恋路の妨害
積極的に妹に関わることを決めた俺は、翌日から行動を開始した。
行動すると言っても、妹と仲良くなりたい兄という若干シスコンが入ったキャラを演じるだけなのだが、これが意外と楽しい。
その理由の一つとして、萌依子の性格の良さ。「妹」としての完成度の高さにあった。
萌依子は普段ツンツンしながらも、話してみるとノリがよかったり気楽に様々な話題を振りやすい性格で、家族特有の精神的距離の近さと、同年代ゆえの話しやすい会話リズムにより、家族と友達のいいとこどりをしたようなコミュニケーションをすることができた。
初日の騒動で仲が険悪だったから気づかなかったが、本来、彼女にとっての兄とは親しい間柄らしい。
妹は俺と同じ高校の二つ下の後輩なので、ダメもとで朝一緒に登校しないかと誘ったらOKがもらえたり、これは絶対にダメだろうと思いつつ昼食を一緒に食べないかと誘ったら、いつも一緒に食べる女友達に断りを入れてまで付き合ってくれた。普通、世間一般的な妹はこんな付き合いが良いわけない。
鬱陶しい兄のかまってちゃんアピールに対しても、なんだかんだ言いつつ邪険にはせずに相手をしてくれる妹の存在。
彼女自身も俺と話したり遊んだりすることを楽しんでくれているのだろう。演技とは思えない反応や笑顔を見せてくれる度、俺は柄にもなく浮かれてしまった。仲のいい兄弟姉妹を持つことや、異性と楽しい時間を過ごすことは嬉しいことだから。
意識しなくとも自然と一緒にいる時間が増えていき、俺自身の萌依子に対するイメージも、「侵略者」という印象から「可愛い妹」にすり替わっていく。
それを頭の冷静な部分が危険だと警告するものの、1ヶ月もの期間を楽しく過ごしているとどうしても人の認識は変化してしまう。
彼女は見目麗しい異性で、ちょっと生意気だがそこも可愛らしく、自分のことを拒絶せず受け入れてくれる。
そんなことは初めてだったから……すっかり絆されてしまっていた。
気づけば俺は萌依子に毒され、情報収集という目的は二の次となっていた頃、――事件が起きた。
今までの人生でピンク色の出来事一つなかった俺だったが、なんと一つ下の後輩から告白されたのだ。
何気に図書委員という肩書きを持つ俺だが、委員活動で何かと面倒を見ていた黒髪おさげの子から唐突に手紙を渡され、家で読んでくださいと言われたので帰宅後に読んでみたら、まさかのラブレター。詩的な言い回しの文章で、俺のことを慕っている旨が書かれていた。
お付き合いの申し込みを兼ねたラブレターで、面と向かって告白するのは恥ずかしいから文章にしたためたとのこと。
文末に書かれた「後日、返答をお聞かせください。」の文字を読み終えた俺は、自室のベッド上で体をくねくねさせて歓喜の悶絶。
嬉しくないわけがない。いや、普通に滅茶苦茶嬉しい。
ヤバい。ニヤニヤが止まらない。ついに我が世の春が来た!
