第12話 ギャンブルお姉さんのパチスロ講座(※世界を救う鍵です)
「主様。あの女と二人で行くのは反対です」
「珍しく完全に同意だわ」
「主様、危険」
「ポセイドンまで同意見!?」
翌朝。温泉街のゲームコーナー脇、やたら古いスロットマシンが並ぶ一角で、ダイチはすでに包囲されていた。
囲んでいるのは味方だが、安心感はない。
原因はもちろんギャンブルである。
「だーいじょぶだって。坊やを食べたりしないから」
「その言い方がもう危ないんだよ」
「残念。味見くらいはしたかったのに♡」
「朝から最悪だな!」
ギャンブルは笑いながら、温泉街の片隅にある古びたスロット台をぽんと叩いた。
「ほら見て。昨日の源泉反応、これと繋がってる」
「こんなところにもあるのか」
「ある。というか、古代文明の連中、やたら“揃う”とか“外れる”とか好きだったみたいなんだよね」
「悪趣味……」
ジュピターが眼鏡を押し上げる。
「正確には、感情の振れ幅を演算資源として利用していた可能性があります。期待、失望、執着、逆転願望……要するに“当たるかも”の瞬間の脳波ですね」
「最悪の発電方法だな……」
ギャンブルはそこで、妙に真顔になった。
「でも、人間ってそういう瞬間に一番生きてる顔するでしょ」
「……」
「だから嫌いになれないのよ、アタシ」
その言葉だけは、軽口じゃなかった。
ダイチは少しだけ目を細める。
ギャンブルは本当に、ただのパチンカスではない。負けを笑い飛ばしているようで、その実、何かにしがみつくみたいに賭け続けている。
「で、何をすればいい」
「目押し」
「急に俗!」
「でもマジ。坊やの指輪の波長が必要なの。アタシが流れを読むから、止めるのはあんた」
ダイチはため息をつきつつ、スロット台の前へ座った。
ギャンブルがすぐ隣へ腰を下ろす。近い。香りが近い。息が近い。
「ちょっと、距離」
「集中しなきゃダメでしょ?」
「それはそうだけど」
「坊や、耳赤い」
「うるさい!」
後方からロプロスの殺気が飛んできた気がした。振り返らない。怖いから。
ギャンブルは手を伸ばし、ダイチの右手に自分の手を重ねた。
「いい? 流れはここで読む。止めるのは、この瞬間」
「……お、おう」
「力まないで。恋じゃないんだから」
「余計力むわ!」
レバーを叩く。
リールが回る。古い機械音が、妙に低く耳へ残る。
「今」
「っ」
ダイチがボタンを押す。
一列目、古代文字。
二列目、古代文字。
三列目――
止まる寸前、ギャンブルの指先がぎゅっと力を込めた。
「ここ!」
揃った。
その瞬間、店の照明が全部落ちた。
「またかよ!」
「黙って、来る!」
液晶が起動し、そこへ映し出されたのは、通常のスロット演出ではなかった。
巨大な時計。カウントダウン。古代文字。
ジュピターが青ざめる。
「これ……世界規模の同期時計です!」
「同期?」
「バビル0世の起動準備タイマーかも!」
数字が減っていく。
あと、八十八。単位は分からない。時間か日数か、あるいは別の尺度か。
だが一つだけ分かる。
これがゼロになれば、終わる。
「止められないのか!?」
「表層制御じゃ無理! でも……」
ギャンブルが食いしばる。
「深部の確率制御なら、少しだけズラせるかもしれない」
「やれるのか」
「やるしかないでしょ」
彼女は立ち上がり、温泉街の地面に並ぶ古いスロット筐体を順に見渡した。
「全部繋がってる。こいつら、世界中に張り巡らされた“予兆装置”だ」
「そんなもん街角に置くなよ……!」
カウントダウンの数字がひとつ減る。
その時、源泉の方角から爆音がした。
温泉の湯柱が真上へ吹き上がり、黒い結晶をまとった小型兵装が何体も空へ浮かぶ。
「主様、迎撃」
「ロプロス! 上空!」
「分かってる!」
ロプロスが翼を開き、露天風呂の上空へ飛び出す。
ポセイドンは源泉側へ駆け、水圧で湯柱ごと兵装を押し返す。
ロデムはダイチの影から展開し、残る敵影を拘束する。
ダイチはギャンブルの隣へ戻った。
「僕は何をすればいい」
「もう一回、賭けるの」
「雑に聞こえるな」
「でも本質よ。世界を少し先延ばしにするために、今ここで“外さない”」
彼女は笑った。いつもの軽さとは違う、少しだけ震えた笑み。
「坊や、アタシさ。勝てる勝負だけしてたかったの」
「……うん」
「でも、あんた見てると分かんなくなる。そんな非効率で、そんな無茶で、何でまだ折れてないのって」
「折れそうではある」
「知ってる。だからムカつくくらい目が離せない」
ダイチは一瞬だけ言葉を失った。
「それって」
「告白だと思った?」
「言い方!」
「半分ね♡」
そこで彼女は、真顔になった。
「残り半分は、本気のお願い。止めて、坊や」
ダイチは頷いた。
再びレバーを叩く。回る。流れる。揺れる。
指輪が熱い。
ギャンブルの手が震えている。
でも、止める瞬間だけは不思議と見えた。
「――今だ!」
三つの古代文字が揃う。
液晶が弾け、カウントダウンの数字が一気に巻き戻った。
「戻った!?」
「完全停止じゃない。でも、少し遅らせた!」
ジュピターが歓声を上げる。
だが安心しかけた、その時だった。
液晶の奥から、新しいメッセージが浮かび上がる。
――遅延確認。
――観測対象:ギャンブル。
――感情傾向、変質。
「え」
「観測対象……?」
ギャンブルの顔から笑みが消えた。
液晶に、彼女そっくりのシルエットが映る。金髪、笑顔、そしてその胸の位置に、黒い結晶の点滅。
「……アタシを見てる」
「ギャンブル!?」
「大丈夫。まだ、大丈夫」
でも、その声は少しだけ掠れていた。
彼女はダイチの胸を軽く押した。
「坊や。もし次、アタシが変なこと言い出したらさ」
「何だよ」
「ちゃんと止めてよ。
……できれば、優しく」
その言葉の直後、液晶が真っ黒に落ちた。




