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秘密のフォルダ

 寄り道をせず家に直帰した俺は、自室に引きこもり自前のノートPCを立ち上げる。


 ちなみに、元々は倉庫代わりにしていた2階西側の部屋が妹の部屋になっている。俺の部屋はその隣。

 妹の部屋の前を通る時、部屋の中に気配がないか物音に気を配ったが、居るのかどうかよくわからない。もしかしたらまだ帰って来ていないのかも。


 鬼の居ぬ間にさっさと済ませようと思い、椅子に座ってPCに向き合う。


 表示されたデスクトップ画面の右上。目立たないように配置された「その他」という名前のフォルダをダブルクリック。

 ポップアップが飛び出してパスワード入力が求められ、家族も含めて誰にも教えていないパスを打ち込む。


 このフォルダには人の目には晒すことのできない電子データを保管している。

 日記、ノリで書いた小説、黒歴史設定集、収集したエロ画像、などなど。一人の男子として当然あってしかるべき秘密の保管庫だ。


 とりあえず、ここに今わかっている範囲での現状の状況と「正体不明の妹」についての情報を、テキスト形式でまとめておこう。


 考え事をする時に雑多な情報を頭の中だけで整理するのは難しい、後々見返すことも考えて、調査記録風に記述しておけば誰かに見せるとなった場合でもわかりやすいはずだ。

 探偵にでも依頼して萌依子を探ってもらうことがあるかもしれない。


 暗い部屋の中でカタカタとキーボードを叩く音が静かに響く。


「……にしても。やっぱ関係者全員の記憶と物証を改ざんするって、人間業じゃないよな」


 問題はやはりそこだ。

 ここだけはどうしても理屈じゃ説明できない。


 あり得るとしてら、萌依子が実は国家所属のエージェントで、何か目的があって斎藤家に侵入。国家権力とか最新技術とかいろいろ使って皆の記憶と物証を改ざんした。

 そんな突拍子のない話でしか説明できない。もちろんそんな話は馬鹿馬鹿しいとわかっているが……。


 後はそうだな。萌依子は実は人知を超えた怪物で、不思議パワーで現実改変を引き起こした説。

 ――アホくさい。漫画の読み過ぎとしか言いようがないな。これならまだ俺の記憶喪失説が何十倍もマシだ。


 もういっそ、全部ドッキリでしたってことになんないかな。


 解けない謎にため息をついて、書き終えた資料を保存してテキストエディタを終了する。


 気がつけばPCの前に座って1時間以上経過していた。カーテンの外を覗くと、太陽が沈んで街並みが夜の風景に切り替わる様子が見える。


 萌依子は下の居間にいるだろうか。両親も帰ってきているだろうしいつまでも自室に閉じこもっていられない。

 夕食の前にまず風呂かな。まずはこのPCをシャットダウンして――


「……?」


 ――フォルダの中身を何気なく一番下までスクロールした先に、見覚えのないフォルダを発見した。


 フォルダの名前は「S.M」。


「……これって」


 違和感を感じてそれをクリック。階層を下って表示されたのは大量のファイル。

 見たところ、動画のデータのようだったので、とりあえず適当に目についた動画データをクリックした。


 動画が再生される。


「……………………………………え?」


 目を、疑った。


 頭が真っ白になって何の思考も働かず、ただただ呆然と再生されるそれを凝視する。


 あり得ない。その言葉が脳内を反復していく。

 今すぐに動画を止めろと理性が叫ぶがマウスを握る手は動かず、見てはいけない内容だと直感が告げるが見るのをやめられない。

 それはあまりに不気味で、気持ち悪くて、退廃的で、破滅的で、淫靡だった。


 PCに付属しているスピーカーから流れる生々しい音声。画面に映し出されるのはある行為を映した映像。

 映し出されているのはこの自室。スマホか何かを定点カメラとして撮影されただろうそれは、薄暗い部屋にいる二人の人物を映していた。


 俺と、萌依子だ。


「――嘘だ」


 自然と声が漏れる。意識しての発言ではなかった。軋む心が零した声だった。


「嘘だ、嘘だ嘘だっ!! そんなはずない!! ……だってこれは。これ、は」


 どれだけ言葉で否定しても、もう理解していた。

 この動画が何であるかも、その用途も。

 見れば誰だって一目瞭然だ。


 たった今、再生して視聴しているもの、


 ――それは、俺が萌依子に行った性的虐待の一部始終を撮影したものだった。


 動画に映る二人の様子を見ればわかる。明らかにお互いの同意があっての行為ではない。

