プランB 08
ガニメデステーションを出港したタンカーは、地球への帰還航路にあった。
現在は約3か月続く加速期間中だ。
そんなタンカーに乗っているヒロとジュンにホール通信が入る。
ほとんどのタンカーにはホール通信が搭載されていて、ほぼ即時通信が可能となっている。
『 ・実験は成功したようじゃな。 まずは、おめでとうと言わせてもらう! 』
ノイズが散りばめられたモニターには、ローティーンの金髪碧眼の少女が写し出されている。
少女の名前はローズ・フォン・シュタインリッヒ、シュタインリッヒ博士だ。
シュタインリッヒ博士は13歳になったばかりで、ワープ航法の考案者だ。
彼女は生粋の貴族の家の出身で、血が濃くなると発生する弊害も考慮している、正しく伝統的な貴族の家に生まれている。
彼女は間違いなく天才で、11歳でワープ航法の理論を発表している。
『 ・これで今年のノーベル賞の授賞式には、三人でストックホルム行きだな! 』
二人の実験の結果はジュンの手でまとめられ、シュタインリッヒ博士の元に送信済みだ。
基礎理論の構築はシュタインリッヒ博士とジュンが、かな解析はムーンベースや地球に居る科学者たちが今も継続している。
彼女の言葉に苦笑いしながら、ヒロは隣に座るジュンを見る。
ジュンは困ったような顔をしながらモニターを見ている。
三人ともワープ航法実現化の功績を正しく理解している、理解はしているが。
「 残念だけど、ストックホルムには二人だけで行くことになるだろうな 」
ヒロの言葉にモニターの少女の目が真ん丸になる。
『 ・なに!? まさか私が邪魔だと言うのか! そんなに、二人だけで行きたいのか! 』
「 そうじゃないわローズ。 ヒロは科学者じゃなくてエンジニアよ、だから受賞は在りえないわ 」
だからローズと私二人で行くのよ、とジュンは言う。
画面一杯に広がるローズの鼻、興奮してカメラに寄り過ぎたためだ。
『 ・そんな事は訊いていないぞ! 』
音声も割れ気味だ。
シュタインリッヒ博士の訊いていないは、ヒロが科学者ではないことじゃなく、科学者でなければ受賞出来ないの方だ。
ヒロとジュンはシュタインリッヒ博士の研究室で出会い、結婚した。
三人は顔見知りであり何でも話せる友人でもある、だから三人だけで話をするとき彼女はローズと呼ばれる。
ただし、他の科学者がいる時はシュタインリッヒ博士と呼ばれる。
彼女の功績は大きく、エンジニアごときが対等に話をするべきではないと、お偉い科学者が考えているためだ。
ジュンは特に何も言われない、彼女は科学者だから。
「 俺は賞は要らないし、気にもならないんだけどな 」
『 ・お前の自己評価は低すぎる。 もっと自分を主張することを覚えた方が良いぞ、日本人の悪い癖だ 』
「 そうは言うけどな・・・ 」
ノーベル賞は科学者に与えられるために創立された。
科学者でなければ少なくとも投資家になるか、良い意味でも悪い意味でも先生と呼ばれる様にならないと受賞出来ない。
とされている、少なくとも記録は無いらしい。
平和賞はノーベル賞ではないとか何とか議論が有り、いまだに結論が出ていないので除外しておく。
科学者でなければ受賞してはいけない、なんて明記されてはいないらしいが、とにかく受賞した例はない。
ノーベル賞だけではない、世界の仕組みはエンジニアに厳しい。
利益は投資家が受け取り、名声は科学者が受け取る仕組みになっている。
裁判で勝てばエンジニアが利益を勝ち取れる場合もあるが、逆に裁判を起こさなければ功績に見合った対価を受け取れる可能性はとても低い。
どれほど投資しても、どれだけ優れた理論でも、エンジニアが実物にしない限り何も得られないのにだ。
特に科学者は酷いものだ、『 私の理論を証明するための機器を用意しろ 』 と言うだけで何もしない。
文句は言う、確実に言う。
受賞したら、『 私の理論は正しかっただろう。 光栄にも私の手伝いが出来たのだから、機器の代金は無料だな 』 とか言うらしい。
ナンチャラ賞を受賞したら、受賞記念で無料にしろとかも言うらしい。
