正面から貫いた。
「――私は、ロデムです」
核が砕け、影の世界が静かにひび割れていく。
崩壊ではない。再構成だ。
薄闇の空に、初めて細い光が差した。
ロデムはふらりとよろめき、ダイチが受け止める。
ヨミも引っ張られてついてくる形になり、「何で私まで」とぶつぶつ文句を言ったが、声は少しだけ柔らかかった。
「終わったのか?」
「……はい。たぶん」
「たぶん?」
「代わりに、封印されていた記録が一部開きました」
ロデムは息を整えながら、影の中から小さな黒い結晶片を取り出す。
今度のそれは、嫌な冷たさよりも、古い記憶の匂いがした。
「これは?」
「古代ヨミの核の断片。
そしてたぶん、ヨミ帝国の基地中枢と同じ波長です」
ヨミが顔色を変える。
「……基地と同じ?」
「はい。つまり」
ロデムが静かに告げる。
「次に崩れるのは、ヨミ帝国です」




