プランB 17
火星近傍宙域で、火星を背景に林アナウンサーが話す。
『 ・・・・と言う訳で、わたしは今、マーズベースから離れたワープアウト予定宙域に来ています! 』
「 彼女もテンション高いな~。 冷静に報道しないと正確に伝わらないと思うんだが 」
「 それだけ世界中の注目を集めているのよ。 ほとんどの陰謀論者も、今回だけは本当であって欲しいって願ってるらしいわ 」
流石に火星まで航宙してきた林アナウンサーには、ムーンフェイスの症状は見られない。
充分に引力が在るマーズベースに滞在していたのも、症状が収まった要因だろう。
画面上のカウントダウンは五分前で停止した、事前に予定されている十分間のビルトインホールドタイムだ。
十分の間にシステムの再点検(もちろん出来る範囲でだ)を実施して最終的な続行、もしくは中止の判断を下すことになる。
英語で言うと、”GO” もしくは ”NO GO” である。
だから何だと言う訳ではない。
空間安定化装置搭載以前の宇宙船なら、待機中にも微細な宇宙塵でダメージを受けることがあった。
宇宙空間は、大小様々なものが高速で飛び交っているからだ。
ホコリ一個の大きさの宇宙塵でも、集積回路のミクロン単位の回路を破壊できる。
電気的、電子的なチェックはもちろんとして、カメラによる目視検査も実施される。
センサーが異常値を出力しない壊れ方もある、それに対応するために目視検査は欠かせない。
それに、慎重に手順を踏んで実験を行ってますよアピールは、人々を安心させる効果がある。
スポンサーにとっては、民衆を味方につけるのには大きな意味がある。
「 陰謀論者が? 本当に? 」
「 そうらしいわよ? 他の星へ移住だ~って騒いでるんですって 」
ジャンプ装置が実用化しても、せいぜい他の恒星系に行く事しかできない。
そこには冒険も、ロマンも、ロマンスも無く、生存のための様々な過酷な課題が山になっているだけだ。
なにせ数千万年だか数億年の間、その惑星に存在しなかった生命体が降りたつのだから問題が発生しない方が奇跡だ。
「 スペースオデッセイでも始めるつもりなのかな? お気楽で羨ましいよ 」
頭の中がお花畑で、砂糖まみれの蜂蜜漬けのクリーム乗せチョコレート掛け程度に甘いやつと一緒に宇宙に行きたくはない。
そんなんしたら命がいくつあっても足りない、ヒロはやっぱり地球が一番だよなと再認識した。
モニターには、人類初のジャンプ装置搭載型実験船が画面いっぱいに大きく映し出されている。
実験船の周囲では時折発光現象が発生しているのが見受けられる、発光現象は空間安定化装置が作りだしているフィールドの影響だ。
実験船にはワープ装置、空間安定化装置、フィールド発生装置の三種類が搭載されている。
空間安定化装置はジャンプ装置と完全に同調して安定した空間を発生する、ワープの衝撃から宇宙船を保護するためだ。
完全に同調させているため、(ちょっとでも遅れると宇宙船も何もかんもバラバラになる)ワープ時以外はフィールド発生装置で外乱から船を守っている。
画面がズーアウトするにつれ、宇宙船の背景に月が大きく入り込んでくる。
実験船が月軌道上にいるためだ。
実験船と月の距離が近いため、まだ月の全景は移り込んではいない。
更にズームアウトすると地球が画面に現れる。
実験船や月の無機質な色に比較すると、見慣れたはずの濃い青色が懐かしく感じるのは気のせいなのだろうか。
そこに割り込んでくる二人のアナウンサー、ムーンベースから全地球圏に向けて発信している。
『 ・最後のビルトインホールドが解除されました、GOです。 カウントダウンが再開されます 』
『 ・ワープ開始まで残り五分を切りました 』
モニターの画面が三分割される、三か所の同時放送だからだ。
放送は三元中継のままだが、そこにヒロとジュンの乗るタンカーは含まれていない。
既にジュンとヒロへのインタビュー時間は終わっている。
画面を占拠しているのはムーンベースのシュタインリッヒ博士、実験の開始を待つ無人の実験船、ワープアウト地点の林アナウンサーの三か所だ。
林アナウンサーの画面はワープアウト予定空間にも切り替わる時もある、現時点では何もない空間だ。
『 ・実験船をご覧下さい。 時折光るのは、宇宙を漂うチリなどの微細な物質や分子などがフィールドに衝突する際に発生している変換光です。 シュタインリッヒ博士によれば、フィールド内は外とはズレた空間になるそうです。 ズレた空間の境目に衝突した物質は空間の境目を超えることが出来ず全てエネルギーへと変換され、その際に高エネルギーへの変換が発光現象として・・・ 』
出番が終わり役目を終えたヒロとジュンだったが、そのままタンカーの食堂で放送を見守っている。
ヒロはリラックスモードだが、ジュンは食い入るように画面を見ている。
例えるなら出張が終わって帰宅途中の電車内モードのヒロと、子供の発表会の順番待ちのジュンと言ったところだろうか。
「 ローズは緊張してるのかな? 」
「 そうね。 どっちかって言うと、ウンザリしてるんじゃない? 口元を見てみて、チョットヒクヒクしてるでしょ 」
画面内のシュタインリッヒ博士は、ムーンベースのコントロールルームで堂々と腕組みをして座っている。
パッと見は自信満々の科学者に見えるが、付き合いの長いジュンにはそう見えないらしい。
「 じゃあ、あのポーズは放送局からのお願いかな? 」
「 ん~、放送局がローズに指示できるとは思えないわ。 スポンサーからの指示じゃないかしら 」
「 そっちね 」
確かに、ローズが放送局の言うことを聞くとは思えないヒロだ。
彼女は良くも悪くも天才なのだから、メディアの言う事なんか気にしないだろう。
そう考えて納得したヒロだった。




