プランB 07
ヒロとジュンの実験から完了してから9日後、ガニメデステーションに定期のヘリウムタンカーが到着した。
いつものごとく、いつも通りに。
ちょっとだけ違ったのは乗組員のほとんどが兵士で、兵士が全員完全武装していたことだ。
「 マーク、世話になったね 」
「 今度は地球で会いましょう 」
「 俺はいつ帰れるか判らないがな 」
ステーションとタンカーを繋ぐデッキで、三人は別れの挨拶を交わしていた。
タンカーはすでにヘリウムを満載しており、ヒロとジュンが乗り移れば何時でも出航が可能な状態だ。
そんな三人の周りには銃を構えた兵士がいて、ステーションには似つかわしくない物騒な雰囲気をまき散らしている。
三人はそんな事は気にもしていない、兵士も警備しているだけで三人の会話を遮るようなことは無い。
ただ、三人に近づく者は全て遮られていて、会話の邪魔も許していない。
兵士が護衛しているのは、ヒロとジュンである事は誰の目にも明らかだった。
「 それよりマーク、何か匂わないか? 」
「 そうね。 あまり良い匂いではないわね 」
ヒロとジュンは周りの匂いを気にした。
ジュンの言葉は実に控えめで、周囲に漂う匂いは誰に聞いても臭いと言うレベルの臭いだ。
「 実は酒を密造しようとした奴がいてな、そいつの作ってた酒の臭いが残ってるのさ 」
宇宙では水は貴重品だ、基本は再利用される。
昔は身体を拭いたり、消臭剤だけで済ませざるを得ない時代があったが、現在ではシャワーは毎日使用できる。
特にガニメデステーションは年単位の長期滞在が前提となっているため、簡易的ではあるがジャグジーも存在する。
ジャグジーとは言うものの、実態は水を節約するため水を貯めた巨大な風船に頭部だけ出して浸かっている状態でとてもジャグジーとは言えない。
風船内は微細気泡で洗浄効果を上げているから、美肌効果は在るらしいが。
また飲料水とその他の洗浄水は分けられていて、混合されることは無い。
様々な手段で蒸留やフィルタリングされていても、体を洗ったり、排泄物の水分だった水を飲むのはそれなりにストレスになる。
年単位の長期滞在が前提であるから、ストレス管理にはそれなりに配慮されている。
それなりに。
また、匂いには好き嫌いがある、好きではない匂いは例え高価な香水の匂いでも強いストレスになる。
嫌いな匂いの香水の香りは拷問に等しい。
好きな香りでも強すぎればストレスになる。
オマケに香水は香りの元となる成分をまき散らしているのだから、人によってはアレルギー反応、それが無くても気分が悪くなると言った健康被害が発生する。
だからステーションでは匂いをさせない事を優先している。
例外なのは、消臭効果と消毒効果を兼ねているオゾン臭だろうか。
今のステーションでは、個人の体臭以外の匂いはしないのが当たり前になっている。
食事の香が思いっきり楽しめる、と言った副次効果もあったりする。
「 ステーションでの酒の密造は規則違反だ。 だからそいつはステーションから追放になるんだが、もちろん外に追放する訳じゃない。 お気の毒にな 」
マークはニヤニヤしながら二人に告げる。
マークが気の毒に思っているのは、追放される人物の事ではない。
そんな臭いの元と一緒に、長期間地球まで過ごすことになるヒロとジュンに対してだ。
マークの頭には兵士のことは無い、匂いを我慢するのも兵士としての仕事の内だと思っている。
彼は兵でも下士官でもなく、正しく士官だからそう考えたのだろう。
「 まさかとは思うけど、タンカーの中もこんな匂いなのかな? 」
ヒロは近くにいた兵士に尋ねた。
「 場所によってはこれ以上になっています。 しかし清掃はほぼ完了しており、消臭装置をフル稼働させていますので、72時間以内に匂いは消えるはずです 」
「 ・・・72時間ね 」
ヒロは顔をしかめた、ヒロが尋ねた兵士からも同じ匂いがしたからだ。
むしろ兵士からの匂いの方が強い。
密造酒の犯人を連行するシーンを想像して、ヒロの顔は更に歪んだ。
「 着替えはあるんだよね? 」
周りの兵士の服を確認しながらヒロは言った。
「 もちろんあります。 タンカー移乗後に直ちに着替える予定です 」
まぁそりゃそうだろうな、とヒロは思った。
兵士も人間だ、自分の服に付いた匂いが気にならないハズがない。
ましてステーションやタンカーで、長期間無臭の宇宙生活が続いた後ではキツイだろう。
兵士なら匂いがあっても行動できるだろうが、匂いが無い場合に比べてパフォーマンスは低下するハズだ。
「 これを持ってエリアJHへ行ってシャワーを浴びてくるように、優先使用権を設定してある。 洗濯もだ、シャワーを浴びてる間に終わるはずだ 」
ヒロは兵士にエリアキーを差し出す。
二人の地球への帰還はタンカーで行い、乗って来た宇宙船はガニメデステーションに接続したままになる。
研究室や資材部屋等は、ブロックごとタンカーへと移設済みだ。
「 それでは護衛の数が規定を下回ります 」
「 彼の見張りを減らせば良いだろ? 僕らを狙うヤツは彼以外にはここには居ないだろうし、最悪の場合は彼を放り出せばいいんだし 」
「 しかし・・・ 」
「 申し訳ないけど、この匂いと一緒に地球に帰るつもりは無いよ。 君たちがシャワーを浴び終わるまで、タンカーが帰路に就くことは無いと思って欲しい 」
人類にはヘリウムが必要だ、タンカー出航の遅滞は許されない。
だが今のヒロにはタンカーの発進を遅らせる権限がある、例えそれがどんなにつまらない理由でもだ。
兵士もそれを理解している。
「 言い合ってる時間がもったいないから、早くシャワーに行った方が良いわよ? ヒロは頑固だから、言い出したら聞かないんだから 」
サラッと失礼なことを言うジュン。
ヒロが怒らないのは、それが兵士たちを後押しするための発言だと分かっているからだ。
伊達に夫婦をやってる訳では無い。
「 しかし、タンカー内の通路の清掃と消毒が若干残っています。 それが終わりませんと、 『 ・じゃあ、それまで出発はないな 』 」
ヒロが人の発言に割り込む、彼としては非常にまれな行為だ。
それだけ強い意志を持っているという、彼なりのパフォーマンスだったりする。
「 ・・・ 」
何かを考えこむ兵士、他の兵士が発言をしないところから見て彼が隊長なのだろう。
ヒロにもジュンにも、階級章で立場を見分ける知識は無い。
「 それとも、命令した方が良いのかな? 」
「 いえ、その必要はありません。 2班に分け、シャワーを用いた消臭作業を実行致します 」
決断した後の行動は、実に優れた兵士らしく的確で迅速だった。
それでも、タンカーの出航は45分遅れることになったし、タンカー内の臭いが消えるのには更に4時間が必要だった。
その事で兵士たちを責めるのは間違いだ、原因は密造酒を造った本人にある。
むしろ72時間必要なところを、4時間に短縮した兵士たちの行動を賞賛すべきだろう。




