第16話 ジュピターの密着ラブコメ兵器! 離れられないふたり
「ちょっと待ちなさい古神ダイチぃぃぃぃぃ!?」
ヨミの絶叫が、ダイチの家のリビングを揺らした。
虹色に光る粘着物質――ジュピターいわく《位相固定型ラブコメ補助樹脂》なる最悪の発明品――は、見事にダイチとヨミの右手同士をべったり貼りつけていた。
「痛っ、引っ張るな!」
「貴様が引っ張ってるのよ!」
「そっちが暴れてるんだろ!」
「暴れずにいられるわけないでしょ!」
ぐい、ぐい、と互いに逆方向へ引くたび、ぺり、と嫌な音がする。
だが剥がれない。まるで手首の先から神経ごと縫い合わされたみたいだ。
ジュピターは青ざめた顔でメモ帳を抱えていた。
「え、ええと……通常なら三十秒で分解される想定だったのですが」
「通常って何!」
「何を想定してそんなもの作るんだよ!」
「恋愛的接触を強制すれば敵味方間の心理的障壁が低下するかなって……」
「発想が終わってる!」
ロプロスはすでに翼を全開にしていた。
「切る?」
「手を!?」
「樹脂をよ! 何でそんな驚くの!」
「一瞬でも迷わせるな!」
ポセイドンは真顔で二人の手を観察している。
「接着強度、高い。無理に剥がすと骨が先」
「怖いことを淡々と言うな!」
「でも大丈夫。私が押さえる」
「何を!? どこを!?」
ロデムだけが異様に静かだった。
黒い瞳で、貼りついた二人の手をじっと見つめている。
「主様」
「ロデム、何か分かるか!?」
「この樹脂の成分……古代防護バリアと同波長です」
「は?」
「つまり、単なる接着剤ではありません。対象同士の距離だけでなく、位相も固定しています」
「位相って?」
「……離れられない、ということです」
静まり返るリビング。
最初に口を開いたのはギャンブルだった。
「やば。実質夫婦じゃん」
「違うわよ!!」
「違うからな!?」
「シンクロ率的には近いですね」
「ジュピター、それ火に油!」
結論から言うと、二人は半径一メートル以上離れられなかった。
試しにダイチが廊下へ出ようとすると、ヨミが床を滑って追従する羽目になる。
ヨミがトイレへ向かおうとすると、ダイチも引きずられる。
リビングのドア一枚くぐるだけで、息の合っていない三脚レースみたいな有様だ。
「最悪だ……」
「死にたい……」
「おい、そこまで言うなよ」
「貴様も同じこと言ってたでしょ!」
しかも厄介なのは、ただ手がくっついただけでは終わらなかったことだ。
夕方、ジュピターの追加検査により判明したのだが、樹脂が古代バリア波長と共鳴したせいで、ダイチの指輪とヨミの杖の間に微弱な神経リンクまで発生していた。
「つまり?」
「簡単に言うと、相手の感情が少し流れ込んでくる状態です」
「簡単に言うな!」
「嫌ぁぁぁっ!?」
ヨミが顔を真っ赤にした。
「な、何でそんなものまで発生するのよ!」
「たぶん、元々その二つが対の鍵だからです」
「ジュピター、お前それ早く言え!」
その効果はすぐに表れた。
ダイチが冷蔵庫を開けて「あ、プリン残ってた」と思った瞬間、
「貴様、今プリンを独り占めしようとしたわね!」
「何で分かるんだよ!?」
「頭に流れ込んできたのよ!」
逆に、ヨミがテレビの通販番組を見て「この多機能収納ラック、帝国基地に欲しい」と考えた瞬間、
「ヨミ、お前そんな生活感あるの?」
「読むな! 勝手に聞くな!」
「聞いてない、流れてきたんだって!」
夜になるころには、二人とも心底くたびれていた。
「……敵と神経リンクとか、罰ゲームにも程がある」
「こっちの台詞よ」
ダイチの部屋。
ベッドに座るダイチと、その隣で腕を組んでいるヨミ。
他のメンバーはなぜか障子の向こうで息を潜めている。絶対聞き耳を立てている。最悪である。
しばらく沈黙が続いたあと、ヨミがぽつりと言った。
「貴様、本当に変ね」
「またそれか」
「だってそうでしょう。敵に料理を食べさせて、敵を助けて、敵と手を繋いでるのに、まだ“敵”って感じがしない」
「手は繋ぎたくて繋いでるわけじゃないぞ」
「そこは否定が早いのね……」
ダイチは肩をすくめた。
「ヨミは?」
「何が」
「僕のこと、まだ倒したい?」
「……倒したいわよ」
即答。だが、その声は少し鈍い。
「でも」
「でも?」
「今は、貴様がいないと困る気もしてる」
「……」
「嫌な顔するな」
「してないよ」
「してる」
「してないって」
その時だった。
ヨミの杖とダイチの指輪が同時に脈打つ。
二人の視界へ、同じ映像が流れ込んだ。
白い研究室。
古代の防護壁。
そこに貼られた設計図。
そして、ジュピターの樹脂と酷似した分子式。
「これ……」
「防護バリアの主材……?」
「やっぱり、あの樹脂は古代技術の派生か!」
ジュピターが障子を突き破る勢いで飛び込んできた。やはり聞いていた。
「二人の位相が固定されている今なら、防護バリアの設計記録へ直接アクセスできるかもしれません!」
「今それを言いに来たの!?」
「はい!」
「目が輝いてる時のお前、ろくでもないな!」
だがジュピターの分析は正しかった。
神経リンクによって、ダイチとヨミは防護バリアの記録を読み取れるようになっていた。
そしてその設計データの末尾には、ひとつの恐ろしい注意書きが残されていた。
『対話系継承者と支配系継承者が同時接続した場合、中枢隔壁の解錠が進行する』
「……中枢隔壁って」
「塔の中央制御室よ」
ヨミとダイチは同時に顔を上げた。
「まさか、この状態そのものが」
「鍵になってる……?」
その直後、窓の外で雷鳴が轟いた。
塔の方角だ。
ロデムが静かに告げる。
「主様。塔の地下反応が一段階、深くなりました」
「くそ……」
「そしてもう一つ」
ロデムの声が少しだけ沈む。
「私の内部でも、封印領域が緩み始めています」
ダイチは眉を寄せた。
「ロデム?」
「……おそらく次は、私です」