 萌依子の苦しむ苦悶の声。やめてと訴える声に耳を貸さず、痛がる彼女を半ば無理やり従わせる俺。

 執拗に妹の体と心を弄び、気が済むまで嬲り続ける悪魔。


 手加減なく欲望をぶつけられる萌依子は、目に涙を溜めて必死に耐えてはいるが、その姿が逆に扇情的で被虐心を駆り立てる。

 画面越しであっても、そのスラリとした華奢な体躯と肌の白さは目に映えて、焼き付いて――。


 その美しさが自分によって汚される姿に、

 意思とは無関係に、下半身に欲望が集中するのを感じた。


「――っ」


 歯を食いしばって耐える。欲望に意思が流されるのをせき止める。

 理性をフル稼働させることで、ようやくマウスを握った右手は動画の停止ボタンをクリック。

 映像と音声が止まる。そのことで僅かに冷静さを取り戻した俺は、止まっていた呼吸を再開する。


 フォルダにはさっきと似たような動画のサムネイルが整列している。一度ではない。何度も何度も同じことが行われ、その度にそれを動画にしてきたのか? 罪を重ね続けたのだろうか。


 乱暴にディスプレイを閉じ、心臓を鷲掴みされるようなストレスに頭を掻き毟る。


 脳裏に先ほどの光景がフラッシュバックし、その度に嫌な欲望が腹の底から起き上がりそうになる。頭を抱えて目蓋を強く閉じることで、少しでも忘れようとしても、こびりついた映像は決して離れない。


 あの映像は本物?

 いや、とてもじゃないが、画面の中の男が俺自身だとは納得できない。


 強姦の記憶も動画を撮った覚えもなどない。萌依子は偽物の妹で初めて会ったのも数週間前だったのだから、強姦などする時間も動機もない。大体、萌依子が本物の妹だとしても手を出すなんて禁忌を犯せるわけがない。


 できない。できるはずがない。あり得ない。


 だから、これは悪い冗談なのだ。そうでなければ……そうでないと俺は、


 ――『忘れたからって罪が消えるわけじゃないんだから!』

 ――『やった責任を忘れて恋人なんて作ろうなんて、冗談じゃない!』


 先程の萌依子の言葉が頭に反響し、俺を責め立てる。

 あの言葉の意味をこんな形で知るなんて思わなかった。理解したくもなかった。


 納得できるわけない。これも奴の策略に決まっている。

 俺しか見れないフォルダに俺が映った動画があったのも、何かのトリックだ。


 こうなったら何でもいい。

 超巨大組織の陰謀が絡んでようが、萌依子が非常識な力を持った化け物だろうが、何でもいいから、頼むから、嘘であってくれ。


 本当は萌依子が実の妹で、彼女に対して俺が長年にわたって性的虐待を行っていて、その末に頭を打ってそのことを忘れていた。それが真実であってくれないでくれ。


 本当に頭のおかしい狂人は正体不明の妹なんかじゃなくて、今ここにいる俺自身だなんて、そんな、それだけは――


 俺は頭を抱え、身を縮こませ、ひたすら「嘘だ嘘だ」と呟き続けて悪夢を否定し続ける。

 床の上で石のように丸まり、目も耳もふさいで現実を拒否し続けることが、唯一許された抵抗だった。


 ……けれど、もうわかっていた。


 信じたくはないと思っても、理性は当然の事実を指し示していた。

 客観的に考えて、現実的に考えて、「正体不明の妹」なんて存在しない。


 俺だけが異常を訴え続けてきた。

 自分だけが正しくて他の全てが間違っているんだと。

 全ての人間の記憶を改ざんし、物証も全て偽装した侵略者が全ての元凶。そうに違いないと、根拠のない確信ばかりがあった。


 ――あまりにも愚かで馬鹿馬鹿しい考え。


 俺の記憶以外の世界全てが異常ならば、おかしいのはきっと「自分の頭」。そう考えるのが正常。その考え方ができなかったことからも俺の狂気がうかがえる。


 結局、萌依子は本当の妹。そんなの、わかりきったことだった。

 そうである以上、俺の罪もまた真実だった。


 そうして俺は自室で一人、逃げられない現実にいつまでも苛まれ続けた。

 陽は完全に沈み、夜は更け、1階の居間から両親が呼ぶ声がしても無視する。


 ……いつまでそうしていただろうか。


 ふと、鼻孔を覚えのある香りがくすぐる。

 甘ったるいような、逆に爽やかなような、何とも言えない未知の花の香り。


 顔を上げる。


「――萌依子」


 音も気配もなく彼女はそこにいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あらすじ読んでこんな話かなと想像していた話異なっていて、続きが気になってワクワクします。前話まではまだどちらが嘘をついているのかなと考えていました。
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