第11話 混浴!? 温泉街の刺客と三つの甘い誘惑
巨大ロボ騒動と黒い結晶、そして“バビル0世”という最悪の名前を置き土産にして、数日後。
「……で、なんで温泉なんだよ」
「主様の疲労回復のため」
「違うわ。塔周辺の反応を追ったら、温泉街の地下に古代波長があったのよ」
「つまり任務です」
「任務で温泉に入るのは理にかなってる」
三人が三人とも当然みたいな顔をしているのが腹立たしい。
ダイチたちがやってきたのは、山あいの温泉街だった。石畳の坂道、硫黄の匂い、湯気の立つ川沿い。観光ポスターみたいな景色のくせに、こちらの面子がまるで映えない。いや、見た目だけならむしろ映えすぎる。黒髪のロデム、銀髪のロプロス、青髪のポセイドン。全員目立ちすぎる。
しかも今回は同行者が多い。
「わー、旅館とか久々ー!」
「ギャンブル、勝手にみやげ売り場へ消えるな!」
「温泉まんじゅう先に確保しないと負けるでしょ?」
「何にだ!」
ヨミは頭を抱え、バッカスはすでに卓球場を見つけて興奮し、ジュピターは帳場の古い配電盤を見て目を輝かせている。
まともなのがいない。ダイチは今さらのように思った。
「主」
「ん?」
「今日、女湯と男湯は分かれてるのよね」
「当たり前だろ」
「……そう」
ロプロスが何かを計算するみたいな顔をしたのが嫌だった。
旅館に荷物を置き、夕方までは自由行動になった。
温泉街の調査そのものは夜。日中は普通の観光客として散って行動するのが自然、というヨミの判断だ。
「意外とちゃんとしてるな」
「何だと思っていたのよ」
「勢いだけの悪の総帥」
「半分くらい合ってる気もするけど!」
結局、ダイチはロデムと街を歩くことになった。
理由は「影から見張るより並んで歩いたほうが主様の移動効率が高い」かららしい。合理的なのか口実なのか分からない。
射的屋、足湯、土産物店。
ロデムは感情表現が薄いくせに、興味があるものははっきりしていた。駄菓子屋の黒飴を見つけて足を止め、風鈴の下ではわずかに目を細め、足湯では「主様の隣なら温度が高い」と謎の感想を漏らした。
「それ、湯温の話?」
「体感です」
「曖昧だなあ……」
夕暮れ時、旅館へ戻る途中で、ダイチはふと気づいた。
背後の影に、いつもよりざわつきがある。
「ロデム、何か感じるか?」
「はい。源泉側から古代兵装の起動反応」
「やっぱり来たか」
「でも、それだけじゃありません」
ロデムは立ち止まり、少しだけ眉を寄せた。
「感情の残滓が強い。嫉妬、執着、後悔……おそらく温泉そのものが、何かを記録しています」
「温泉が?」
「古代施設の熱交換路と繋がっているなら、不思議ではありません」
不思議だらけだよ、とダイチは言いかけた。
その時、旅館の方角から悲鳴が上がった。
「きゃああああっ!?」
「……今の、ロプロス?」
「主様、急いで」
大浴場へ駆けつけたダイチが目にしたのは、人生でもかなり上位に入る惨状だった。
「何やってんだお前らあああああ!?」
湯気の向こう、女湯と男湯を隔てる壁が見事に半壊していた。
そして露天風呂の岩の上では、バスタオル姿のロプロスが真っ赤な顔で翼を広げ、ロデムはなぜか湯の中から平然と顔を出し、ポセイドンに至っては「混浴に移行」と真顔で頷いている。
「主様。温泉は一緒に入るべきと判断しました」
「誰がそんな判断しろって言った!」
「だ、だって主がロデムと先に街を歩いてたから――!」
「論理が飛躍しすぎだろロプロス!」
「私は主様の保温が目的」
「保温を混浴で済ませるな!」
ヨミは湯船の奥で顔を真っ赤にしてしゃがみ込み、ギャンブルはなぜか一番冷静に酒瓶を持っていた。
「いやー、いい修羅場だねえ」
「煽るな!」
その瞬間だった。
源泉側の湯が、ぼこり、と不気味に泡立った。
全員の視線が集まる。
次いで、湯の底から青白い円盤が浮上した。表面に古代文字、中央には眼球みたいなレンズ。
「古代兵装!」
「こんなタイミングで!?」
「むしろ最高のタイミングでしょ、ラブコメ的に」
ギャンブルの雑な評価は無視し、ダイチは叫んだ。
「みんな、下がっ――」
円盤兵装が閃光を放つ。
だがその攻撃は、熱線でもミサイルでもなかった。
ふわり、と湯気が光を帯びて広がる。次の瞬間、浴場の壁一面へ、映像のように“感情”が投影され始めた。
「な、何これ……」
「記録再生機能……!?」
最初に映ったのはロプロスだった。
ダイチが他の女と笑っているたび胸が苦しい、と、本人が絶対口にしない類の本音が丸出しで流れる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! それ消しなさいいいいっ!」
「ロプロス、声がでかい! 全部裏打ちしてる!」
次にポセイドン。
“守る”の裏側に、“本当は自分も守られたい”という小さな願いが流れ、本人が石像みたいに固まる。
「……主様には、見せたくなかった」
「ポセイドン……」
そしてロデム。
“主様が他の誰かを選んだら、自分はまた影へ戻るしかない”という、底なしの孤独がにじみ出る。
「ロデム、お前……」
「見ないでください、主様」
「無理だって……」
最後に、映らないと思っていたヨミの番になった。
円盤兵装のレンズが回転し、湯気のスクリーンへ黒い断片映像が流れ込む。
幼いヨミ。泣いている。誰かの背中に置いていかれ、ひとりで杖を握り締めている。
「……やめ」
ヨミの声が、ひどく小さかった。
「やめなさい」
ダイチは反射的に前へ出ていた。
「ロデム! あれ止められるか!」
「できます。でも、主様」
「今すぐ!」
ロデムの影が湯面を走る。
ロプロスの風刃が湯気を裂き、ポセイドンが円盤ごと湯から引きずり出した。ダイチが飛び込み、指輪を叩きつける。
光。
円盤兵装は小さく悲鳴を上げるみたいに震え、沈黙した。
湯気が晴れる。
残ったのは、壊れた仕切り壁と、気まずさの極地みたいな静寂だけだった。
「……」
最初に口を開いたのはギャンブルだった。
「いやー、これ明日から絶対ギクシャクするやつ――」
「黙れ!」
ヨミ、ロプロス、ロデム、ポセイドンの声が綺麗に揃った。
その夜、部屋割りの関係でダイチは一人部屋になった。
だが静かには寝かせてもらえない。
障子の向こうから、ひそひそ声が聞こえてくるのだ。
『主と何話すのよ、あんた』
『べ、別に何も』
『主様の隣は私です』
『主様の体温管理は私』
『おい、全員聞こえてるからな!』
叫んだ直後、スマホが震えた。
差出人はジュピター。
『源泉地下に古代兵器の中継制御路を確認。
あと、この温泉の温度変動、単なる地熱じゃない。
何かが“起きようとしてる”。』
そして、もう一通。
『それと……さっき映ったヨミ様の映像、古代記録と波形が一致した。
“バビル1世の双子の弟”関連かも。』
ダイチは眉をひそめる。
「双子の弟……?」
その時、部屋の電灯が一瞬だけ明滅した。
窓の外。山の稜線の向こうで、黒い塔みたいな影が、ほんの一瞬だけ湯気の中に浮かび上がっていた。




