第10話「答えを持たない人 」
道は答えない。
風も答えない。
火も答えない。
だから人は迷う。
迷った跡だけが残る。
小さな傷。
小さな失敗。
小さな印。
それらを辿りながら、
人は自分の足で歩き始める。
朝。
雲が低かった。
草地を風が流れる。
隊商は浅い川跡で休んでいた。
荷車の下では車輪の修理が続いている。
獣が鼻を鳴らした。
アリアは空の桶を抱えて立っていた。
「アリア」
荷管理役の女が呼ぶ。
足元へ二つの包みを置いた。
乾燥肉。
薬包。
同じ布。
違う紐。
「前と後ろ」
女が言う。
その直後。
車輪の下から男が顔を出した。
「逆だ」
「昨日変えた」
「戻した」
女は肩をすくめた。
男は潜り直した。
終わりだった。
二つの包みだけが残る。
前。
後ろ。
薬。
肉。
風が吹いた。
布が揺れる。
アリアは包みを抱えた。
少し考える。
それから歩き出した。
向かう先は岩陰だった。
真白がいる。
黒いコートの裾が風に揺れていた。
「どうした」
アリアは包みを見せる。
「どちらですか」
真白は包みを見る。
荷車を見る。
少しだけ空を見る。
「知らない」
それだけだった。
アリアは立ったまま待つ。
続きは来ない。
風だけが通り過ぎた。
「間違えたら」
真白は答えない。
記録帳へ目を落とす。
アリアは包みを抱え直した。
そして戻った。
薬包を前へ。
乾燥肉を後ろへ。
咳をしていた子の母親が薬を受け取る。
「助かる」
護衛は乾燥肉を受け取った。
中を見る。
「少ないな」
隣の男が笑った。
「足すか」
袋から干し果実を出して置く。
誰も怒らない。
誰も正解を言わない。
昼。
隊列が動く。
車輪が石を踏む。
咳をしていた子は眠っていた。
護衛は少し早く水を飲んだ。
風が吹く。
それだけだった。
夕方。
焚火が燃えている。
香草の匂いが湯気に混じる。
アリアは薪を運んでいた。
一本。
火の外へ転がる。
拾う。
指先が少し熱かった。
真白が向かいに座っている。
アリアは薪を置いた。
「外しました」
「そうか」
火が鳴る。
ぱちり。
「薬も必要でした」
「そうだな」
「肉も必要でした」
「そうだな」
沈黙。
火が揺れる。
鍋が鳴る。
遠くで獣が息を吐いた。
「どちらが正しかったんですか」
真白はしばらく黙っていた。
それから言う。
「次はどうする」
アリアは火を見る。
赤い炭が崩れた。
「もっと見ます」
真白は黙っている。
「それでも分からなかったら」
火が揺れる。
「決めます」
「そうか」
夜。
火の音が続いていた。
朝。
晴れていた。
荷管理役の女が三つの包みを置く。
水。
包帯。
干し果実。
説明は無い。
アリアはすぐに動かなかった。
周囲を見る。
足を引く老人。
咳の子。
夜番明けの護衛。
擦れた荷獣の背。
少ししてから包みを持った。
水は老人へ。
包帯は荷獣の世話役へ。
干し果実は護衛の鍋の横へ。
最後に残った水を子供へ渡す。
荷管理役の女が横を通る。
包みの行き先を見る。
「少し変だな」
アリアは黙る。
女は笑った。
「でも悪くない」
それで終わりだった。
昼前。
隊列が動き出す。
砂が舞う。
車輪が軋む。
アリアは列の後ろを歩く。
少し前に真白がいる。
黒いコート。
変わらない歩幅。
昨日も。
今日も。
何も決めなかった。
アリアは道端の石を拾った。
灰色の小さな石だった。
しばらく握る。
それから道の端へ置いた。
真白の足が一瞬だけ止まる。
振り返らない。
また歩き出す。
アリアも歩く。
風が吹く。
小さく口が動いた。
「……師匠」
真白は振り返らなかった。
隊列は進む。
車輪が回る。
石だけが後ろに残った。
第10話「答えを持たない人」了
答えは残らない。
残るのは、
選んだ手の跡。
少し外した道。
置かれた石。
消えかけた火。
人は正しさで歩くのではない。
選んだあとも歩くために、
また一つ、
小さな印を残していく。




