第15話 から揚げとポセイドン! 胃袋を掴むのは誰だ!?
「料理対決をするわよ!」
その宣言をしたのは、ヨミだった。
「……何で?」
「決まってるでしょ。主導権争いよ」
「主導権を料理で?」
「男の胃袋を掴むのは古典的に有効だってギャンブルが」
「言いましたー」
「お前か!」
休日のダイチ宅リビングは、朝から戦場だった。
ロプロスは「別に私は興味ないけど勝つ」と腕を組み、ロデムはすでにエプロン装備、ポセイドンは「今日は爆破しない」と真顔、ギャンブルはつまみ系食材だけを山積みにし、ジュピターはなぜか計量器と化学式を書いている。バッカスは審判席を自称している。
「……僕の家だよな、ここ」
「ええ」
「主様の家です」
「だからこそ勝負の舞台にふさわしい」
「勝手に納得するな!」
ルールは単純。
昼までに一品作り、ダイチが試食して一位を決める。
単純なはずだった。
まずロデム。
黙々と手際がいい。包丁の音が静かで、火加減も正確。何を作っているのか聞くと「主様が前に食べていたので再現」と言う。観察力が怖い。
次にロプロス。
見た目の華やかさに全振り。彩り、盛り付け、器の角度にまでこだわり、やたら映える。本人は「空から見ても綺麗なほうが勝ち」と意味不明な理論を述べていた。
ヨミは真剣だ。
焦げる。
しかし本人は認めない。
「これは香ばしさよ」
「炭化の間違いでは」
「ジュピター、貴方は黙っていなさい!」
ギャンブルは唐揚げ、枝豆、ポテサラ、焼き鳥っぽい何か、そしてなぜかビールに合いそうなものばかり量産していた。
「主役が高校生男子だぞ」
「育ち盛りには塩分と背徳感でしょ?」
「その理論は採用したくないな……」
そして、問題のポセイドンである。
「主様、今日は見ていて」
「うん、でも火力だけは――」
「学習した」
彼女は真顔で頷き、レシピ本を片手に慎重に油を熱していた。
作るのはから揚げ。シンプルで難しい。だが彼女なりに、ダイチが前に「から揚げ好き」と言ったのを覚えていたのだろう。
その健気さに、ダイチは少しだけ胸が温かくなる。
……三分後、キッチンから轟音がした。
「うおおおっ!?」
「主様、今回は鍋だけ」
「“今回は”の基準がもうおかしい!」
油の温度管理を真面目にやりすぎて、鍋が耐えられなかったらしい。
だがポセイドンは落ち込んだ顔で、破損した鍋の前に立ち尽くしていた。
「また、だめだった」
「ポセイドン……」
「守ることはできるのに、作ることができない」
「料理と世界防衛を同列にするなよ」
「でも主様のために、ちゃんとしたい」
その一言が、思った以上に重かった。
ダイチは少し考えてから、袖をまくる。
「一緒にやるか」
「……一緒?」
「下味はいい感じだったろ。じゃあ揚げるとこだけ僕が横で見る」
「主様が、教えてくれる?」
「教えるってほどじゃないけど」
ポセイドンの目が、ほんの少しだけ明るくなる。
昼。
食卓には五者五様の料理が並んだ。
ロデムの肉じゃがは、驚くほど“家の味”に近い。
ロプロスのオムライスは、見た目が完璧で味も良い。
ヨミの弁当風プレートは、一部が焦げているのに妙に真面目だ。
ギャンブルのつまみ盛りは、悔しいが手が止まらない。
そしてポセイドンのから揚げは、形は少し不格好だが、ちゃんと揚がっていた。
「……どう?」
「全部うまい」
「それは逃げでしょ!」
「一位を言いなさい!」
「主様」
「主」
全方向から詰められる。
ダイチは箸を置き、しばらく本気で考えた。
たぶん、味だけで選ぶなら答えはある。
でも今ここで、それを言うことに意味があるのかと思った。
「……決められない」
「は?」
「全員分、ちゃんと食べる」
沈黙。
次いで、ギャンブルが吹き出した。
「あっはは! 出た、坊やの悪い癖!」
「でもそれが主様です」
「ずるい答えね」
「……主様らしい」
ヨミもロプロスも文句を言いながら、どこか納得してしまっている。
ポセイドンだけが、小さく「よかった」と呟いた。
その瞬間だった。
ダイチの指輪が、これまでにないほど強く発光した。
「っ……!?」
「主様!」
「感応率が急上昇してる!」
「何で料理で!?」
「たぶん、“受け止める”行為そのものがトリガーなんです!」
ジュピターが叫ぶ。
視界がぶれる。流れ込んでくる。
ロデムの孤独。
ロプロスの嫉妬。
ポセイドンの不器用な優しさ。
ヨミの負けたくなさ。
ギャンブルの空っぽを笑って埋める癖。
全部が一気に胸へ雪崩れ込んできて、ダイチは椅子ごと倒れた。
「ダイチ!」
「主様!」
「主!」
「坊や!」
誰かが抱き起こす。誰かが手を握る。誰かが名前を呼ぶ。
その全部が熱すぎて、逆に寒い。
頭の奥で、機械音声が響いた。
――感応率、規定値超過。
――敵味方境界、再定義。
――次段階:強制接続テストを実行します。
「……強制、接続?」
ダイチが呟いた瞬間、玄関の外で派手な爆発音がした。
ジュピターが真っ青な顔で振り返る。
「た、大変です! さっき試作で捨てた粘着制御剤が、古代バリア波長と共鳴して――」
「嫌な予感しかしないな!?」
次の瞬間、家の壁を突き破って、虹色に光る謎の粘着物質がリビングへ雪崩れ込んできた。
「伏せろおおおおおっ!」
光と悲鳴と混乱の中、ダイチが最後に見たのは、真正面で同じように目を見開くヨミの顔だった。
そして――二人の手が、べたりと貼りついた。
「……え」
「……は?」
「……あ」
「ちょっと待ちなさい古神ダイチぃぃぃぃぃ!?」
リビングに絶叫が響き渡る。
次回、最悪の密着事故が幕を開ける。




