表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正解圏外 – The Outside of the Answer – 灰歴外伝|ヴァルダ旅記  作者: 咲凪すず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/26

第23話「残骸の中で」

壊れたものには、いくつかの行き先がある。

捨てることもできる。

使えるところだけ残すこともできる。

それでも手を伸ばすなら、

直るかどうかは、そのあとでいい。

まだ決まっていないものを前に、

少女はひとつを選ぶ。

朝になると、集落のあちこちから音がした。

槌の音。

水桶を引きずる音。

火床へ鉄を放り込む音。

誰かが怒鳴って、別の誰かが笑う。

アリアは井戸から汲んだ水を両手で運び、炊事場の樽へ流し込んだ。

「次、こっち」

呼ばれて振り返る。

今度は干した布を取り込む。

その途中で荷車の車輪を押さえ、緩んだ留め具を締めるのを手伝った。


昼前にはガレスに呼ばれた。

木剣を持つ。

踏み込む。

払われる。

もう一度。

「足」

短く言われ、踏み直す。

次の瞬間、木剣が肩を打った。

「痛っ」

「止まるな」

アリアはガレスを睨んだ。

それでも構え直す。

少し離れた日陰には真白がいた。

こちらを見ている。

何も言わない。

アリアはもう一度踏み込んだ。

今度は、払われなかった。


夕方には破れた天幕の端を縫った。

次の日には車軸へ油を差した。

呼ばれれば行った。

手が足りなければ手伝った。

夜には皆と同じ鍋から食べた。

いつからか、

「アリア、こっち」

と呼ばれることが増えた。

「うん」

そう答えることも増えた。


数日後。

「回収に行くぞ」

ガレスが言った。

古い移動路の近くで、砂の下から残骸が露出したらしい。

使えるものがあれば持ち帰る。

アリアも同行した。

風の強い日だった。

砂を踏んで進むと、やがて荒野の中に黒い残骸が見えてきた。

折れた車体。

裂けた装甲板。

曲がった鉄骨。

回収に来た者たちは散り、それぞれ使えるものを探し始める。

アリアも砂を払い、金具や配線を拾った。

使えるものは袋へ。

駄目なものは戻す。

その繰り返しだった。

残骸の向こうへ回ったところで、アリアの足が止まった。

砂から巨大な金属の手が出ていた。

「ガレス」

呼ぶ。

数人が集まった。

周囲の砂を払う。

それだけで十分だった。

一機のフレームが、横倒しになって埋まっていた。

片腕はない。

装甲は裂け、頭部も潰れている。

アリアは胸部の裂け目から中を覗いた。

切れた配線。

死んだ計器。

砂に埋もれた座席。

壁面を袖で拭う。

文字が現れた。

REGULUS。

何も起こらない。

アリアは外へ出た。

「部品は取れそうだな」

回収屋の男が工具を出す。

「これ、直せない?」

男がアリアを見る。

「これを?」

「うん」

REGULUSを見上げる。

「直るかどうかも分からんぞ」

「分からない?」

「ああ」

「じゃあ、直るかもしれない?」

男は少しだけ黙った。

「まあな」

別の男が装甲へ工具を掛けながら言った。

「ばらした方が使えるぞ」

集落には直さなければならないものがある。

車。

発電機。

浄水器。

ここで部品を持ち帰れば、すぐに使える。

REGULUSは違う。

「どうする」

ガレスが聞いた。

アリアはREGULUSを見る。

壊れている。

何も言わない。

何も求めない。

ただ、そこにある。

「……直す」

「動く保証はないぞ」

「うん」

「途中で無理だって分かるかもしれん」

アリアは少し考えた。

「その時は、その時に決める」

ガレスは頷きもしなかった。

止めもしなかった。

「なら、運べるようにしろ」


全部は持ち帰れなかった。

だから外した。

潰れた装甲。

完全に壊れた腕。

砂を噛んだ機器。

アリアも工具を握った。

直すと決めたものを、自分の手で切り離していく。

最初は少し迷った。

けれど全部残せば運べない。

運べなければ、直せない。

一枚、装甲を外す。

「これも」

回収屋がアリアを見る。

「いいのか?」

裂けた装甲だった。

アリアは頷く。

「重いから」

男は工具を当てた。

金属音が荒野へ響いた。

作業の途中、小さな制御部品が見つかった。

男が砂を払い、端子を確かめる。

「これは生きてる」

アリアが覗き込む。

「使える?」

「ああ。こいつにも使える」

男は少し間を置いた。

「浄水器にもな」

アリアの目が部品へ落ちる。

手のひらほどの大きさしかない。

REGULUSを見る。

胸部には、外された部品の跡が残っている。

「浄水器に使って」

「いいのか?」

「うん」

「こっちも要るぞ」

アリアはもう一度REGULUSを見た。

「また探す」

男はそれ以上聞かなかった。

部品を別の箱へ入れた。


夕暮れ。

REGULUSは、見つけた時とは別の姿になっていた。

片腕はなく、装甲の多くも外されている。

巨大な機体というより、剥き出しの骨組みに近い。

何台かの車両へ牽引具を繋いだ。

エンジンが唸る。

車輪が砂を掻く。

巨体はしばらく動かなかった。

もう一度、エンジン音が高くなる。

やがてREGULUSの下の砂が崩れた。

ゆっくりと巨体が引かれていく。

アリアはその横を歩いた。

REGULUSの後ろには、深い跡が一本残っていた。


集落へ着いた頃には、もう暗かった。

巨大な残骸を見て、人が集まってくる。

「何だ、これ」

「拾った」

アリアが答えた。

「拾う大きさじゃないだろ」

誰かが笑った。

置き場所を決めるだけでもひと騒ぎになった。

ようやく集落の外れへ横たえた頃には、アリアの服も手も油と砂で黒くなっていた。

少し離れた場所に真白がいた。

アリアはそちらへ歩く。

「師匠」

真白が顔を上げた。

「ただいま」

「おかえり」

その視線が一度だけ、アリアの後ろへ向く。

REGULUS。

すぐに戻った。

「……あれ、直すことにした」

真白は何も言わない。

アリアも、答えを待たなかった。

「動くかは、分からない」

真白の視線が下がる。

アリアの右手。

手袋の縫い目が裂けていた。

真白は傍らに置いていた小さな裁縫道具を取り、差し出した。

アリアは自分の手を見る。

裁縫道具を受け取った。

「……ありがと」

真白はそれ以上、REGULUSを見なかった。


夜。

食事を終えたあと、

アリアは小さな灯りと工具箱を持って、REGULUSのところへ戻った。

胸部へ潜り込む。

暗い。

狭い。

自分の息だけが聞こえる。

灯りを置く。

壊れた計器。

切れた配線。

知らない部品。

どこから触ればいいのか分からない。

アリアはしばらく見回した。

目の前に一本、切れた配線があった。

手に取る。

砂を払う。

端を確かめる。

工具箱を開いた。

工具を握る。

まず、

一本。


第23話「残骸の中で」了

直すことは、

元に戻すことではない。

残すものを決める。

捨てるものを決める。

足りなければ、また探す。

それでも分からなければ、

その時に、もう一度選ぶ。

荒野から持ち帰ったのは、

答えではなかった。

少女の前にはただ、

最初の一本が残っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