言われるのは会社のお偉いさん達で、ヒロが直接聞くことは無い。
ただ給料やボーナスに悪い影響を受けるのは、決まってエンジニアだ。
じゃあ、どうしてヒロがエンジニアをやってるのかという事なんだが。
「 物造りが楽しいからだな、本能と言って良い。 今まで出来なかったこと、世の中に無かった物を作りだした達成感は何物にも代えがたい 」
モニターの少女の目が細くなった、ほとんど線だ。
相変わらず表情が豊かな子だなと思っているヒロ、普段人前では無表情なのにだ。
ついでに、隣から冷たい何かを感じる。
ちょっとカッコつけすぎたかと思ったヒロは、強引に話題の変更を試みる。
「 今回は自宅から、ネットの生配信で二人を応援するよ 」
「 ・・・ 」
『 ・・・・ 』
状況に変化は見られない。
彼の試みは上手くいかなかったようだ。
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『 ・それより、ヒロにお願いがあるんじゃが・・・ 』
「 ここで? 」
ヒロはローズから、色々なお願いをされた経験がある。
一緒にピクニックに行って欲しいとか、人造ネズミが支配する動物大嫌いワールドに連れて行って欲しいとか。
肩車をして欲しいなんてお願いもあった。
ジュンとローズの三人で何度もピクニックに行ったのは、ヒロにとって楽しい記憶に分類されている。
しかしどのお願いも5億km離れていては叶えることが出来ないものばかりだから、ヒロが不思議に思ったのも無理はない。
『 ・ヒロの空間安定化装置の生み出すフィールドは球形じゃろ? その形を変えて欲しいんじゃ 』
「 フィールドの変形ね・・・、少し歪めることならすぐ出来そうだな。 それで、形を変えてどうしようって言うんだ? 」
空間安定化装置が生み出すフィールドは、球形が最も安定している。
空間の利用効率も、角っこが使えなくなる立方体よりも良いはずだ。
速報ではあるが、概要としてはその旨を伝達してある。
エンジニアの仕事において、作業の主目的を理解していないと無駄な作業が発生してしまう事がある。
そしてそれは避けなければならない、そう考えたヒロはローズに尋ねる。
ナゼ必要なのかと。
責任を押し付けられないための、技術者の自己防衛手段とも言う。
『 ・ヒロとジュンの実験が成功すると思っていたからな、空間安定化装置を搭載した新型の宇宙船を設計したんじゃがな・・・ 』
「 したんだが? どうした? 」
『 ・空間安定化装置のフィールドに合うように設計すると、宇宙船の形が丸に近い形になってカッコ悪いんじゃ! 』
「「 カッコ悪い? 」」
ローズは空間安定化装置さえあればワープの成功は間違いないと確信していた、理論的にも感覚的にも。
天才ゆえの独自の感覚なのだろう、人類初のジャンプ装置搭載型宇宙船の完成は彼女の中ではすでに確定した未来のようだ。
だから実験の結果を待たずに新型宇宙船を設計したのだが、カッコが悪かったと。
『 ・それが真ん丸なんて許しがたい! 試作1号機であっても、もっとカッコ良くなければならないんじゃ! 』
「 おい・・・ 」
スクリーンの向こう側、5億キロ離れたシュタインリッヒ博士にヒロのツッコミが入る。
確かに人類初のジャンプ装置を開発したシュタインリッヒ博士の功績は、人類の歴史が続く限り長く語り継がれるだろう。
実験船の写真と一緒に。
自分の隣に真ん丸な宇宙船が載っているのは許しがたい、ローズの主張は概ねそのような内容だった。
長く熱く必要性を語るローズに対し、とにかく装置の改良を進めておくと回答してヒロとジュンは通信を切った。
ヒロは隣に座っているジュンに尋ねる。
「 ジュン。 女の子って小さかったり丸かったりが好きなケースが多いと、僕のデータバンクが言ってるんだが? 」
ヒロは自分の頭を指さしながら話す。
「 答えは出てるじゃない。 ローズは多くない方に入っているのよ 」
「 だよな~ 」
多大な費用をかけた実験、その成果をカッコ悪いから変えてくれと言う少女。
ヒロが少々疲れるのも仕方がないだろう。