明日の返答を想像して、ガッツポーズをとりながら告白を受けることを決断する。この黒髪おさげの子は一見地味だが整った顔立ちをしているし、無口な面もあるが真面目でいい子だ。
間違いなく優良物件だろう。断る理由はもちろんなかった。
浮かれに浮かれた俺は、このことを萌依子にも話した。誰でもいいから自慢したい気分だったのだ。
なぜか異様に静かな妹の様子に、違和感を覚えることすらなかった。
翌日。委員活動の時間に図書室に訪れたが、黒髪おさげの後輩は何処にもいなかった。
職員室に確認しに行くと、体調不良を訴えて早退していたことが分かり、心配になった俺は彼女と同じクラスだった萌依子に事情を聞いて、――驚愕した。
「――い、今なんて?」
「だから、私がお兄ちゃんの代わりに断っておいた」
臆面もなく当たり前のことのように、萌依子は告げた。
意味が分からなくて、もう一度詳しく聞き返すと妹は面倒くさそうに繰り返す。
「何度も言わせないでよ。『別にお前のことが好きでも何でもないし、好きになる気がないから俺にはかまうな』って伝言を伝えておいたって言ってるじゃん。代わりに彼女のこと振ったってさ」
その言葉を何とか飲み込んで理解する。しかし意図がわからない。
「な、なんで? 俺そんなこと頼んでないんだが……」
「お兄ちゃんは例え誰に告白されたとしても誰とも付き合わないで」
キッパリとやや不機嫌そうに言い放つ萌依子。
それだけ言ってそっぷを向く、どうやら詳しく説明する気はないらしい。
悪びれる様子もなく、自分がしたことがまるで悪いこととは思ってない態度。
そこでようやく、妹の我儘で一生に一度あるかないかの機会を踏みにじられたことを理解した。
じわじわと湧き上がる怒り。顔が熱を帯び、血管をめぐって全身にいきわたった憤怒の熱に拳を強く握る。
唐突な理不尽にはらわたが煮えくり返る思いだった。
「お前さ。自分が何をしたのかわかってるのか? 人の恋路を勝手に邪魔しやがって……っ。やっていいことと悪いことがあるだろ!」
この場所は学校の渡り廊下。周りに人影はないが人気の多い学校で叫ぶなんて本来避けるべきことだったが、構わず声を荒げて言い放つ。感情が制御できない。大声に対して不服そうに明後日の方向を向く妹の態度に、余計に腹が立つ。
「なんだよその態度は。本当に、マジで、いい加減にしろよ……っ! 無責任すぎるんだよお前は!!」
その発言に――、妹がキッとこちらを睨みつけた。
「――無責任なのはお兄ちゃんのほうじゃん!!」
萌依子は目じりに涙を浮かべ、歯を食いしばり、今まで見たどんな時よりも激しい様相で叫び返した。
あまりの鬼気迫る様子に気圧され、思わずたじろぐ。
「お兄ちゃんに恋人を作る権利なんてないんだよ。忘れたからって罪が消えるわけじゃないんだから!」
「な……何を言ってっ」
「私にあんなことしておいて……。散々弄んだくせに! 挙句の果てに……記憶喪失? ふざけんな!! やった責任を忘れて恋人なんて作ろうなんて、冗談じゃない。許されない! 絶対に許さない!! お兄ちゃんは私に縛られ続けなきゃならない義務がある!!」
憎悪のこもった瞳がこちらを貫く。尋常ではない悪感情の発露。
よく透る甲高い声でまくし立てた萌依子は、更に追い打ちをかけようと口を開いたものの、流石に騒ぎ過ぎたのか、なんだなんだと遠巻きに伺う学生の姿に舌打ちする。
「ともかく、もう放課後だから私は帰る」
「お、おい! 話はまだ――」
「公衆の面前でできるような話題じゃないでしょ。第一、何も覚えていないお兄ちゃん相手にこれ以上話すことなんてない」
制止する声を振り切るように、踵を返した萌依子は足早に去っていく。
腹の虫がおさまらないので追いかけてやろうとも思ったが、先程の言葉を思い出して自然と足が止まる。
『あんなことをしておいて』『散々弄んだくせに!』
そう言っていた。……発言から察するに、俺が記憶を失う前に萌依子に対して何かしたということか?
いや、そうじゃない。論点はそこじゃない。萌依子はそもそも侵略者だ。家族を含めた友人知人の認識を改ざんして、勝手に家族面をしている寄生虫。
俺が記憶を失っている云々も両親が言い出したことであって真実とは限らない。というか、俺はそうとは信じていなかったはずだ。
だから萌依子の言葉は虚言である認識するのが自然。
俺だけが正常な記憶を保っていて、体裁として記憶を失っている風に装っている俺に対して、都合のいい適当な戯言でけむに巻いている。記憶の失う前、などという時期も事実もありはしない。
そうだ。そうに決まっている。
じゃなければこんな酷い仕打ちをするわけがない。
今までは何の悪さもしてこなかったからそのことを失念し、奴との家族ごっこが存外に楽しくて夢中になっていた。萌依子が本当に妹だったら……なんて考えて、それを信じたいと思ってしまっていた。愚かなことに。
だが、今回のことで目が覚めた。
萌依子は決して妹などではない。やはり奴は正体不明の敵だ。
必ず正体を暴いてやる。




