表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正解圏外 – The Outside of the Answer – 灰歴外伝|ヴァルダ旅記  作者: 咲凪すず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/29

第三幕《選び続ける旅》第11話「残る足跡」

風は足跡を消す。

雨も消す。

人の記憶も薄れていく。

けれど、

歩かなかった道は残らない。

残るのは、

選んで進んだ道だけだ。

遠くへ行った人も。

ここに残った人も。

同じ空の下で、

今日も足跡を刻んでいる。

朝。

まだ陽が低い。

野営地の外れで、アリアはしゃがみ込んでいた。

砂の上。

小さな獣の足跡が続いている。

昨夜のものだろう。

四本足。

途中で岩陰へ消えている。

アリアは指でその跡をなぞった。

どこへ行ったんだろう。

考えていると、背後で布の擦れる音がした。

「起きてたのか」

真白だった。

「うん」

アリアは立ち上がる。

「これ」

足元を指差す。

「足跡」

「そうだな」

「どこ行ったんだろ」

真白は少しだけ足跡を見た。

「本人しか知らない」

それだけ言って歩いていく。

アリアは小さく息を吐いた。

相変わらずだった。

聞いても答えはくれない。

けれど最近は分かる。

答えがないんじゃない。

自分で考えろと言っているのだ。

たぶん。


昼。

隊商は荒野を進んでいた。

風は弱い。

歩きやすい日だった。

アリアは水袋を抱えて歩く。

その横へロドが並ぶ。

十三歳。

隊商の中では年上の方だった。

腰には古びた笛がぶら下がっている。

割れ目を革紐で巻いて補修したものだ。

いつも持ち歩いていた。

アリアはそれを見た。

「まだ持ってるんだ」

「当たり前だろ」

ロドは笛を叩いた。

「壊れてるのに」

「だからだよ」

意味が分からない。

ロドは笑った。

そして前を向く。

「次の集落で俺、抜けるから」

アリアは思わず足を止めた。

「え?」

「東へ行く」

「なんで」

「行きたいから」

即答だった。

アリアは黙る。

ロドは続ける。

「向こうの隊商に知り合いがいる」

「戻るの?」

「さあ」

「戻らない?」

「さあ」

まただ。

みんなそう言う。

決めていない。

分からない。

その言葉を平気で使う。

アリアにはまだ少し難しい。

「でも」

ロドが笛を見た。

「持ってく」

「重いよ」

「知ってる」

「壊れてるし」

「知ってる」

それでもロドは腰に戻した。

「旅した証拠だからな」

そう言って笑う。

アリアは何も返せなかった。


夕方。

野営地。

焚火の火が揺れていた。

鍋から湯気が上がる。

誰かの笑い声。

獣の寝息。

いつもと同じ夜。

なのに少しだけ違う。

アリアは一人で岩に腰掛けていた。

砂地には昼の足跡が残っている。

風で崩れかけている。

それを見ていると、

ふいに昔を思い出した。

小さな部屋。

薄暗い灯り。

優しい声。

伸ばされた手。

そして、

もう二度と帰らない背中。

胸の奥が少しだけ痛む。

ほんの一瞬だった。

「何を見てる」

真白が来た。

「足跡」

真白も隣へ立つ。

アリアは少し迷った。

それでも聞く。

「ロド、行くんだって」

「そうか」

「止めなくていいのかな」

火が弾けた。

沈黙。

真白はすぐには答えない。

やがて言った。

「本人はどうしたい」

「行きたいんだと思う」

「なら行く」

「でも」

「戻りたければ戻る」

それだけ。

やっぱり答えになっていない。

でも。

アリアは砂を見た。

消えかけた足跡。

風が吹く。

少しずつ薄くなる。

それでも完全には消えない。

「……行ったことは残るんだね」

真白は何も言わない。

アリアは自分で続きを考えた。

いなくなっても。

離れても。

会えなくなっても。

歩いた道は消えない。

だから人は行けるのかもしれない。


翌朝。

分岐路。

北へ向かう道。

東へ向かう道。

ロドは荷物を背負っていた。

「じゃあな」

「うん」

短い別れだった。

ロドは歩き出す。

振り返らない。

東へ。

少しずつ遠ざかる。

やがて小さくなり、

地平線の向こうへ消えた。

アリアは最後まで見送った。

足元を見る。

砂の上。

新しい足跡。

東へ続いている。

風が吹いても、

まだ消えない。

アリアはしゃがみ込んだ。

指でそっと触れる。

それから立ち上がった。

「どうする」

隊商の大人が聞く。

北へ進むか。

残るか。

小さな選択。

けれど、

自分で決める選択。

アリアは空を見上げた。

そして答える。

「行く」

誰かの代わりじゃない。

正しいからでもない。

ただ、

自分で決めた。

アリアは北へ歩き出した。

砂の上に、

新しい足跡が残る。

ロドの足跡とは違う方向へ。

けれど同じように。

風が吹く。

それでも足跡は残った。

まだ少しだけ。


第11話「残る足跡」了

去る人がいる。

残る人がいる。

戻る人もいる。

戻らない人もいる。

それでも、

歩いた道はなくならない。

選んだこともなくならない。

今日の足跡は、

明日の地図にはならない。

けれど、

確かにそこにあった。

だから人はまた歩く。

次の問いへ向かって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