第23話「残骸の中で」
壊れたものには、いくつかの行き先がある。
捨てることもできる。
使えるところだけ残すこともできる。
それでも手を伸ばすなら、
直るかどうかは、そのあとでいい。
まだ決まっていないものを前に、
少女はひとつを選ぶ。
朝になると、集落のあちこちから音がした。
槌の音。
水桶を引きずる音。
火床へ鉄を放り込む音。
誰かが怒鳴って、別の誰かが笑う。
アリアは井戸から汲んだ水を両手で運び、炊事場の樽へ流し込んだ。
「次、こっち」
呼ばれて振り返る。
今度は干した布を取り込む。
その途中で荷車の車輪を押さえ、緩んだ留め具を締めるのを手伝った。
昼前にはガレスに呼ばれた。
木剣を持つ。
踏み込む。
払われる。
もう一度。
「足」
短く言われ、踏み直す。
次の瞬間、木剣が肩を打った。
「痛っ」
「止まるな」
アリアはガレスを睨んだ。
それでも構え直す。
少し離れた日陰には真白がいた。
こちらを見ている。
何も言わない。
アリアはもう一度踏み込んだ。
今度は、払われなかった。
夕方には破れた天幕の端を縫った。
次の日には車軸へ油を差した。
呼ばれれば行った。
手が足りなければ手伝った。
夜には皆と同じ鍋から食べた。
いつからか、
「アリア、こっち」
と呼ばれることが増えた。
「うん」
そう答えることも増えた。
数日後。
「回収に行くぞ」
ガレスが言った。
古い移動路の近くで、砂の下から残骸が露出したらしい。
使えるものがあれば持ち帰る。
アリアも同行した。
風の強い日だった。
砂を踏んで進むと、やがて荒野の中に黒い残骸が見えてきた。
折れた車体。
裂けた装甲板。
曲がった鉄骨。
回収に来た者たちは散り、それぞれ使えるものを探し始める。
アリアも砂を払い、金具や配線を拾った。
使えるものは袋へ。
駄目なものは戻す。
その繰り返しだった。
残骸の向こうへ回ったところで、アリアの足が止まった。
砂から巨大な金属の手が出ていた。
「ガレス」
呼ぶ。
数人が集まった。
周囲の砂を払う。
それだけで十分だった。
一機のフレームが、横倒しになって埋まっていた。
片腕はない。
装甲は裂け、頭部も潰れている。
アリアは胸部の裂け目から中を覗いた。
切れた配線。
死んだ計器。
砂に埋もれた座席。
壁面を袖で拭う。
文字が現れた。
REGULUS。
何も起こらない。
アリアは外へ出た。
「部品は取れそうだな」
回収屋の男が工具を出す。
「これ、直せない?」
男がアリアを見る。
「これを?」
「うん」
REGULUSを見上げる。
「直るかどうかも分からんぞ」
「分からない?」
「ああ」
「じゃあ、直るかもしれない?」
男は少しだけ黙った。
「まあな」
別の男が装甲へ工具を掛けながら言った。
「ばらした方が使えるぞ」
集落には直さなければならないものがある。
車。
発電機。
浄水器。
ここで部品を持ち帰れば、すぐに使える。
REGULUSは違う。
「どうする」
ガレスが聞いた。
アリアはREGULUSを見る。
壊れている。
何も言わない。
何も求めない。
ただ、そこにある。
「……直す」
「動く保証はないぞ」
「うん」
「途中で無理だって分かるかもしれん」
アリアは少し考えた。
「その時は、その時に決める」
ガレスは頷きもしなかった。
止めもしなかった。
「なら、運べるようにしろ」
全部は持ち帰れなかった。
だから外した。
潰れた装甲。
完全に壊れた腕。
砂を噛んだ機器。
アリアも工具を握った。
直すと決めたものを、自分の手で切り離していく。
最初は少し迷った。
けれど全部残せば運べない。
運べなければ、直せない。
一枚、装甲を外す。
「これも」
回収屋がアリアを見る。
「いいのか?」
裂けた装甲だった。
アリアは頷く。
「重いから」
男は工具を当てた。
金属音が荒野へ響いた。
作業の途中、小さな制御部品が見つかった。
男が砂を払い、端子を確かめる。
「これは生きてる」
アリアが覗き込む。
「使える?」
「ああ。こいつにも使える」
男は少し間を置いた。
「浄水器にもな」
アリアの目が部品へ落ちる。
手のひらほどの大きさしかない。
REGULUSを見る。
胸部には、外された部品の跡が残っている。
「浄水器に使って」
「いいのか?」
「うん」
「こっちも要るぞ」
アリアはもう一度REGULUSを見た。
「また探す」
男はそれ以上聞かなかった。
部品を別の箱へ入れた。
夕暮れ。
REGULUSは、見つけた時とは別の姿になっていた。
片腕はなく、装甲の多くも外されている。
巨大な機体というより、剥き出しの骨組みに近い。
何台かの車両へ牽引具を繋いだ。
エンジンが唸る。
車輪が砂を掻く。
巨体はしばらく動かなかった。
もう一度、エンジン音が高くなる。
やがてREGULUSの下の砂が崩れた。
ゆっくりと巨体が引かれていく。
アリアはその横を歩いた。
REGULUSの後ろには、深い跡が一本残っていた。
集落へ着いた頃には、もう暗かった。
巨大な残骸を見て、人が集まってくる。
「何だ、これ」
「拾った」
アリアが答えた。
「拾う大きさじゃないだろ」
誰かが笑った。
置き場所を決めるだけでもひと騒ぎになった。
ようやく集落の外れへ横たえた頃には、アリアの服も手も油と砂で黒くなっていた。
少し離れた場所に真白がいた。
アリアはそちらへ歩く。
「師匠」
真白が顔を上げた。
「ただいま」
「おかえり」
その視線が一度だけ、アリアの後ろへ向く。
REGULUS。
すぐに戻った。
「……あれ、直すことにした」
真白は何も言わない。
アリアも、答えを待たなかった。
「動くかは、分からない」
真白の視線が下がる。
アリアの右手。
手袋の縫い目が裂けていた。
真白は傍らに置いていた小さな裁縫道具を取り、差し出した。
アリアは自分の手を見る。
裁縫道具を受け取った。
「……ありがと」
真白はそれ以上、REGULUSを見なかった。
夜。
食事を終えたあと、
アリアは小さな灯りと工具箱を持って、REGULUSのところへ戻った。
胸部へ潜り込む。
暗い。
狭い。
自分の息だけが聞こえる。
灯りを置く。
壊れた計器。
切れた配線。
知らない部品。
どこから触ればいいのか分からない。
アリアはしばらく見回した。
目の前に一本、切れた配線があった。
手に取る。
砂を払う。
端を確かめる。
工具箱を開いた。
工具を握る。
まず、
一本。
第23話「残骸の中で」了
直すことは、
元に戻すことではない。
残すものを決める。
捨てるものを決める。
足りなければ、また探す。
それでも分からなければ、
その時に、もう一度選ぶ。
荒野から持ち帰ったのは、
答えではなかった。
少女の前にはただ、
最初の一本が残っている。




